Arcenciel City
戦と聞いて、人は何を連想するだろうか。
怒り? 悲しみ? 絶望? 残酷? それとも他の何かだろうか。もちろん人それぞれで何を思うかは違うだろうし、人によって様々なことを思うだろうけど、きっと大多数の人々はあまり良い感情を思い浮かべないのではないだろうか。
戦死者の魂を哀悼の意を捧げたり、人類最強の爆弾について批判してみたり。それらは、あまり気持ちの良い感情ではないはずだ。
――しかし。
しかし、だ。世の中には、戦いというものを好む人間たちがいる。
戦いの中にしか生きられない人たちもいる。
戦と聞いて、高揚し、昂揚し、気を高めるような人々もいる。戦場を好く、人間たちもいるのだ。
そう、例えば――。
「がんばれがんばれ、ほらほらほらほら。もっと立ち上がってみようよ、こんなに天気がいいのにさあ。蹲ってちゃ歩けない。お日さまみたいに走ってみよう、それとも君たち何もできない? 光れないならゴミなのかなあ。だったらそのまま屑箱行きの切符を買おう、生きていたって仕方がないさ。死んでも意味はないけどね」
少女が一人、その場に立っている。黄色に染まった髪に、毒々しい紫紺の瞳。
瞳の下には涙の形をしたタトゥーが彫られてあるものの、その表情は一貫して笑顔のまま。
ホットパンツを履いた下半身は大胆に太ももを大きく晒しており、上半身は見ていると目が痛くなってくるようなカラフルさで着飾っている。その容貌は、ともすればピエロのようにも見えるかもしれない。混沌のような、適当のような、雑多なだけのような……ある意味、不思議な印象を与える女だった。
「そうだ、みんなで玉蹴り遊びをしよう。ちょうどボールもあることだしさ、楽しいかなあ、楽しくないかな、まあどっちでもいいよねぇ」
そんな黄色い少女を、十数人ほどの男たちが囲んでいる。それも、武器を持って。
どのような状況であるのかは一目瞭然であるだろう。男たちが、複数人で少女を襲っているのだ。
それは、リンチだった。しかし……普通は大の男が武器を持って少女を虐めるなど批判されるべき光景であるはずなのに、受ける印象はその真逆なのである。恐ろしいのは女の方で、哀れなのは男たち。
すなわち、追い詰められているのは男たちの方であるのだ。
なぜなら少女を囲む者たちは、未だ彼女に傷一つすら負わせることができていないのだから。そんな不条理な現実が、そこには広がっている。大の男が十数人集まって、女一人にかすり傷を作ることもできないという事実がある。あり得ないことだが、しかし事実だ。
そしてそれだけではなかった。
「き、貴様……!」
「どうしてみんな怒るのかなあ。わたしが遊びに誘うとさ、いつも決まってみんな怒るんだ。おっかしいよねえ、わけわかんなーい」
ぴちゃぴちゃとばら撒かれる血を浴びながら、彼女は笑っている。
血は、彼女の周囲から散布されている。
彼女がジャグリングで回している、二つの生首から。
「だからわたしはいつも一人で遊んでいるんだけど、でもぶっちゃけ楽しくて遊んでいるわけじゃないんだよね。だってさだってさ、はっきり言ってわたしってば体育会系少女じゃないし? ボールなんて蹴ったところでちっとも楽しくないんだよね。まあでもスポーツに夢中になる男の子の気持ちも理解できなくはないんだけど、汗を流すのは気持ちいいしその汗をシャワーで流して湯船につかる瞬間なんて最高に気持ちいいもんね。いやでも聞いてよやっぱりわたしって運動が苦手だなって思う瞬間はさ、そもそもいっぱい動くと汗を流す気持ちよさよりも汗かきすぎて服の感触が気持ち悪くなるし、そういうことってあるじゃない。何事もほどほどが一番であってやりすぎはむしろ体に毒っていうかさ。そもそも疲れが溜まりすぎると気持ちよさも糞もないじゃない? だからスポーツに夢中になる男の子の気持ちはまだ理解できるんだけどね、熱中する男の気持ちはどうしても理解できないんだよね。これってわたしが女だからなのかなあ、それとも単に感性の違いなのかなあ。そこのところ聞いてみたいんだよね」
「俺たちの同僚を、首をねじ切ってオモチャにしておいて、よくもペラペラと!!」
男たちは、怒っていた。当然だろう。仲間の首をおもちゃにされ、その仇をとることもできていないのだから。
女は完全に男たちの存在をなめきっており、ゆえに男たちはその自尊心を激しく傷つけられているし、女はそんな男たちに頓着もしていない。
「どうして怒るんだろうね。いつもいつもそうだけどさ、わたしはただ降りかかる火の粉を払っただけじゃない。いつもいつも思うんだけどさ、どうしてみんな自分たちがやる側な時はこれがセイギだみたいな顔しながら殴ってくるのに自分たちが殴られる側になると間違ってるなんて叫びだすんだろうね。よくわからないね」
「オラァァッッ」
男の一人が、鉄の鈍器でペラペラと喋り続けていた女に殴りかかる。まともに受ければ、頭は柘榴と散るだろう。
相手が、ただの女であればだが。
「確かにわたしはそこらの誰かの身体的特徴を散々バカにしてやったし目の前にいる気がする誰かさんのプライドも散々踏みつけにしてやったけどさ、だからどうしたって思うじゃない。最初に殺されそうになったのはわたしなんだからさ、それくらい許されるってものじゃない。だいたい死んで怒るくらいならそもそもわたしに向かってこなければいいじゃない。わたしに喧嘩を売ったら死ぬってわからないものなのかなあ、というか誰に命令されたって本当に死にたくないなら普通そんなの無視するじゃない。そうしないってことはつまり、死にたいってことになるじゃんかあ。だから殺してあげたのに、みーんな怒るんだもん。嫌になっちゃうよ。はぁ、ほんとにわたしってば可哀想だよねえ」
鈍器はすり抜けるようにその場を通り過ぎていき、女の頭に当たることはなかった。実際にすり抜けたのではなく、頭に鈍器が当たる寸前に生首を上空に投げてから身をかがめてやり過ごし、通り過ぎたあともう一度頭を上げただけなのだが。
そこから流れるようにして女の膝が男の腹を撃ち抜き、そのまま少女が男の服を掴むと今度は男が鈍器となって、背後から女に近づいていた別の男をひき潰した。彼女はそのまま、落ちてきた二つの生首を受け止める。
「……くひっ」
血を浴びながら、女は笑う。
「……! くそがあああ!」
男の一人が、懐から取り出した銃を撃つ。許せなかった。男たちにも引けない一線というものはある。
ここまで自分たちを愚弄されて、このまま引き下がるわけにはいかなかった。その選択が過ちであると気づきながら、しかしわかっていても選ばざるを得ない時というものはあるのだ。
だが、それでも過ちは過ちである。
数発の弾丸が少女へ向かって真っすぐ飛ぶものの……ゆっくり歩きだした少女は、僅かに身じろぎしただけでそれらを回避した。銃という兵器は確かに持ち運びが楽なうえに強力で、便利な力ではある。だが、それも人間レベルでの話。銃の一つや二つでは、この少女を止めることはできない。
男たちは、呆気にとられるしかなかった。どういう理屈だ、一体全体どういうわけで、この女は正面から撃たれた銃弾を回避するという離れ業をやってのけたのか。
いや、そもそも……最初はこの倍ほどの人数で囲んでいたはずなのに、どうしてたった一人の女に傷一つすら与えることができないのか。
「わたしを道化だって馬鹿にする人がいるんだけどさ、失礼な話だよね。別に演技なんてしてないし、何かの役を振る舞ってるつもりもないんだけどさあ。ああでも道化は好きなんだよね、だからこんな格好してるわけだしさあ。子供の頃にサーカスを見てとても楽しかったからなんだけど、それでね、お礼にその辺で歩いてた犬の首引っこ抜いてさ、花といっしょに活けてプレゼントしてあげたんだあ。ほら、犬って可愛いじゃん? だからさ、可愛いお花といっしょに合わせて花束にしたら喜んでくれると思ったんだよ。そしたら怖がられてさ、うん。何でわたしのプレゼントは受け取ってもらえなかったんだろう? 誰かわかる人いるかなあ」
女は本気だった。本気で、自分の行いのどこが間違っていたのか理解していない。
命の価値を、理解していないのか。
「……あ、もしかして」
そう呟くと彼女は、手で回していた首をぽいっと男たちに向けて投げた。
「ごめんごめん。それ、君たちの大事な仲間だったよね? いつまでもわたしが独り占めしたら怒るよね。うん、だからさ。君たちも、遊んでいーよ?」
男たちは、吠えた。もはや許せぬと叫びながら、全員が女に向けて特攻を開始した。
女は、命の価値を理解している。自分が遊んでいたおもちゃが、男たちの大事な仲間だと言ったことがその証拠。それを理解していながら、女は一線を踏み越えるということに対する躊躇がまるでなかった。
価値あるものは大事だけれど、だから壊しちゃいけません。彼女には、その理屈がわからないからだ。
「むぅ。やっぱり怒られた。別にわたしはさ、怒らせたいつもりはないんだよ。でもほら、こんな格好してる身としてはね? ほら、ジャグリングくらいしなきゃと思ってね。でも受けなかったみたいだね。残念だなあ。でもそもさ、サーカスで一番偉いのは、実はピエロ様なんだよ。だから、この場で一番偉いのも、このわたしなんだよ。理解はわかります? だから、ほら、そもそも何で一番偉いわたしが怒られなきゃならないのかなあ」
涙のタトゥーが醜く歪むほど笑みを浮かべる少女に、だが男たちは気づかない。
彼女の雰囲気が、突如として禍々しくなったことに気づかない。いけない、この場にいては、確実に死ぬ。そう判断していれば、もしかすれば――いいや、もう遅い。
狂気の顔をかぶりながら、しかし伝染するのは恐怖の感情。彼女が歩けば、そこには必ず血が浮かぶ。
「みんなは誰も微笑まない。ここがわたしの、殺戮雑技団だから。――――殺人開始」
勢力名――《狂言電波塔》。
首領――"万雷道化"斬々罪 殺魅。
例えば――。
「No honres a Dios. No honres a Dios......」
暗がりの中、一人の男が立っている。男の傍らには、男を支える剣が二振り。
みすぼらしい格好をした男だった。生活に困窮している若者のような恰好をして、傷だらけの外套を着ていながら、しかしその立ち姿には生気と覇気が溢れている。人は見かけによらないと言う通り、彼が只者ではないのは間違いないだろう。風格とは身分ではなく個人に宿るものであり、そしてこの男には風格を身に着けるだけの資質があるのだ。
二名もの従者を連れ従えていることからも、そのことは読み取れる。この男が、この集団のトップなのだと。
「くはは、この程度で俺たちを殺せるとでも思ったかよお!」
男は両手を上に向けながら、倒れ伏す襲撃者たちを見下ろしている。
彼はその手に凶器の類いを有していないが、しかしだからといって、それは男の手に剣呑さは宿っていないという確証とはならない。むしろ、素手だからこそ、ただ凶器を持っているだけより危険であるという何よりの証明。
その手に装着されているのは、一対の籠手だけ。完全な徒手空拳ではないが、だからと言ってそれで男の危険性が減るわけでもない。
半端な刃物など必要ないと言わんばかりに両手を広げているのは、その腕に自信があるからに他なるまい。
「いずれ竜となる俺たちの供物として、てめえら揃って落第だ。黙ったまま、餌となるが上等だろう。我らが進む登竜門に、てめえらみてえな雑魚はいらねえ。進化もできねえのろまのくせして、俺の前に立ち塞がるなよ。笑いが止まらねえじゃねえか、くははははは!!」
倒れている襲撃者の周りには、まばらに男の部下たちがいて、男と同じように彼らを見下ろしている。
部下の数は男本人を含めても襲撃者たちより少なかったが、しかし十分だった。
「つ、強い……!」
倒れる襲撃者の一人が呟いた通り、彼らは強いからだ。
少数精鋭――その言葉を体現するかのように、一人一人が恐ろしいほどの速さと動きをもって襲撃者をすべて返り討ちにした。彼らは何もできず、ただ打ち倒されるしかなかった。これほど手も足も出なかった事態は、彼らの記憶をどれほど遡っても見つからない。
これぞまさしく電光石火。いや、後手を踏みながらなおこの速さなのだから、ただの電光以上だろう。
彼らが先手を打った時、いったいどれほどの颶風となるのか男たちには想像もつかなかった。
「人間が人間を倒すために必要な時、もっとも必要になるものは覚悟でも兵器でもなく己である――と。勘違いをしちゃいけねえよ。剣だの銃だの何だのと、揃えなくても生身で人は殺せんだからよお。首を折る、はらわたを裂く……どちらも素手でできることだ。それを武器がなきゃできないなんて思いこんで自分の力を閉ざしちまっちゃあ人間お終い。そこを間違えると、途端に自分って生き物は弱くなる。何かに頼るということを覚えた時、本当に頼れるものは何なのかを考えなきゃならねえ……自分か、それ以外か、どちらを真に頼るべきなのか。そこを間違えちゃあいけねえ」
自分を頼れ、自分という生き物を世界の頂点に位置しろ。その努力をしろ。それができて初めて、自分は自分を強くできる。思い切り噛み砕いて言えば、つまりポジティブであれということだが、これはこの世の心理にも通ずることであろう。
暗い人間より、明るい人間の方が強い。それは一種の当たり前だ。
例えば自分よりも他人をこそ真に頼ってしまえば、他人がいなければ何もできないものへと段々成り下がっていく。そうなってしまう。
人は一人では生きていけないのだから、誰かに頼るのは間違いではない。だが、いざという時、ここぞという場面、真に人の力が必要な時、そこで自分の力を使って乗り切れないような人間が、いったい人生で何を成せると言うのか。
人は自分の足で世界に立っている。ならばまずは、自分というものを強く持ち、そこに確固たる根を生やさねば自分で何かができる能力すら失われてしまうだろう。
武器がなくても、素手で誰かを殺せるように。
人を殺しても、自我を失わないように。
そしてそもそも、覚悟なんていうものは、特別なことでもないのだ。
「覚悟だの何だの偉そうな言葉を口走るような奴らは何人もいるが、くははは、いやいや何言ってんだって話だ。気持ちがなきゃあ戦えない、気持ちがあれば誰とでも戦えるっておいおい……そりゃあ、気持ち次第でどんな困難も乗り越えられるからとりあえず頑張れってな具合にくだらねえアドバイスしか言えねえ無能な上司と何が違うってんだよ、なあ」
だと言うのに、世の中には何もわかっていない人間が多すぎる。
心構えは確かに大事だが、それがすべてであるはずがないだろう。
覚悟があるだけで何でもできるというのなら、人類はみなテスラ・エジソン。大成する人間しか存在せず、世の中はもっと進歩している。そうなっていないということは、覚悟だけでは人は進化できないということ。
そして覚悟がない程度で人すら殺せないというのも、また間違い。そもそも、人間は雑食だ。普段から他の生命を踏み潰す程度のことはいくらでもしているし、料理する際に動物の肉を切り裂く程度のことはいくらでもやっているだろう。
今更人間だけは殺せないなんて話はない。人間が人間を殺せないのは、人を殺すのが当たり前の世の中になってしまえば世界は混乱に陥るから自分を戒めねばならないという常識や倫理観の話であり、覚悟どうこうという話ではないのだ。
よって結論は出ただろう。覚悟などという精神論に、価値などひとかけらもありはしない。あってもなくても大して違いはないのなら、どうでもいいものに決まっているだろう。
己は竜を目指すという、その決意さえあれば十分。
この階段を一歩一歩踏みしめて、いざや登竜門の頂点に至らん。
「覚悟があろうが気持ちをどれだけ整えようが、戦えない奴とは戦えねえし勝てない奴には勝てねえだろ。心はドーピングじゃねえんだぜ、気持ちがあればそれだけで勝てるようになるってそんなわけはねえだろうが。気合いは自分に鞭を打てても、敵を弱くはしねえんだから」
それが当たり前の事実。もちろん気持ちは大事な問題だ、気持ちが込められていたことが僅かな差となって敵を倒せることもあるだろう。
スポーツで大きな声を出すことが、通常以上の結果を残す事例だってあるのだから、気合いが自分を強くしないという理屈はない。
けれど、敵を弱くはしない。
気合いで敵は弱くならないのだから、気持ちで多少強くなったところで格上に敵わないのは当たり前。そんなこともわからないから、精神至上主義者は困る。
よって結論は出ただろう。気合いや根性などという精神論そのものに、大して意味などありはしない。それが意味を伴ってくるのは、自分が相手に肉薄するまで己を高めてからの話だ。
「そんなことができるなら、俺らはとっくに竜となってる」
ゆえに襲撃者たちの敗因はたった一つ。
自分を高め切らないままに、彼ら格上に挑んでしまったことである。
「まあ、そんなわけだ。生かす必要はないから殺すが、最後に言い残したいことはあるか? てめえらを嗾けたのは誰か、とかでもいいぞ」
「……くたばれ、ネズミども……!」
「弱い犬ほどよく吠える。ドブネズミよりもよっぽどな」
彼らは地下に潜む鼠の身ながら、竜を目指す革命集団。猫を噛み殺すそんな程度で、満足できるわけがない。
噛み殺すなら、竜がいい。
それも、とびっきりの竜を殺そう。地下の家に身を潜めるものが、天に坐する竜を殺す。それはきっと、最高に気持ちのいいことだろうから。運命を覆すという言葉に、これほど相応しい難事が他にあろうか。
「いざ至らん、我らが目指す登竜門へ。神は要らねえ、奇跡も要らねえ、決意だけがあればいい。俺らは地下のドブネズミ、ここから竜へと革まろう」
勢力名――《奈落教会》。
首領――"我竜転生"鼠根岸 竜耶。
例えば――。
「飛ばせぇ、クソども。今日も張り切れ。俺ぁ雑魚に興味はねえぞぉ」
一人、その場で配下たちに命じているのは学生服を羽織った少年。
面倒くさそうに、己の下に着いて来る者たちへ向けて言葉を吐いている。わざわざ出番をくれてやっているのだから、結果を出さねば誅殺すると脅しをかけながら。
脅されて、理不尽な言葉を吐かれても、しかし誰も文句は言わない。なぜなら、その少年にはそれだけの横暴が許される力を持っているからだ。配下たちには誰一人として、その言葉へ逆らうだけの力はないからだ。
そして、逆らうという気もないからだ。
「命は尊いとかよぉ、よくわからねえことをホザく馬鹿共がいんだろ……人間は等しく価値ある生き物だとか……意味が欠片もわからねえんだよなぁ。あいつらは、人間という言葉の意味をきちんと理解してんのか。ちゃぁんと、そのお利口な頭で辞書は引いてんのかよぉ」
命は尊いものだから、奪ってはいけません。傷つけてはいけません。殺してはいけません。そんなよく聞く常套句を、少年もまた同じように聞かされ育った。けれど、そんな言葉をいくら聞かされても少年は納得することはできなかった。幼い頃から、少年には一つの価値観が根付いていたからだ。
倫理、道徳、常識、法律、この世には様々な柵があり、たいていの場合その中では命を奪ってはいけないと説かれることが多い。
しかしそれは当然だろう。人間とは社会生物であり、社会という巨大な枠の中で生活を営む生き物である以上ある種の線引きは必要なのだから。
人が人を殺すのが当たり前の社会になどなってしまえば、どうなってしまうのかなど想像にがたくない。
が、だからと言って、なぜそれが、イコールで尊い価値だなんて話に繋がるのか。
「人間ってのはよぉ、所詮サルから進んだ畜生の一種でしかねえんだよなぁ。知性があるから特別なのか? 星っつうこの星で一番デカい命から見たら、んなもんあろうがなかろうがアリと大して変わんねえだろ。いくら賢くても、人間結局どいつもこいつもちっちぇンだからよぉ。だっつうのに、やれ牛は食うが犬を殺すのは許せない……豚は殺すが猫は虐めるな……全然等価じゃねえじゃねえか。矛盾してんじゃねえっつうんだよ。まあ、人にも劣る畜生風情の価値なんざたかが知れてるがなぁ」
そもそも、本当に価値あるものは壊れないだろう。すぐに壊れるということは、すぐに壊れてもいいということで、壊れてもどうでもいいということは、価値など何もないということだから。
ならば人間なんてすぐ死ぬような弱いものが、価値あるものであるはずがない。
ゆえに価値があるのは、人間ではない。生命そのものではない。ましてや個人単位の人間など、ピンキリすぎてすべて一纏めにしてしまえるものでもないだろう。
「いいかテメエらぁ。人間一人一人に価値はねえ。大統領だろうが総理大臣だろうがノーベル賞だろうが、なあ」
人間という枠の中でどれほどの地位にいようとも、所詮は銃に撃たれれば死ぬ程度の人間に過ぎない。
そんなものが、やはり価値ある人間であるはずもないだろう。
「価値とは、強者にこそ生まれる」
ゆえに、人間に価値が生まれる時とは、いったいどのような時であるのか。
それは、その人間が、強者となった時である。
「命そのものに価値はねえ。価値ってのは、命が生み出していくものだからなぁ。だったらぁ、この世で一番価値のある結果ってのは……強いってことに決まってるよなぁ!」
強さこそ、至高。
強さこそ、絶対。
強ければ、何をしても許される。強ければ、何をされても壊れることはない。それこそが、どんな宝石も紙幣をも上回る絶対的価値。
物を奪っても許される。なぜなら、強いからだ。何を奪われても、弱いものはそれを糾弾することはできずに泣き寝入りをするしかない。逆らえば、殺されてしまうから。
人を殺しても許される。強ければ強いほど、他人を害してもいい権利の度合いは上昇していく。それが強者の特権であり、暴力を振るうことこそ強者の生きる意味だから。例えば自然界では、強気が弱気を食らうのは至極当然のことで、何に避難されるものでもない。
自然界と人間社会を同列に扱うことはおかしな話になるものの、だが例えば極悪なヴィランが突如として街中に現れたとして、そいつが誰にも負けないパワーを持っていて、銃も爆薬も通じないほどの頑強さを身に着けていたとしたら、そいつに歯向かえる者は街に誰もいないだろう。
金品を奪おうが人を殺そうが、文句一つぶつけられない。そいつ以上の力の持ち主が、現れそいつを殺すまで。
「だから雑魚には価値がねえ、それはつまり興味が持てねえ。俺の前でぇ……存在する意味がねえってことだぁ。違うかぁ? 違わねえよなあ、そうだろうが。なあ、テメエら」
ゆえに彼は強者にこそ価値を見出す。生む者よりも、壊す者になりたい。その結果、周りのすべてを壊そうとも、この世を荒野に変えようとも後悔はしない。
すべての大地を血に染めて、寂しい荒野に変えて見せよう。そのように、己を強者として登り至らせ立ち上がると決めた男がいて、そんな男についていこうと決めた者たちがいる。
故に彼らは、その名を"紅月"という。
「行けぇ、轢き潰せ。"紅月"はぁ……俺が率いるに値する強者でなければならねぇ」
強者を率いる強者こそ、天へ立つに相応しいから。
「……それにしてもあの女狐……まぁたやってくれやがったなぁ」
少年はポソリとつぶやいた。恨み言のようだったが、クククと笑っているのを見るに怒ってはいないようだった。
どころか、むしろそれを楽しんでいるかのようだ。
「どんな時でも小競り合うことは忘れねえか……ま、それでこそだよなあ。俺たちは、それでこそだ。……狂言する道化、教会を這う鼠、俺たち紅月、青薔薇の女狐、猿山の大将も侮れねえ、司災の奴らはとびっきりだ。どいつもこいつも一筋縄じゃあ行かねえし、睨み合いは続いてっけど……いつまでも、それじゃあ終わらせねえ。さあ、どいつがここで勝ち残る」
そんなことは、聞くまでもない。確かにどこも強敵には違いないが、しかしそれでも己は決めた。
強者こそが、この世で最も価値のあるものならば、彼らはすべて高価値で。けれどそのどれよりも輝くと、己はとっくに決めている。
ゆえに少年は叫び、彼の言葉に、怒号は続く。
「行くぞテメエら……テッペン奪んぞおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
勢力名――《紅月紅蓮隊》。
首領――"英雄特権"紅月 恋華。
例えば――。
「――――チェックメイト」
声は女のものだった。氷のように冷ややかだが、しかし冬のような冷酷さはなく、鈴のように凛と響く。そして、例えどんな群衆の中にいても、どれだけの雑音や野次が響いていたとしても、彼女の声だけは沢山の声があっても聞き分けられるだろうと、そう思わせる密度があった。
これも、カリスマというものなのだろうか。
曰く、彼女には女王の資質がある。その声だけで多くの人を惹き付けて、その仕草は多くの人々を魅了する。一目で凡人との格差をわからせるほどの美貌はいかなる時も艶めいていて、他の追随を許さない。
まだ二十歳程度であるというのに、秘めし女王の資質をいかんなく発揮している女がいた。
「ふふ。紅月さんは怒っているかしら。これしきのことで怒りを覚えるような人ではないと思いますけど……まあ、怒ってくれたらそれはそれで好都合ですか。攻められるよりも、攻めさせた方がこちらの優位を実感できますし」
今日、すべての勢力が襲撃されるという情報はあらかじめ掴んでいた。それは当然、自分たちもあてはまる……しかし、あらかじめ攻められることがわかっていて、そうやすやすと攻めさせはしない。
だから――誘導させてもらった。
「ここで長く争っているみなさんには通用しないでしょうけれど、今日出会ったばかりの何も知らない人たちには通じます。私の部下は優秀ですから」
わざと敗けて、わざと引き込み、わざと油断させてから翻って近く寄り、喉元を抉りとって敵を殺す。どこでもない戦場から、敵を自分たちが有利になる場所へと敵を誘導するということ。成功すれば地形の差で優位を取ることができるし、逆に主導権を取られた敵からすれば一気に劣勢へ陥りかねない。
彼女も今回、襲撃チームを誘導した。しかし今回引きずり込んだのは、自陣ではなく敵陣だ。
「どこから来るかわかっていれば、どこで待つかを選択できる。そしてそこから、受けの姿勢を構えることができます。待つことと、待ち構えるということは、似ているようでその実少し違うのです。後者には余裕がありますからね」
構えるということは、敵の攻撃を受けてからどうするのか、その流れを選択できるということだから。偽の兵を用意して、わざと蹴散らされてから逃げる。
しかし。
「私は何て運がよいのでしょう。つい先日、紅月さんたちに負けてしまっていたせいで、私たちの偽兵が逃げ込んだのは、勢力を伸ばした紅月さんたちの部下が滞在している場所だった。ふふふ、敗北も時には幸運へと変わるのです」
白々しく、彼女は言った。先日敗北したのはわざとであり、わざと敗退していたおかげでその時の被害も限りなく小さい。紅月も訝しんだだろうが、しかし伸ばせる勢力はとりあえず伸ばすのがあちらの方針。
彼女は難なく、自分たちを襲撃するはずだった者たちを、自分たち以外への集団へとぶつけることに成功した。
今回の襲撃者たちは彼女たちを壊滅させうるほどの戦力は持たないが、しかしそれでも万が一というものがある。一人だけ、強力な力を持つ雇われがいるという情報も掴んでいたからだ。
ならば貴重な部下をそれで失うわけにもいかない。未知の敵には、安全策を取った方がいい。
「あそこはとにかく、紅月さんに気に入られようと必死な方々が多いですからね。餌を垂らせば、引っかかってくれる。気を付けないと、竿ごと引っ張られてしまう危険もありますが」
何がしたいのかよくわからない女道化や、勢力をあまり伸ばしていない鼠たちでは駄目だ。あの勢力は突けば抗争が肥大化するし、もう一つは最初から論外。よって残っているのは紅蓮隊のみ。
勢力の性質的にも都合が良かったし、今回の策に使うのは彼らがベストだった。
強者以外は無価値というトップの方針により、末端たちは常に自身の戦力を伸ばそうと必死だから。敵を倒して自分の強さを証明するため、現れた敵にはとにかく噛みつくという者が多い。反面、逃げる者には興味がないという一面もあるが、今回の敵は外部の襲撃者という立場ゆえにそう簡単には引き下がらないだろう。ある程度、大きな傷を負うまでは抗戦するはずだ。
「己の手を汚した者が、最後に勝ち笑う。とは、必ずしも限らない。手を汚さずして、他人の手を汚させる。清潔なのは大事なことです、何せその手は美しいまま。勝つことだけに拘るよりも、勝ち方に拘った方が強いということもある」
仮に、紅蓮隊との戦いからこちら側に流れてきた襲撃者たちがいたとしても、疲弊しているであろうそれらを蹴散らすことは造作もない。どう転んでも、今回の戦いで彼女たちが敗北することは絶対にありえない。そして、あわよくば紅蓮隊の戦力を削れるならば上々。
「……というのが、今回私が取った戦い方だったのですが……」
一呼吸置くと、彼女は手に持っていた紅茶入りのカップを置いた。
「――――あの子は、私の指示もなしに、どこをほっつき歩いているの……!?」
どうやら彼女の部下の一人が、彼女の出した待機という指示も無視して勝手に出撃しているようだった。これは彼女に求心力がないとか、部下たちにその采配を怪しまれているというわけでもなく、さらに当の部下はむしろ彼女に忠実で彼女に尽くす人物である。
しかし、それでもその人物には彼女の指示を無視して独断で動き回るという悪癖があった。直感でそうした方が彼女のためになると一度思えば、後先考えずに暴れてしまう。
それはそれで、頼りになる部下ではあるのだが。
「勝手に動かれると、私の沽券に関わるといつも言っているのに……!」
プルプルと震えている彼女の後ろに控えている部下の一人が、冷や汗を垂らしながらその人物に心中で恨み言を吐いていた。どうせ今頃、こちらの心地も知ったことではないとばかりに乱痴気騒ぎを起こしているのだろうが。
そんな自陣の切り込み隊長の姿を思い浮かべると、彼はまた心中でため息をついた。
「どうしてわざわざこちらから刺激を与えに……いえ、もういいです。あの子……メアなら大丈夫でしょう。危なくなったら逃げる子ですし、あの子のことだから、その方が良いとでも判断したのでしょう。理屈だけではなく、直感で何かが変わることもあると私は知っていますから」
紅茶を啜ると、彼女は次にどう動くかの展開を頭の中に絵図として描く。
あそこはどうせ今回も大して動かない。女道化はどう動くかわからないが、しかしこちらに手を出すということはないだろう。最近、電波塔と小競り合っていたのは確かあの山であったはずだ。女道化に散々からかわれたと聞いている。
そしてあの山は、この戦いの熱も冷めぬままに更なる戦いを続ける可能性も高い。しかしその場合でも、喧嘩を売るならまずは借りを返すべく電波塔に対象を定めるはずだ。
売られた喧嘩は買い、買わない時も売りつけるような連中だから、電波塔をまずは殴らねば気がすむまい。
「となると、私が警戒すべきはやはり紅月さんのところですか。今回、利用してしまいましたし」
紅蓮隊は押せ押せ集団だが遠くの敵は無視する傾向も強いため、自分たちも無視される可能性も高いが。
しかしその動向は気にしつつ、念のために騎士に見張らせるくらいはしておこう。彼女はそう決めると、すぐに部下へと指示を出す。
「さて……勝つために、次は何をするべきかしら」
豪奢な椅子に腰掛けながら、聖域の女王は静かに次へと思いをはせる。
戦うために、勝つために、すべては己の勝利のために。
「この街を、私たちの聖園へと変えてみせましょう。他の何もののためでなく、ただ私たちだけのために」
勢力名――《青薔薇支配聖域》。
首領――"女王"華薗 咲綺蘭。
例えば――。
「あなたが、ここのトップでしょうか?」
「……」
二人の男が対峙している。片や尋ね、片や無言。
「肯定と受け取ります。実は、自分は依頼と趣味で強い者と戦いに来たのですが……あなたは、とてもお強いとお聞きしました。一手、お手合わせ願うことはできるでしょうか」
「……」
片側の男は、物騒なお願いをされているというのに変わらず無言。言語機能が消失しているのかと思わせるほど、その男は静寂を身に纏っていた。
現世のあらゆることに興味がないのかもしれない。
それほどに、この存在が纏う静寂にはわずかな揺らぎも見当たらない。しかし、その静寂の薄皮一枚下では、荒々しい武威が震えていることを襲撃側の切り札であるこの男は見抜いていた。もしかすると、こいつなら楽しめるかもしれない――。
「肯定か、否定か……どちらでも良いか」
そして次の瞬間、今回の戦いで最大の激突が起こった。
「――――」
勢力名――《NemesiS》。
首領――…………。
例えば――。
「最強は――誰だアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」
響く。声が。
重なる。声が。
「俺は、誰だアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!」
「最強!」「最強!」「最強!」「最強!」「最強!」「最強!」「最強!」「最強!」
「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」「マシラ!」
轟く声の持ち主は、死屍累々の上に座りながら声を張り上げ問いかけている。
答える声の持ち主たちは、山の下で座りながら答えている。
彼らはこの街に存在するチームの中でも、特に好戦的で知られているチームだった。紅蓮隊と違い、獲物と見定めた敵に対して拘り続け中々諦めてはくれない。
「そうさッ! 俺が、俺こそがッ! 天上天下の俺様だ!! 暴れ足りねえ、食いでがねえ。もっともっと戦いてえ」
男には溢れる戦意があった。その戦意が言っている。まだまだ、まだまだ、全然全然全然足りない。こんな程度じゃ満足できない、この欲望は抑えきれない。
戦ったという実感がない。所詮、雑魚はいくら纏めても雑魚に過ぎない。小動物を握りつぶした時、果たして確かな勝利を手にしたという感慨は抱けるだろうか? いいや抱けない、抱けるわけがないのだ。
なぜならそれは勝って当たり前のもので、しかも戦いにすらなっていない以上、それは勝利と呼べるものですらない。ならばそれを繰り返して繰り返してこんな人間の山を築いたところで、自分は強いぞ勝ったんだ、なんて、思えるわけがないだろう。
「戦るなら強ええ奴が良い、思いっきり暴れてもいい奴が良い。どっかのチームの頭なら、それもできるんだろうがなあ」
しかし現状は小競り合いが続くだけだ。リーダー同士が全力で戦うことは滅多に起こらず、精々が幹部級との戦闘のみ。
それもそれで楽しいものの、やはりもう少し上との戦いをもっと経験しておきたいというのが彼の本音だった。今贅沢を言ってもどうしようもないために、本音は封じておくことにするが。
「今回は、俺らレベルの奴はいないみてえだったが……まァ仕方ねえか」
そうほいほいと手応えのある相手はいないということか。いや、もしかすると、今回はこちらの戦力を測るのが目的の襲撃であり、本命はまだ後に控えているのかもしれない。
どうにも敵が弱すぎる。この街へ攻めに来たにしては、兵の実力が足りなすぎる。個々の戦闘能力は、どう見積もっても強くて山の下位程度の実力ばかりだった。特殊な戦術が用意されているような気配もなく、これでは戦いになどなるわけもない。
(別に、うちらの力はこの街だけの専売特許ってわけでもねェ。だっつうのにこいつらまるで歯応えねェし、むしろそこらのチンピラ嗾けたくらいのモンじゃねえのかこいつら)
あまりにも弱い襲撃者の強さに、逆に男は驚いている。
ゆえにもう一つ、後に何か狙いがあるのではと予測したが……しかし、どうでもいいことだとすぐに考えを捨てた。彼らはいつも平常運転で、戦うべき時に戦い、そして勝つまで戦うだけだから。
どうでもいいものに思いをはせるほど、深く考える性分でもない。
「そうさそうともそうだとも。気に入らねぇ奴はぶっ飛ばして、ぶっ飛ばしてェやつをぶちのめす。それで良いし、それ以上は俺らは知らねえ」
彼個人の考えを言うなら、あの女王一派と事を構えたいところではあるのだが。
「あっちは避けてくるんだろうなァ。力じゃ、うちが上だ。そんな時あの女は絶対にまず時間を稼いでくるだろうから、俺が望むガチンコはできそうにねェし。だから、今はいい」
それよりもまず、叩いておかねばならないチームがある。それは前回、こちらを散々馬鹿にして被害を出してくれたチームであり、そしてこちらからは何の痛痒も与えることができなかった。
――あの電波塔を、今度はこっちが痛手を与える。
「ぶん殴ってやンよ」
あの女道化師に、うちの者が何人も血祭りにあげられている。このままで済ませておくことはできない。
怒りではなく、憎悪でもなく、しかしこれは復讐である。
やられたら、やり返す。それは至極当然の、霊長として当たり前の復讐である。
殴られたなら殴り返さなければならない。蹴られたなら蹴り返さなければならない。殺されたなら、殺し返さなければならない。一発殴られたなら二発殴れ、二発蹴られたなら三発蹴っ飛ばせ。三人殺されたなら、相手はすべて皆殺せ。
それこそが唯一の真理。
人類すべてが背負うべき修羅の理屈であり、そして彼らの基本姿勢だ。彼らは決して妥協しない。いついかなる時も全力で、そして全開で戦いに臨む。そうすべきだと知っている。
「石猿舐めたら怖えってこと、見せてやろうじゃねえか」
猿は人の下位互換か。いいや、彼らは森の賢人だ。小さな猿でも人を優に上回る膂力を持っているし、舐めれば手痛い目を見るのは確実である。そんな生物が、ただの下位互換であるはずもないだろう。
ましてや彼らは炎の戦人。こと攻戦に関して言えば、全チームでトップクラスの力を持つのだから。高々ただの人間程度と、同列に語ってはならない。
いずれ、自分たちの築く山は高く広がる空にも届く。神を恐れぬ所業を再現して、神に唾を吐いてやろう。釈迦の手のひら何のその、抜け出せぬなら壊せばよかろう。そうしないのがそいつの限界、立ち塞がるもの皆壊せ、天罰なんて怖くない。すべて壊して、先に進もう。
俺たちを動かすのは、俺たちの意思。誰にも何にも邪魔はさせない。
死屍累々の上から男は降りる。配下たちは男の通る道を開け、男が道を通るにつれて次々に立ち上がり、歩く男へとついて行く。
出陣の時が来た。目指すは道化の住まう電波塔――あの女のいる場所だ。まず成し遂げるべき目標は、あの女を倒すことであり、そして――。
「ここが俺らの修羅宝土。いずれ全員ぶっ飛ばして――いつか、あいつもぶっ倒す」
彼らは天すら恐れない。彼らは神すら恐れない。神仏上等、かかってこいや。
「さあ、祭りに行こうや」
勢力名――《石猿総本山》。
首領――"斉天闘将"マシラ。
とある都で、戦いを続ける者たち。その中心に居座る六つの勢力。
彼らは今日も覇権を争い、睨み合いを続けている。いずれ自分たち以外の全勢力を打ち倒し、頂点へと至るために。その先の栄光へと、手を伸ばすために。
世の中には、戦いというものを好む人間たちがいる。戦いの中にしか生きられない人たちもいる。
戦いも争いも、忌避されるものではあるのかもしれない。
それでも……絶対に否定しなければならないものでは、決してない。
戦いこそ、人間の進化の証であり、人間らしさを証明する活動の一つなのだから。生命が生命である以上、他と争うことからは避けられない。
彼らは――《魔京六首領》は、戦いを肯定する六芒である。