魔法使いの使者2
Γあー、訳わかんね。」
ヒカルはあてがわれた部屋で、床に座り込んだ。さっきまで女性達に囲まれて、なんだか混乱している中、拾われた子犬のような気分でいたのだ。何か王妃やミヤコから、いろいろ話しかけられたのだが、言葉が頭を素通りしている。ただ評判の美人魔法使いミヤコを見られてラッキー…とは思っていたけど。
ついさっきまでルルカにいて、いつものように食堂で働いた帰りだった。夜の警備のバイトまで、仮眠を取ろうと家に一旦帰る途中だった。
それなのに…
「あー、なんで声なんか掛けたんだ。」
いや、声を掛けなくても、結局ここに連れて来られていたのだろう。
「…可愛かったのに。」
ユキは誤解しているが、知らない女性をナンパしたのは、初めてだった。
何て言うか…、呼び止めて彼女の顔を間近で見たいような、よく知りたいような、迷うより先に衝動的に行動してしまった。
きれいな黒髪だった。凛とした姿だった。母親のミヤコとは、また違うタイプの美女だった。あ、でも…
「…笑うと、お母さんに似てるんだなあ。」
ふうん、と思っていたら、扉をノックされた。
応えるより早く戸が開いて、一人の男性が入って来た。
「…や、やあ。」
固い表情で、相手は緊張しているらしい。ぎごちなく笑っている。
「……あ」
ヒカルは驚いていた。
自分によく似てる。この人…名乗らなくても判る。
はっとして、ひざまずいて頭を垂れた。
「陛下。」
困ったように、ローレンは近づき、ヒカルの前に屈んだ。
「ヒカル…顔を上げなさい。」
わからない。どういう顔をしていいのか。
顔を上げると、自分と同じように複雑な表情の王を見た。
「僕は、本当に?」
真剣な顔でローレンは頷いた。
「君は、私のたった一人の息子だよ。…大きくなったね。前会ったのは、君の母親の葬儀の時だった…」
「あ…」
思い出した。近所の人たちが母に最期の別れをする時に、場にそぐわないフードをかぶり涙を流していた男がいた。
そうか…そうだったのか。
Γ君の母親との約束だよ。君が成人するまでは庶民として自由な暮らしをさせること。だが、成人として扱われる18になった。君を私の息子として公表し、王子としてグラディアに迎えたい。」
Γ……………」
Γ今さら、父親を名乗る私を許せとは言わない。だが…認めて欲しい。」
謝るように、微かに顔を俯けるローレンにヒカルは何も言えなかった。
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ミヤコは、夫の仕事が終わるのを待っていた。
「暑い…」
汗をかいて、身体がベタベタする。王妃や侍女たちが公務に戻ったので、一人で中庭を軒下から眺めていた。リュカに宛がわれた魔法の課題に取り組むために、ユキはレオと勉強部屋に籠ってしまった。
ユキは、15の時に島を出て、リュカの元で魔法について学んでいる。
寂しくはない。ユキは王宮で暮らしているし、自分たちの仕事場もそこだったし、何より会いたい時はいつでも翔んでいけるから。
ユキ自身もたまに島に帰って来ては、父親の手料理を楽しみにしている。まあ、言っても娘もいい歳の大人の女性なのだ。
中庭の池の水位が下がってる。そういえば、雨を最近見ていない。
「少しだけなら、いいかな。」
誰も見ていないのをいいことに、ミヤコは自らの欲求のために魔法を使うことにした。
両手を空に差し出す。目を閉じて集中する。
雲を引き寄せて…
日射しが遮られる。空が暗くなる。
「雨、雨、降れ降れ。」
一人なので、調子に乗ってしまった。
ぽっ、ぽっ、と小さな滴が降ってきて、急にさああっと柔らかい雨へと変化した。
雨の降る庭に下りた。地表のこもった熱が空へと昇っていく。ルシウスに魔法を譲られてから30年近くが経ち、ミヤコは魔法の使い方にかなり慣れてきていた。
雨が、彼女の汗を消していく。
「はあ、気持ちいい。」
濡れるのを楽しむ。雨で湿った土の匂いを楽しむ。
「雨を呼んだのは、お前だな。」
一人で子どもみたいにはしゃいでいたら、ぱっと後ろから抱きすくめられた。
「あまり自然をいじるなよ。」
「ごめん…、暑くて、汗が気持ち悪かったから…」
なるほどと、ぺろっと首筋を舐められた。
「ひゃあ!」
「くくっ…塩気がする。」
振り向いた妻の肩に口づけしてから、ルシウスはにやりと笑った。
「帰るか?」
濡れた彼女の長い髪を軽く絞る。
「もう少しだけ、雨を楽しんだら帰るわ。」
雨が好きなミヤコは、ワクワクした気持ちで天を見上げた。ルシウスは自分も濡れながら、そんな妻を見つめていた。
変わらないな…。時が経っても、彼女は彼女のままだ。
不安はあった。年月が何かを変えてしまうかと。
でも、変わらなかった。
ミヤコがイタズラっぽく笑って、ルシウスを後ろから抱き締めた。胸が苦しいのも変わらない。
想いが疲弊することもなかった。
捕まえて彼女の柔らかい身体を両手で包んでやった。
時が経っても、まるで結婚当初と変わらない関係が続いている。
Γミヤコ。」
唇を寄せたら、迎えるように彼女が目を閉じた。彼女の睫毛から弾かれた雨粒を見て、唇を重ねた。
今日何度めかの口づけを繰り返しながら、ルシウスは今日もミヤコが自分のものであることを確かめた。
今回は3人称メインです。




