決戦
まだ草原は暗い。
だが、グラディアの軍は編成を組み、既に戦いに備え始めている。
「ミヤコ様!」
かがり火に照らされた男装した女性に気づき、兵たちが次々に声を掛けた。
ミヤコは彼らの、期待に満ちたりすがるような顔を見て、やはりと思った。
彼らは、魔法使いに頼っている。
何とかしてくれるはずだと、その力で。
だめだ。いけない。
これでは勝てない。
ローレンを見つけ、歩み寄る。
「陛下。」
鎧を家臣につけてもらっている王が、彼女を見た。
「ミヤコ、よくやってくれたね。一万の兵をアールラニは失ったんだ。君の力だよ」
「いえ、それより陛下、一つお許しいただきたいことが…」
地平線が淡い薄墨のような色をしている。
夜が明けたら、本当に戦わなければならない。
兵たちは、人間だ。
ミヤコやリュカのように、傷の治りが早いわけでもない。
魔法使いよりも切実に命を賭けているんだ。
その事に向き合わなければ。
ミヤコは、集められた兵たちの前に静かに歩み出た。
馬には乗れないので、用意した木箱の上に立った。
夜明け前の薄闇の中で、仄かに彼女の姿が見える。
男物の白い上衣に黒い下衣を身に纏い、長い黒髪を後ろで一つに緩く結んで、唇をきゅっと引き結んだ彼女は、それでも美しかった。
「みんな、聞いてください」
澄んだ声を精一杯張り上げ、ミヤコは言葉を紡いだ。
足元に魔法のマイク。
声は軍全体に届くはず。
「私は…魔法使いでもなく、王宮に仕える者でもなく、一人の元人間として、みんなにお願いしたい。どうか…」
一瞬、唇を噛み締めて迷う。
言うべきことだ。
勇気を出さなきゃ。
「どうか、私と、私の夫ルシウスを助けてください。」
ざわつく兵たちに、震えを押さえ、ミヤコは続けた。
「私は…夫の身体を乗っ取った、アールラニの魔法使いヘリアスと賭けをしました。この戦いでグラディアが勝てば、夫の身体を返してもらいます。でも、グラディアが負ければ…」
声が震えてしまい、下を向いた。
「ま、負ければ、私は…ヘリアスに…自分の全てを捧げなければならない。力も命も心も、身体も…」
どきりとして、兵たちが息を飲む気配があった。再び水を打ったような静けさが場を制する。
「それどころか夫を殺して力を奪うのだと、あの男は言っていた…」
震える息をそろそろと吐いた。
「ミヤコ、そこまで言うことはない…」
ローレンが、顔を背け呟いた。
知らなかった。予想はついていたが、あまりな賭けに嫌悪を感じた。
リュカが話さない訳だ。
「私は、負けられない、絶対に…」
つうっと涙が溢れて、頬を濡らした。
「私は傲慢にも、国のためとかじゃなく、自分のために今戦っている。…皆には本当に申し訳ないと思っています。でも……」
涙が地面に落ちた。
「知っての通り、私は別の世界のただの人間でした。それが、ルーに逢って…好きあって、一度は離ればなれになったけど、ずっと一緒にいたくて…こちらに帰って来ました」
泣きながら笑った。
「ルーのいるこの世界が好きだったから。大好きなあの人の生まれた世界が、大好きだったから。だから、彼となら死ぬまでここで生きられると思ったから。生きたいと思ったから」
感情に流されて、心のままにミヤコは話した。
「だから今、夫と共に生きるこの国を守りたい。愛しいあの人と生きるから、あの人の気配のするこの国が愛しいから。」
ミヤコの背後に夜明けの光が射す。
「私は一人じゃ、半人前の魔法使いだから、あなたたちの力がいる。命を賭けろとは言いません。ですが、どうか力を貸してください。」
ミヤコは心を込めて、兵たちを見つめた。
「私の大好きなこの国を守るため、これからもずっとずっと夫と生きるために…みなさんの力を貸してください。私が、みなさんを守りますから。この国を絶対に勝利させますから」
目を、ぎゅっとつむり頭を垂れた。
静かだった。
とても長く感じた。
「ミヤコ様…おんなじです…」
年配の兵が呟いた。
ミヤコは、恐る恐る顔を上げた。
そして、驚いた。
兵たちは、泣いていた。
「ミヤコ様、あなたの気持ちは、儂らと何も違っていない。儂らだって、家族を守るために戦うんじゃ。」
若い兵が言った。
「ミヤコ様は、私の母が私を産む時に、向こうの世界の知識でもって難産だったのを助けてくださいました。今の私がいるのは、あなたのお蔭なのです。私は、恩あるあなたを助けたい!」
次々に兵たちが声を上げる。
「それなら、俺だって病気から救っていただいた!」
「あなたは、この国に必要なお方です。あんな国に誰が引き渡すか!」
ローレンは苦笑して、ミヤコに近づいた。
彼女に手を差し出した。
涙をこぼして、ミヤコが王を見て、彼の手の上に手を置いた。
「ミヤコ。我々この国の者全ては、等しく君を敬い、慕っている。それは、君がこの国に誠心誠意尽くしてきたからだよ。だから、君を助けるためにも、この国を必ず勝利に導く。その為に力を尽くす!」




