最高の魔法使いミヤコ
グラディア軍がいる場所は、国全体を覆う結界の外。国境に近い平原だ。
ここを通らねばアールラニ軍はグラディアに侵入できない。
ここが第一にして、最後の防衛。
「ローレン様、遅くなりました」
リュカが翔んで来ると、ローレンは彼の表情をさっと確認するかのように見た。
「ヘリアスの身体を捕らえることに成功しました。」
「ユキ、ユキは!?」
ミヤコが王の隣から身を乗り出した。
「皆無事です。」
リュカは、ミヤコの為に余計なことは言わなかった。
「良かった!」
ミヤコが、ほっとしてわずかに微笑んだ。
「あとで、誉めてやらないとな。」
そう言うや、ローレンが馬に乗る。
前方にアールラニの軍が遠く見えた。
グラディアの兵たちが、緊張して静かだ。
「大丈夫。勝てる。」
ローレンが、呟いた。
日が昇る。
「私を乗せて、陛下…いえ、ローレン。」
ミヤコが久しぶりに王の名を呼んだ。
「私の後ろに乗れ。でも、あとでルシウスには、君から断りをいれてくれよ。」
焼きもちを妬かれて、本当に焼かれたら、たまったもんじゃない。
冗談めかして言う王に、彼女は緊張した顔を和らげた。
王が手を引っ張ると、ミヤコは彼の後ろに乗り、呟いた。
「ああ、馬、高い…怖い。」
「え?」
「何でもないわ。」
ミヤコは王の腰に、遠慮がちに、振り落とされないように手を回した。
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「くそっ!」
ヘリアスは、苛立たしげに舌打ちした。
身体を盗られるとは!
仕方ない、取り返すまでだ。取り合えず、遊んでから。
こちらにグラディア軍が集中しているのは、都合がいい。
馬に乗ったヘリアスは前を見た。
グラディアの魔法使いたちの小細工で、ちらほら脱走者は出たものの、この主力軍に比べ、グラディア軍は3分の1程度の数でしかない。
横に長く並んだグラディア軍の騎馬の中に、ローレン王の姿が見える。
彼の後ろにミヤコが乗っているのが、ヘリアスには、はっきり見えた。
男装し、長い髪を一つにまとめ、腰には剣まで提げている。
「似合わぬ格好だな…」
胸がざわざわと落ち着かない。
「大人しくしていろ、出てくるんじゃねえ…」
一人呟き、自分の胸を叩いた。
「怖いかい?」
ローレンが前方を向いたまま、ミヤコに聞いた。
彼女の目にも、夫の姿がはっきり見えた。
「…いいえ、嬉しいわ。もうすぐ逢えるのだから…」
ミヤコは、彼を見据えたまま言った。
「聞け!アールラニの兵たち!」
ローレンが魔法の力を借りて、声を響き渡らせる。
「お前たちの国の王はどうした?お前たちは、いつからその姿を見ていない?声を聞いていない?」
リュカから、アールラニの逃亡した兵たちを調べた報告を受け取った。
「お前たちの王は、もういない!そこにいる魔法使いヘリアスが、王を殺した!」
その言葉に、明らかに兵たちが動揺するのが見えた。
本当に奴が殺したかは、証拠がないので、わからない。
だが、カマかけでいい。
「我々と戦う大義名分は、もはやお前たちにはない!寛容な処遇をするから、投降しろ!」
ざわつき列を乱した兵たちが、ヘリアスを見た。
「ほ、本当ですか?!ヘリア…!」
「うるせえ!」
真相を聞こうとした一人の若い兵が、ヘリアスの火を受け、馬から落ちた。
「ぎゃあぎゃあと、うるさい奴等が!」
苛立つままに額に手をあて、もう片方の手をゆっくりと薙いだ。紅い瞳で、ヘリアスは洗脳の言葉を言った。
「アールラニの兵よ、戦え!グラディア軍をぶっ潰せ!」
ミヤコは、冷静に成り行きを見守った。
ざわついていたアールラニの兵たちが、急に静かになったのを見てとった。
「やはり洗脳しましたね。」
リュカの声に、ローレンが溜め息をついた。
「ダメか…」
やはり戦わねばならないか。
ミヤコは黙って、空を見上げた。
すらりと腰の鞘から剣を抜き、空に高く掲げた。
目を閉じる。
朝の光が差していたのに、みるみるうちに日が翳り、黒い雲が垂れこめた。
雷鳴が轟いた。
ぽつぽつと天から滴が降ってきた。
それが大粒になりザアザアと雨が降りだす。
頬を流れる滴を払い、ミヤコは前を見た。
「ローレン、リュカ、私は誰も死なせない。あなたたちにも殺させない…」
「……………」
二人は何も言わなかったが、ミヤコには決意があった。
「禍根は遺さない。この国を大国に導くなら…」
「ミヤコ。」
ローレンが、その言葉に目を見開いた。
君は、先を見ているのか?




