再び
王宮付の医者が処置の準備をしている。
カチャカチャという器具の音に気づいて、ミヤコが震えながら、夫にしがみついてきた。
怖いのは、自分のためじゃない。
子のためだ。
喪うのが怖いから。
「………ルー、お願いがあるの」
「何だ?」
憔悴して痛々しい妻の姿に、胸がえぐられるような痛みを感じながらも、ルシウスは感情を抑えて問う。
「…私を…」
ルシウスの首元に頬を寄せたまま、ミヤコが呟くように小さく言った。
それに瞳を揺らして一呼吸の後、ルシウスは訊いた。
「そうしたら…助かるのか?」
夫の服の腕あたりを握り、ミヤコは懸命にその顔を上げた。
「わからない。でも…私の知らない26年後の世界に賭けたい!」
ボロボロと泣きながら、ミヤコが言った。
「奇跡だというなら…終わらせたりしない。終わったら奇跡じゃない。可能性があるなら…あきらめない。私…私…」
涙を拭おうと、彼女の頬に触れるルシウスを見る。
「あなたの子を産みたい……産みたいの」
頬に口づけし、ルシウスは俯いた。そうして黙っていたが、やがて小さく呟いた。
「………………わかった」
「ユキ」
二人に呼ばれて、ユキが涙を拭いて近付いた。
近付いた彼女の体を、ミヤコがぎゅうっと抱いた。
「ユキ、ヒカルと仲良くね」
「母さん?」
「たまにルーを見てね。父さん寂しがり屋だから…」
ミヤコは微笑みを作って、ユキの顔をしっかり目に焼き付けた。
ルシウスは、それを見届けるとミヤコを抱えて外に出た。
「やはり俺も一緒に…」
「必ず帰れるように、あなたはここで待っていて」
魔法を使える者は限られる。
帰れる確率は上げていたい。
「ミヤコ」
しっかりと抱き締め、長く口づけをした。
いつでも思い出せるように、覚えていられるように。
互いが寂しくならないように。
餓えて死なないように。
「すぐに戻るわ。たとえどんな結果であれ…」
「遅かったら、迎えに行く。ミヤコ…」
彼女の顔に手を触れる。
「…………俺の半身。引き裂かれたままなら俺は死ぬ。だから…早く帰って来い」
「うん。私たちは以前とは違う。大丈夫。あなたを悲しませたりしない」
それを聞いて頷いたルシウスは、指に歯をあて噛み切った。
滴る血で空中に描くのは、前とは少し違う紋様。
50年ごとにしか使えなかった魔法が、20年ごとに行使できるようになったのは、魔法使いたちが手を結んだ新たな時代の証。
研究がなされた結果だ。
やがて夕空を割り、まばゆい光が注ぐ。
召喚魔法の発動。
「ルシウス…ルシウス」
ミヤコは、夫の首に腕を伸ばし抱き締めた。
「愛してる」
「ミヤコ…」
彼女の身体を抱き締め、こらえるように目を閉じる。
「ミヤコ。俺のミヤコ。俺をいつも思い出して、想っていろ」
泣きながらも微笑む彼女が、光に包まれる。
そして彼方へ消えていくのを、見えなくなっても、空が茜色に戻りかけても、ルシウスは見つめていた。
その時だった。
光がゆっくりと輝きを失う直前。
そこにめがけて魔法が一つ飛ばされた。
すると、光がふっと素早く消えた。
「…今、何をした?」
違和感を覚えて不安が押し寄せ、ルシウスは後ろを振り返った。
そこには、ヘリアスが手を拘束されたまま囚われた球体の一つを噛み砕いて立っていた。
空が元に戻るのを確認して、ズルズルと地べたに座り込み、くつくつと笑い始めた。
「道を消した。もう、あの女は帰ってこれない。この世界にミヤコが存在することはない」
別に何もする気はなかった、最初は。
けれど、ルシウスとミヤコを見ていたら、刺されたように胸がずきりと痛んだ。
「こんな思いをするぐらいなら、最初からいなければいい。もう惑わされることもない。なあ、ルシウス…」
唇を噛み締めて、ヘリアスはうつむいた。
「お前なら、俺の気持ちがわかるだろ?どうだ、今の気持ちは?」
強い喪失感…絶望…
悲しみ、怒り、憎しみ…
忘れられない苦しみか?
「俺と同じになったか?」
そう言ってヘリアスは、笑いながら涙を流した。
ミヤコが遠くて、手が届かないだろう?




