逃亡5
夕方。
店の灯りがちらほら灯り出した。
雨が上がり、仕事を終えた人や夕飯を食べに出歩く家族や恋人たちで、日中より通りを歩く人が増えてきている。
大通りを一つ奥に入った所にある、一軒の小さな居酒屋。
「いやあ、息子と酒を飲み交わすのが、僕の夢だったんだ」
ローレンが機嫌良く言った。
知っている者が見たら、さぞかし驚くだろう。
なんと…
グラディア王ローレン、その跡取り息子のヒカル、そして元最高の魔法使いルシウス。
この三人が、肩を並べて酒を飲み交わしている。
「ヒカル、すまないね。忙しくてなかなかお前と話ができなかった。私は…あの時、ルシウスに首をはねられそうに…あ、違った、ヘリアスに殺されそうになって、お前ともっと話をしてればって後悔したんだよ。だからこうして共に酒が飲めて、嬉しいんだよ」
息子に酒を勧め、もう酔ってるのかご機嫌だ。
「そうですか…」
父のことをあまり知らないヒカルは、どう反応していいかわからない。
「おい、俺は早く帰りたいのだが」
ルシウスが、ローレンに注がれた酒を一口飲んで言った。
「早く帰って、ミヤコを抱きたい」
「「ぶはあっ!」」
ローレンとヒカルは同時に酒を吹き出した。
「ちっ!汚い!」
「き、君、年頃の息子の前で、そういうこと言わないでくれるかな」
ローレンが咳き込みながら注意する。
「は?なぜだ?」
ルシウスが、ぐいっと酒をあおる。
「俺は、あいつに心底溺れている。毎日抱いても足りないぐらいだ」
「…す、すごい」
ヒカルは顔を赤くして、ルシウスを見た。
彼を見る目は、尊敬に近い。
「あ、あの、ミヤコ様は、そんなに…」
「あー、ヒカル、酔ってるね。知らないからな、知らない」
ローレンが酒を飲んで、つまみを追加した。
無視だ、無視。
「ふっ…そうだな、ムチャクチャ気持ちいい…」
ローレンが、酒をこぼした。
「…このまま死んでもいいと思えるぐらいに…」
うっとりとルシウスは呟いた。
「…君たち、夫婦になって長いよね?子どもも大きいし…」
新婚か!
こぼれた酒を拭きながら、ローレンは半目で遠い目をした。
「だからなんだ?飽きるとでも?まあ、俺しか知らないからな。ミヤコの体は、凄く綺麗で柔らかくて、肌が白くて、暖かくて、色気があって、よい香りがして…知ると中毒になる」
「あ、鼻血が…」
ヒカルが鼻を押さえた。
「だから知らないって言ったのに…」
ローレンがハンカチを渡した。
「青いな、小僧」
出される酒は拒まない。
飲みながら、ルシウスは鼻で笑った。
本当、帰りたいな。
「仲良くて、羨ましいよ」
ローレンの言葉に、ヒカルが鼻を押さえたまま首をひねった。
「えっと、ち、父上には王妃様がいらっしゃるのでは?」
「…ああ」
目を泳がせてから意を決して、ローレンはヒカルを見た。
「私が…愛した女性は、お前の母さんだけだよ」
「え?」
「王妃とは、何もない」
白い目で見るルシウスを、ローレンが睨む。
「やめろ、そんな目で見るんじゃない」
「父さん。それは、王妃様にあんまりでは?」
ヒカルが、複雑な顔で言った。
「え…」
「王妃様が、あなたのことをどういうふうに思っているか、ちゃんと聞いたことありますか?もしかしたら…淋しくされているのかも。僕の母はとうに亡くなり、義理立てする必要はないんですよ。王妃様とちゃんと向き合ってみられたら…」
「まさか息子に、そんなことを言われるとは…」
ローレンは苦笑した。
「そう、だね。わかったよ」
親子の会話を聞きながら、ルシウスは酒を飲んだ。
自分で言ったばかりに、更に妻が恋しくて、ぼんやり想った。
「おい、さっさと!」
「まあまあ、折角なんだから…」
ほろ酔い気分で、ローレンがまたルーに酒を勧めた。
「……………」
ぐいっと酒を飲み干すルシウスに、今度はローレンが聞いた。
「そういえば、君たちは二人目は作らないのかい?若いままなんだし」
「………………」
ルシウスはトンッ、と杯を置いた。
「魔法使いは、子ができにくい。二人目は…もう無理だろう」
ユキを授かっただけでも良かったのだ。
二人目は、奇跡に近い。




