開戦前夜2
夜中でも、王宮内は慌ただしく人の出入りが激しかった。
ユキはレオと共に、彼の発明部屋からリュカたちに言われた道具を引っ張り出したり、国の結界外に翔んでいろいろと準備をしてきたところだ。
謁見の間は、扉が開け放たれている。急遽、軍議の場として開放されたため、明るく照らされて人が頻繁に出入りして、夜中なのを忘れるぐらいだ。
ユキは、扉の横の壁にもたれて、邪魔にならないように部屋の中をじっと見ていた。
「寝ないのかい?」
ヒカルが、ユキの隣にやって来て、同じように壁にもたれた。
「眠れないよ、さすがに…だって…」
部屋の中に大きな円卓が置かれ、ローレンとリュカとミヤコが、そこに置いた地図を見ながら、話をしている。
リュカと戻って来てからずっと、母は人が変わったように厳しい顔で、戦争の打ち合わせをしている。男の服を着て、将軍と最高の魔法使いの役を兼ねるミヤコは、痛々しいほどに無理をしている。
何かにつき動かされるように、休みなく準備をしているのは、多分辛いことを思い出す時間を自分に与えないため。
「母さんが心配よ。」
賭けをしたと、リュカは言っていた。
この戦争に勝てば、父を取り返せるのだと。
では、負けたら?
ミヤコもリュカも何も言わなかった。
でも、ユキにはわかった。
母さん。とても辛い賭けをしたのね。
肩に手を置かれ、ユキはびくりと体を跳ねさせた。
「ひえっ!」
「君は、大丈夫かい?」
「え?」
「君も、行くのかい?その、戦うの?」
ヒカルが不安そうに言った。
「少しだけ。でも、あなたを守れと言われているから、大体は一緒にいる。」
「そうか、そうなんだ。」
ほっとしたように、ヒカルが笑った。
ユキは照れたように顔をそむけて言った。
「お、お姉さんが守ってあげるんだから、大人しくしててよ。」
ヒカルは首を傾げた。
「お姉さん?君を年上と思ったことないよ。むしろ、僕の精神年齢が上だし…」
むっとするユキの表情に、ヒカルは少しだけ笑った。
*************
一通りのことを終わらせて、ミヤコはようやく顔を上げた。周りを見る余裕がないほどに、集中していた。
「…リュカ、レオ君は?」
「あなたに言われた通り、彼には無理にでも休んでもらいました。今は私の魔法で深く寝ているはずです。」
「そう…かなり働いてもらうことになりそうだから、休んでもらわないと…」
長く息を吐き、額を押さえたミヤコが椅子に座ろうとしてよろめいた。
「ミヤコ。」
リュカが腕を支えようとするのを、手で制す。
「…大丈夫。」
力なく、椅子に座った。
「ミヤコ、あなたこそ休んでもらわないと…」
「いいの。一人でなんて、眠れない。……あ」
言ってから、顔を赤くした。
「仲が良いことで。」
無表情にリュカが言う。
「ばっ!ち、ちが……そう、よ…」
額を押さえたまま、うつむいてミヤコが呟いた。
「ルーとは、結婚してから喧嘩したことないの。あの人、偉そうな態度とる癖に、私に優しいし…なんて言うんだろ…私を眩しそうに見るというか…いつもひざまずいてるような感覚で…」
「あ、もういいです。」
リュカが遮った。
「…………」
「ミヤコ?泣いてるんですか?」
黙ってしまったミヤコが、額においた手を離した。
「…泣いていないわ。」
リュカを見据え、ミヤコは言った。それから目を反らして小声で言う。
「リュカ、あなたしか頼めない。もし、もし負けてしまったら、ルーを…」
「勝てますよ。どうしたんです?夫を取り戻すんでしょう?」
「…はい」
自分の重ねた両手を見て、ミヤコは頷いた。
「夫が隣にいないと眠れないんでしょう?」
「は、はい…ん?」
Γ早く安眠できるといいですね。」
ミヤコは、赤い顔を両手で隠した。
「母さん。」
ユキが頃合いを見て声を掛けてきた。
「ユキ、ごめんね。危険なことを、お願いして…」
危険なこと?
ミヤコの言葉に、ヒカルが首を傾げた。
「母さんこそ、もう話が終わったなら少しだけでも寝てよ。」
「平気よ、ユキこそ…」
ユキが、ミヤコの額に軽く唇をつけた。
「眠って、お願いだから。」
魔法で眠りを与えられ、ミヤコは困ったように一瞬笑って、机に突っ伏した。
すうっと深い眠りに引き込まれる母に、薄い毛布を掛けてやった。
細い肩。若い娘のままの姿で、国を守る重責を背負って。
「…ヒカル。私の母さんね、別の世界の人間だったんだよ。」
ミヤコの寝顔を見ながら、ユキが呟いた。
リュカが、ちらりと二人を見てから、静かにその場を離れた。
「知ってるよ。有名だもんね。最高の魔法使いになることが分かっていたから、召喚されたんだってね。」
「…父さんと、こ、恋に落ちるのが、わかっていたから…」
でも、リュカは言っていた。こんな未来は知らなかったと。
恋に落ちて、父が全ての力をミヤコに与え、最高の魔法使いの位を与え…
その後の未来は、知らなかった。
何年も何十年も恋を繰り返し、命と力を分け合い、いつまでも愛し合うことになるなんて…
そして今、平凡な女の子だったミヤコが、自ら役を演じて異世界の戦いに身を投じることになるなんて。




