魔法使いの使者8
ローレンは、ミヤコ達を横目にリュカから報告を受けていた。
Γやはりアールラニへの魔法使いの侵入はできませんでした。書簡と同時期に結界が張られているようです。」
Γそうか、魔法使いの話は本当だということか。」
Γ……潜入させた手の者は行方不明で、内部の情報は依然として掴めていません。」
Γ謎の国だな。」
ローレンは、何も手をこまねいていたわけではない。世界各地に手の者を放ち、常に他国の情勢を把握してきた。だが、位置的に遠くはないアールラニという国は、よくわからない。グラディアとは交流はない。閉鎖的で、武力で周りの小国を吸収してできた新しい国。王政を敷いてはいるが、軍の力が強い。
Γ魔法使いがいることが、なぜ今までわからなかったのか?」
Γそれは、私も疑問です。気配すら感じませんでした。」
ヒカルは、父だというローレンの傍に座らされて、大人しくその会話を聴いていた。緊張で身の置き所がないので、気を紛らわせるためだ。
居並ぶ人々は、それどころではないのか、ヒカルにはあまり気を止めてないように見える。それに少しだけ安堵した。
可愛い子ども姿のユキと目があったが、ふいっと目を反らされてしまった。隣の男装姿のミヤコは、ヒカルを見てニッコリと優しい笑顔を向ける。ルシウスは、興味無さそうに壁にもたれている。
よく考えたら、彼らは自分のことを前から知っていたのだろう。自己紹介もしていないのに、誰かも問われなかった。
何も知らなかったのは、自分だけなんだ。
ヒカルが、やさぐれた気分になった時。
「陛下、アールラニの使者到着致しました。」
侍従が知らせに来た。
「通せ…」
ローレンが言い終わる前に、一人の男が王の前に翔んできた。
ローレンの横で、自分が浮いているような気持ちでいたヒカルだが、自然に身体が動いて父親を庇うように前に出た。
「ヒカル、大丈夫。」
ローレンは玉座に座ったまま、息子の腕に軽く触れた。
短い黒髪の男が、にやにやしながら、周りを見回す。
「へえー、本当だったんだ。魔法使いが一人、二人、三人…」
男がルシウスと目を合わせた。
「ユキ、俺の後ろで隠れていろ。」
ルシウスは小声で言うと、すっとユキをさりげなく背にし、男を睨んだ。
「よお、久しぶりだな、ルシウス。もう80年近く前に会ったきりだな。」
「ヘリアス、やはり生きてたか…」
夫の警戒した声音に、ミヤコは驚いた。
「何者だ。」
ローレンが問う。
くくっと男が笑い、しばらくそれが続いた。
ルシウスは、彼を凝視しながらも、ミヤコの手をためらいがちに握った。
「ルー」
ようやく笑いをおさめた男が、王にわざとらしく礼を取った。
「アールラニの使者として来た。俺の名はヘリアス。《消す》という特殊な力を持つ魔法使いだ。ちなみにルシウスとは幼馴染みで、奴に殺されかけた仲だ。」
Γ何?」
ローレンが、ルシウスに目を向ける。
「魔法使いである気配を消していた、ということですか?」
リュカが驚いたように問うた。
「ああ、長い年月な。それから、俺にはもうひとつ特殊な力があるが…今は秘密だ。」
「誰を殺して得た力だ?」
ルシウスの揶揄するような声音に、ヘリアスと名乗った男は、鼻で嗤った。
「さあな。」
はぐらかして、ヘリアスは王に向き直った。
「我が国の陛下に伝える。書簡の条件を飲むか答えろ。」
ぞんざいな物言いに、皆が不快さを露にし抗議しようと口を開くのを、ローレンが手で制す。
「答える前に聞く。魔法使いたちの引き渡しとユキとの婚姻、なぜそれを要求する?」
ローレンが冷静に返すと、ヘリアスがおかしそうに笑った。
「決まってる。全ての魔法使いを殺して、特殊な力を俺一人のものにするためだ。この世に魔法使いは、特別な存在は、俺だけでいい。」
ちらりとルシウスを見てから、ヘリアスは続けた。
「だが、俺がこの世にあり続けるためには、魔法使いである自分の子が必要だ。だから、魔法使いの女を所望した。まあ、子を産ませたら、最後は殺して力をもらう。それか、骨抜きにして力を吸い取るっていう方法もあるらしいな。」
ミヤコとユキは吐き気を覚えた。
そして、思わず叫んだ。
「Γやだ、変態ぃ!!」」
「あ?何か言ったか?」
ヘリアスが、じろりと振り返る。
短い黒髪。
筋肉質で逞しい体つき。
浅黒い肌。
顔もまあまあで土台は悪くないのに、粗野で野蛮でセクハラ紛いの発言と態度が、全てをダメにした。
「まじで最低…」
ユキが蔑みを込めて、ぼそりと呟く。
「ル、ルー…私、あなたで良かったよ。」
急にルシウスがマトモに思えて、ミヤコが呟いた。
「…俺とあいつを比べるな。」
ルシウスが嫌そうに呟く。
「そんなこと言われて、はい、そうですかと魔法使いを渡すと思ってるの?」
ローレンがあからさまに軽蔑した態度をとった。
「つまり条件を飲まないんだな。」
ヘリアスが挑戦的な目を向けた。
「は、条件?こちらに選択権など元々なかっただろう?」
条件を承諾する、しないに限らず、こちらには不利にしかならない。
リュカがローレンを庇うように立った。
「お帰りを。次にいらっしゃる時は、血を見ますよ。この国を見くびらないでいただきたい。」
「楽しみだな…だが、嫁はもらって帰る。」
キョロキョロとヘリアスが周りを見渡す。
それを見て、冷たい汗が背を伝い、ユキは父親の服の裾をぎゅっと握った。
ああ、せめて子どもになってて良かった、と心底思った。背に庇われている限り、父が守ってくれるのを感じた。
隅で、レオが心配そうにユキを見ている。
「ダメだ。」
ローレンが厳しい目をヘリアスに向けた。
「ユキは…」
「ユキは、僕の妃だ!」
ローレンの言葉を継ぐ形で、ヒカルが叫んだ。
ΓΓ「えええー!!?」」」
その場にいた何人かが、同時に叫んだ。
ひるまずにヒカルが言った。
「僕の妻になるから、あんたにはやれない!だから諦めろ!」
「ヒ、ヒカル…」
ユキは、真っ赤になって動揺した。本当はもう、今すぐここから逃げたい気持ちが大きかったが、ヒカルの言葉に助けられたのも確かだった。
ユキは、恥ずかしさと衝撃と少しの感謝で涙ぐんだ。
ミヤコとルシウスは…思考を停止させたが。
「………あのガキ」
不機嫌にルシウスが呟いた。
「ふん、なるほど。だからどうしたってところだが、まあいい……」
くるりと踵を返したので、帰るのかと思った。
足音高く歩いて、ルシウスに近づくと、
「では、代わりにこの女をもらう。」
ヘリアスはそう言って、彼の隣の男裝したミヤコの唇を奪った。




