逃亡3
ふう、と息をついてグラディア王ローレンは、眉根を指で押さえた。
疲れている。政務におわれている。
国が大きくなる代償だ。
「何とも、不自由な」
重たい肩を回す。
リュカにはアールラニに行ってもらっているし、大臣たちにも協力してもらっている。
早くヒカルにも手伝えるように、教えていかねば。
「陛下」
執務室にいる彼に、オルドが声を掛けた。
「なんだい?」
「王子が町に出掛けていきましたが、いかが致しましょう」
「一人でか?」
「はい、部下が二人付いていますが」
「ならいい。放っておけ」
オルドが、すっと姿を消すのを見て、書類にサインしていた手を止めた。
実は少しほっとした。
ヒカルが素直すぎて、危ぶんでいたから。
町中で、自由に生きていた若者が、急にかしこまった窮屈な環境に適応できるはずがない。
普通、抗うはずだと思っていたから。
優先すべき書類だけ片付けて、ローレンは席を立った。
ヘリアスに首をはねられそうになった時に、息子と話をしていないことを悔やんだことを思い出した。
いい機会かもしれない。
「何か良いことでもあったのか?」
王宮から帰って来てから、ミヤコはずっとニコニコしている。
「あったよ」
「…で?」
「話すタイミングを考えてるの」
なんだそれは?
ミヤコは、ひじをついて、夕御飯を作るルーを眺めている。
「もったいぶるのは、お前の悪い癖だ」
おたまを向けて言っても、ミヤコは笑っている。
「あ、そうそう。私これからは、あまり食べ過ぎないようにするから」
ルシウスが、不審げな目でミヤコを見た。
「なんだ、やっぱり太…」
「違います」
むくれたと思ったら、すぐにまた機嫌良くニコニコしている。
幸せそうなら、それでいい。
ついこの間、大変なことがあったようには思えない。
ピクリ、と鍋をかき回す手を止めた。
ユキの声が届く。
「…ダメだ。俺は忙しい。レオはどうしてる?」
しばらく聞いて、
「わかった」
と答えて、ルシウスは鍋に蓋をした。面倒そうな表情だ。
「何?」
ミヤコが見上げた。
「ヒカルが一人で町に出たのを、父親が後を追って王宮を出ていった。ユキは奴を監視しているから動けないそうだ」
鍋の火を消して、ルシウスは顔をしかめた。
「レオ君は?」
「あのバカ、寝てしまって起きないそうだ」
どこか抜けてるのだ。
天才的な発明家兼魔法使いのはずなのに。
「あいつらが、どうなっても構わないが…仕方ない」
仕事だから。
椅子に座るミヤコに軽く口づけする。
「先に食べてろ。すぐ戻るから」
手間をかけさす奴等、引き摺って連れて帰ってやる。
「…うん」
翔んで行こうとするルシウスの背中を見て、ミヤコは急に寂しくなった。
「早く帰って来てね…ルシウス」
その声に振り返ると、少し心細げに微笑んだミヤコが手を振っていた。




