追跡
暖かくて、ミヤコはいつものように夫に抱き締められて眠っているのだと思った。
「…ルー」
「…………」
彼女の肩に触れた手が、ぴくりと動いた。
「とてもいいことが…あったの」
まどろみながら話す。
「早く言わなきゃって、思って…」
目を閉じたまま、彼の顔に手で触れる。
「…」
「…聞いたら、びっくりするよ…」
ふふっ、と笑った。
「私ね、ルー…」
まぶたを開け、彼を見上げた。
「…」
「…」
そうだった…。
ミヤコは、ヘリアスの顔に触れた手を、ぐうに変えた。 反射に近かった。
バキッ!
彼女自身が驚くほど、彼の顔にきれいにパンチが入った。
座って彼女を抱いていたヘリアスが、勢いで後ろに仰け反る。
わ、私、腕を上げた?!立ち上がった拍子に、身体を包んでいたタオルが落ちて気付いた。
「ひゃああ!!」
まだ裸だった。
嘘でしょ!
むくりと起き上がろうとするヘリアスに、ミヤコは本当に焦って…今度は素足で蹴りを加えた。
「いたっ!ちょっ、向こう向いてなさい!見ないで!」
彼にしては紳士的に持ってきてくれたのか、傍に着ていた服があるのを見つけ、急いで着る。
ちらっとヘリアスを見ると、俯いて肩を揺らして笑っていた。
「…ミヤコ、お前は本当に…」
立ち上がり、近付くヘリアスに、叩こうとした手を今度は難なく受け止められてしまった。
そして有無を言わさず、ぐっと抱き締められる。
「本当に、いい女だ」
「…………」
動けないことに歯噛みしつつ、目を動かして辺りを見回す。
どこだろう、ここ。
壁が剥がれ、床板には所々穴が開いている。
家具や寝台もあるが、ボロボロ。
空き家だろうか。
硝子の割れた窓から、朝の光が優しく差す。
私、連れ去られたんだ。そう思い知ると、ぐらりと気持ちが弱くなる。
「…帰りたい」
ヘリアスに抱かれたまま、ミヤコは呟く。
「ルーの所へ、帰りたい」
涙が伝った。
自分を抱くこの男がどう言うか、予想できたから。
「嫌だ。ルシウスの元へは絶対に返さない」
ぎゅっとミヤコを抱く手に力が込められる。
ミヤコは、かっ、と瞳を光らせ、魔法を放った。
拘束の魔法を放ったつもりだったが、へリアスは眉一つ動かさない。
「使えないさ」
静かに見つめるヘリアスに、苛立ちを覚える。
一時的に魔法が消える?一時的にって?どのくらい?
緩んだ腕から逃げ出し、ばっ、と家の玄関扉に手をかける。
やはり開かない。
隙を見て、逃げるしかない。
ヘリアスの気配を消す力のために、助けが期待できるかわからない。
背後に彼の視線を感じて考える。
油断させて逃げるしか…
気付かれないように、そっとお腹に手で触れる。
今は無茶ができない。
自分を守らなければならない理由がある。
一呼吸おいて、ミヤコはヘリアスに視線を向けた。
「お腹が空いたわ。ご飯食べに行こうか?」
意識して、できるだけフレンドリーに…
気を許したと思ったへリアスが、油断するのを待つしかない。
怒りを堪えながら、ミヤコは柔らかい表情を取り繕った。




