魔法使いの使者9
謁見の間は、一瞬で凍りついた。
Γう…っ…」
荒々しくも、しつこくまとわりつくような口づけに、ミヤコは驚きですぐには動けなかった。
数秒の後に、右手を緩慢に拳にした。
ぺちん
震えながら繰り出した拳は、なんなくヘリアスに受け止められた。
「はっ、気の強い女!」
逆にミヤコの手を掴んで、嘲るように笑った…ところを、今度はミヤコの弱々しい蹴りが、彼の急所に入った。
「ぐっ!お、女!」
身体を屈めるヘリアスの周りを、赤い火が取り囲む。
ローレンが慌てて立ち上がった。
「リ、リュカ…」
予測していたリュカは、謁見の間の内部の人々の周りに結界を張り、青ざめたレオが、既に結界のあった謁見の間に強化した結界を巡らす。
そうしている間にも、みるみる殺気が膨れ上がる。
ヘリアスがルシウスを見て、にっと笑った。
「ふん、いい顔になったじゃないか。」
「…す」
「何だって?」
息を吸い込み、ルシウスが怒りを吐き出した。
「ぶっ殺すっ!!表に出やがれぇ!!」
炎を叩きつける。
「落ち着け!ルシウス!」
ローレンの声など耳に入らない。
ヘリアスが結界で炎を防ぐ。ルシウスが、更に攻撃を仕掛けようとした時、ミヤコが彼の服の裾を掴んだ。
「るぅ…」
弱々しい声に、はっとしてルシウスが彼女を見た。
うるうると涙ぐんで、ルシウスを見上げている。
「ヘリアス!そこで待ってやがれ!後で必ず殺す!!」
「はあ?」
拍子抜けするヘリアスを背に、ルシウスはミヤコを振り返った。
彼女が、震えながら抱きついて来たのを、ぎゅっと抱き返す。
悔しげに、声を出さずに泣くミヤコの頭を抱えて、背を撫でる。
「…大丈夫だ。」
先程とは打って変わって、静かな声を努めて出す。
「お前は綺麗だ。汚れていない…大丈夫だ…」
ヘリアスが顎に手を当て、観察するように二人を見ている。
ルシウスは、しばらくミヤコを抱き締めてから、彼女の唇を指で丁寧に拭いた。
それから、彼女の頬を両手で包むと、その唇にそっと自分の唇をあてがった。
優しく、清めるように。
えらい長かった。
そばにいたユキは、さすがに親のアレコレは見たくなくて、両手で顔を隠し見ないようにした。
ミヤコがルシウスの肩の服をきゅっと握った。
夫の唇の感触しか思い出せなくなるように、じっと目を閉じて、彼が唇をやっと離すまでそのままでいた。
ルシウスは、それから頬と額に優しく口づけしてから言った。
「…お前を清めた。」
再び、ゆらりとヘリアスを振り返る。殺気が放たれる。
「絶対にぶっ殺す!!」
「おせーんだよ!いちゃつきやがって!!」
「っるせー!!」
悪態をつきながら、ルシウスとヘリアスが翔んだ。
謁見の間に、嵐が去ったような静けさが漂った。
「…ユキ、かい?」
茫然とした空気の中、ヒカルは上座から降りて、ユキの元へ近寄った。
問いかけに頷いたユキは、小さな手でミヤコを慰めるように抱き締めている。
「大丈夫かい?」
黙ったままの母の頭を両手で抱いたまま、またユキは頷いた。
「私は平気。でも母さんが、ちょっとね…」
「う、うん。そうみたいだね。」
若い彼は、顔を赤くした。大衆の面前で、あんなのを見せられたら……他の人は、見慣れてるようで、またか…なんて表情していたようだが。
「ヒカル、ありがとう。庇ってくれて…」
俯いてユキが礼を言った。
***************
「リュカ、追え。」
ローレンがリュカを振り返りもせずに命じる。
あわよくば、ヘリアスを抹殺しろ…
彼の思考を読み取ったリュカは、軽く頭を下げると翔んだ。
「レオ、グラディアとルルカの結界を確認して、更に張り直せ。それから…ミヤコとユキは…」
二人が顔を上げる。
「監視をつける。王宮にいて、部屋から出るな。勝手をすれば、処罰するよ。」
「な、軟禁するんですか?」
ユキが驚く。
「君たちを守りたいだけだよ。ヘリアスの目的が魔法使いの女性なら、君達二人は必ず狙われる。こちらで保護する。」
ローレンが有無を言わさぬ強い口調で言った。それを合図に兵が二人を囲み、部屋へと促した。
Γユキ……」
ヒカルは、為すすべなく二人を見送った。
扉の内側と外側に、それぞれ護衛の兵士が四人ずつ配置された部屋に、ミヤコとユキは押し込められた。
「………………」
ずっと黙ったままのミヤコが、部屋の扉が閉められ、鍵がかけられるなり、着ていた男物の上着を脱ぎ出した。
「母さん?」
「ミヤコ様!?」
パサッと上着を脱ぎ捨て、サラシに手をかけ、ミヤコが言った。
「着替えます。出ていって。」
「い、いえ、その手には乗りません…」
ミヤコが、兵達に背中を向けて、サラシをゆっくりほどく。ピシッと姿勢よく直立していた兵達が、動揺のために身体を揺らした。
「…胸が、きつくて…」
白い肩やうなじや腰に、つい目をこらす兵達。
「ミ、ミヤコさ、ま…」
一人の兵が、鼻血を垂らした。
Γ脱いじゃおうかな……」
ユキが慌てて言った。
「見ないで、後ろ向きなさい!」
あたふたと、後ろを向く兵士たちに、ミヤコが拘束をかけた。
「ごめんなさい。…ユキ、着替えちょうだい。」
そのまま急いで脱いで、ユキが持って来た女物の服に着替える。
あさっての方を向いたまま倒れ伏す兵士を、ユキがちらっと見る。意識はあるが、動けないのだ。
「母さん。」
「ごめん、ユキ。私がいるように見せかけといて。」
少し迷って、長く大事にしている銀のイヤリングを耳につけた。
「行かないほうがいいよ。父さん強いし、大丈夫だよ。」
目をつけられたミヤコの方が逆に心配だ。
瞳と髪を元の黒色に戻し、ミヤコが不安な顔をした。




