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【上】


「遊園地に行こうよ」


その一言で、私は彼と別れることを決意した。

いや、付き合ってはいない。ただ、とある婚活パーティーで知り合って、一度お茶を飲んだだけ。


(……なんで、お茶を飲んだくらいで、遊園地に行かなくちゃいけないの?)


何とも思わない子もいるだろう。むしろ、健全なデートだと言えるだろう。

でも、私は駄目なのだ。出かけるのが億劫だし、人混みが嫌いだし、一度会っただけの好きでもない人といかにもな場所になんて行きたくない。


(……冷めた)


ドン引き。でも、そんな女子失格な自分にもドン引き。

橘穂波たちばなほなみ、二十九歳。結婚への道のりは遠い。



〜*☆*〜



「橘さん、このあと飲み会なんだけど、一緒に行く?」


退社間際に同じ部署の男性社員に声を掛けられ、穂波は名札を外そうとしていた手を止める。

その男性社員の後ろには、なぜか笑みを浮かべながらこちらを見つめる同僚たちの姿があった。


「すみません、今日は予定があるので。皆さんで楽しんできてください」


当たり障りのない返事。でも、はっきりとした拒絶の意思。

空気を読んで、「じゃあ、一時間だけ」という可愛らしい返事は何があっても言わない。

そんな仕事の延長線みたいな飲み会に参加したって疲れるだけだし、代わり映えのしない面子の中で新しい出会いなんかないからだ。

それから--


「そっか、残念。お疲れ様!」


部屋を出ていく途中で聞こえてくる、「だから言ったじゃーん、俺の勝ちー」「橘さん、忘年会以外は来ないからな」「レアキャラ、レアキャラ」という嘲るような声。


(完全にからかわれてるの、わかってるし)


レベルの低い連中と付き合っている時間はないのだ。



〜*☆*〜



「何なんだ、レアキャラってー! お前らが飲みに行きすぎなんだよー!! そんなに暇なら、家事でもしろ! ご飯を作れ!! 可愛い子と結婚して、専業主婦にでもなってもらおうとか夢みたいなこと考えてじゃねーぞ! この群れてないと生きられない臆病者どもがー!!!」


ソファーに顔をうずめたまま、穂波ははぁはぁと息を切らす。

いくらまだ十九時とはいえ、はばかることなく叫んだら近所迷惑になる。アパートよりはマシでも、マンションの壁も厚くはないのだから。

それに--


「穂波ちゃ〜ん! なんかすごい声が聞こえてきたけど、大丈夫〜?」


窓の外から話しかけられ、穂波はげんなりとした顔をする。


(隣の部屋のあいつに聞かれたくなかったから……!!!)


時すでに遅し。穂波は防音の役目を果たしてくれなかったソファーを睨み、やまない声を黙らせるために窓を開けてベランダに出た。


「……すみません、うるさくして。何でもありませんので、どうぞお引き取りください」

「え〜? 本当に〜? 何か嫌なことがあったんじゃない? よかったら、俺、話聞くよ?」

「結構です。本当に何でもありませんから。お騒がせしてすみませんでした。失礼いたします」

「あ、穂波ちゃん、これ!」


早々と退散しようとした穂波は、嫌な予感がしつつも振り向く。


「この前、ご馳走になったお礼に。セブンの半熟プリン。甘いものでも食べて、元気出してね」


にこ〜っという擬音の付きそうな笑顔を向けて、どこからともなく出したビニール袋を穂波に手渡す。

確かに、このコンビニのスイーツはだいたい美味しいが、こんな安価なものを人様にあげるというのもいかがなものか。

というか、別に“お礼”なんかいらない。


「穂波ちゃん」

「え……?」

「今日も可愛いね」


どう言って返却しようかと考えていた穂波の隙を突くかのように、プリンよりも甘い笑みを向けられる。

思いがけない一撃に、穂波はたちまち真っ赤になった。


「なな、何言って……! からかわないでください……!!」


平静を装えない自分にさらに動揺すると、穂波は逃げるようにベランダを後にして窓を閉めた。


(しまった、油断した……。ああいう歯が浮くようなことを平気で言う、チャラい奴なのに……)


今ごろ、取り乱した反応を馬鹿にして笑い転げているに違いない。

初めから、軽そうな男だとは思っていたのだ。それなのに、あのとき、不用意に関わってしまったから--




『な……何、これ……』


自分の部屋の前で倒れ込んでいる男を見つけ、穂波は絶句する。

その青年は、隣の部屋の住人、栗生颯くりゅうはやてだ。

まともな社会人とは思えない金髪に、安そうなTシャツとカーゴパンツ。足もとに至っては、ビーチサンダルだ。この近くに海なんかないのに。


『ちょ、ちょっと……大丈夫ですか? 意識あります?』


第一発見者には死んでもなりたくない。何の関係がなくても、しつこい取調べを受けるはめになるから。


『……橘、穂波ちゃん……?』

『そ、そうですけど』

『助けて……』

『え?』


『何か食べさせて』




あのまま行き倒れられても困るので、料理を作って食べさせてあげた。悩んだあげく、颯の部屋で。

それからというもの、顔を合わせるたびに満面の笑みで挨拶され、まるで飼い主に尻尾を振りまくる犬のように懐かれ、無視しても気づかないふりをしても話しかけられるようになってしまった。そう、ストーカーと呼べなくもないしつこさで。


(っていうか、お礼遅っ。別に、見返りを期待してたわけじゃないけど)


放っておいて何かあったら嫌だっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

こんなことで何かが始まるとも思っていないし、自分には恋愛というものが向いていないとよくわかっているのだから。


(……可愛くない女。自分に暗示をかけることも、演技することも、人に合わせることもできない奴)


短い婚活を経て、痛いほど実感した。

自分には恋も結婚もできない。ひとりでいるのが性に合っている。

だから、つまらない期待はしないし、深入りもしない。それで人から後ろ指をさされようとも--


「……ごめんね、お父さん、お母さん。こんな娘で」


実家にいる両親を想い、穂波はぽつりと呟いた。



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