茜色の世界8
マナは2ヶ月になった。元気な女の子だった。
それどころか、既に魔法が使えた。
近くの玩具が手に届かなければ、魔法で引き寄せたし、たまに翔んでベビーベッドから床に転がっていたこともあって驚いた。
ユキの幼少時よりも魔法の力が強い赤ん坊だった。
その日の夕方。
都は休みで家にいた満とその子供たちと土手沿いを散歩していた。ベビーカーにマナを乗せて、壮と律が押してくれた。
一番下の華も押したがったが、危ないからと変わってもらえない。
むくれる華の手を引いて都は夕暮れを歩く。
今こちらが秋だから、向こうは春だろう。
毎年ルシウスと島の川べりに咲く桜を観に行ったっけ。
毎日毎日橋を見続け、季節をまたいでしまった。
もう帰れないのかもしれない。そう思うと涙が溢れて苦しくて…
自分の心に蓋をするように、娘のことだけに集中した。
あの人の想いにおかしくなりそうな時は娘を抱き締め、ゆっくりと子守唄を歌った。
歌っているとマナの頬に涙が落ちた。びっくりしたように、一瞬目をつむった娘がいとおしかった。
「満…いろいろごめんね」
「気にしなくていいよ。ね、マナちゃん」
マナの頭を撫でる弟を都が見つめる。
もう少しして落ち着いたら家を出よう。マナと二人で暮らして行こう。
都はそう考えていた。
悲しいかな、この世界では魔法使いの受容がない。向こうの世界で通用した知識も力も、こちらでは意味がないような気がする。
それでも生きていかねば。
都は、いつものように橋の側に来て、じっと佇んでいた。
満も子どもたちも、黙って付き合ってくれている。
空の茜色が深くなる。
くしゅん!と華がくしゃみした。
「ん、寒くなってきたな」
満の声に、都ははっとして謝った。
「風邪引いたらいけないね。ごめんね、待ってくれて」
「まだいてもいいんだよ、都さん」
壮が気遣ってくれるが、微笑んで首を振った。
「帰ろう。待つのは明日でもできるから」
何十年でも、何百年でも私は待てるから。
橋を背にして、また歩き出した。
突然まばゆい光を浴びた。気のせいかと思うほど一瞬だった。
確かめるように都は振り返った。
茜色の世界が紫を帯びてきた。そこに彼がいた。
橋の近くに、彼が立っていた。
「ミヤコ!」
これは、夢?
この世界に現れた人に目を疑った。
駆け寄ろうとしたが足が動かず、ぺたりと膝をついてしまった。
確かめたい。
歩み寄る彼に必死で震える手を伸ばした。
力強くばっと抱きすくめられた。
確かな力を感じた。
言葉を紡ごうとしたが先に手が出た。
都は拳でルシウスの肩や胸を叩いた。
「ミヤコ」
「…っ、ひどいわ!!」
叩きながら叫んだ。
「帰れなくて…ずっと!ずっと待ってたのに!いつ来るかもわからなくて!」
「ミヤコ」
何度も叩くのにルシウスはびくともせず、益々ミヤコを抱き締めて離さない。
「ひどいわ!もう帰れないと思って…」
ルシウスの手が、都の両の頬を包むように持ち上げ強引に唇を奪った。
「…っん…ふっ」
叩く手が次第に弱くなっていった。
ルシウスは、ゆっくりと唇を離し、彼女の肩に顔を埋めるようにして、強く抱き締めた。
「…ミヤコ、逢いたかった」
想いを吐き出すように、息を深くついた。
泣き出す都を抱えたまま、しばらくしてルシウスが顔を上げた。
満たちをじっと見て、納得したような表情をした。
「…ああ、お前、ミチルだな?」
ミチルたち家族にミヤコは保護されていたのだと合点がいった。
言葉は分からないが、何となく通じて頷いて満がマナを抱いて、ルシウスに近づいた。
「女の子です」
満の心を読んで頷き、ルシウスが赤ん坊を受け取って抱いた。
「名前は?」
娘を見つめルシウスが聞く。
都が涙を拭いて、そっと答えた。
「マナ、よ」
「マナ…いい名だ」
「頑張って生まれたな」そう言って、ルシウスが微笑むのを都は夢を見ているような気分で見つめた。




