魔法使いの使者7
翌日朝早く、ユキは眠れぬままに起きて、レオの部屋に行った。兄弟子である彼は、数年前まで城下町に住んでいたが、人に近かった母親が病気で亡くなったのを機に、王宮で暮らすようになった。ユキと同じようにリュカに魔法を教えてもらっているが、彼には趣味を兼ねた国益となりうる才能があった。
扉を最初から強くガンガンとノックする。
「レオ兄さん、ユキだけど!」
「……………」
「ねえー、起きてる?」
「……………」
予想通りで、ユキは仕方なく、部屋に翔んだ。
「兄さん、頼みがあるの。」
レオは、布団を頭から被り、ぴくとも動かない。
ユキは慣れた様子で、寝台の端に膝を抱えて座った。布団を捲ろうとすると、下から抵抗された。
「………勝手に男の部屋に入って来るなよ。」
布団がごそごそっと動いた。
「あのね、昨日…」
「俺さ、昨日も冷蔵庫の改良で忙しかったから、眠い…」
レオはグラディアの魔法使い兼有名な発明家だ。
ミヤコが医療や福祉に力を注ぎ、一定の成果を挙げてから、次にしたこと。
それは、元いた世界の家具や家電などの知恵を、この世界にもたらすことだった。
ミヤコは仕組みは説明できても、作るのはできなかった。
そこを工作好きなレオが補い、幾つも試作品を作り、開発していった。
その中でも、冷蔵庫は急速に国内に広まった。
電気はない。
庫内をレオの魔法による冷気が回転している。
半永久的に。
まだ子どもだったレオは、魔法使いでなくても逸材だった。
かき氷が広まったのは、レオのお陰だ。
「聞いてよ。昨日ね、…お、王子様に妃にならないかって言われた…」
「………はあっ?!」
レオが、がばっと飛び起きてユキは寝台から転げた。
「びっくりしたあ!」
「いや、俺がびっくりした。え、は?なんで?」
「うーん、冗談だと思うんだけど、あの縁談を断る理由付けってことで…」
「…………」
ぼさぼさの寝癖のついた頭を、レオは手で掻いた。身だしなみもあまり気にしないのだ。他の魔法使い達と比べられることがあるが、レオは残念だと言われがちだ。本人も、ん?何か言った?程度には自覚はあるのだが、なにぶん億劫なのだ。
ミヤコが、Γレオ君は、向こうの世界ではオタクじゃないかな。」と言っていたけれど、よくわからない。
「今日、その、例の魔法使いが来るでしょ。陛下に皆呼ばれてるよね。それでね、私も隅で様子を見たいから…で、でも王子様には顔を合わせにくくて…お願いがあって…」
もじもじと言うユキに、ああ、とレオが頷いた。
「…見返りは?」
「リュカの授業さぼった時、かばってあげる。」
「俺の開発の手伝いもしてくれ。」
渋々頷くと、レオが怠そうにユキを紅い瞳で見た。
ユキが退化の魔法で、幼い子どもに変わる。
「久しぶりに使ったけど、できたよ。」
小さくなった自分の手を見て確かめて、ユキは安心した。
「ありがと。」
「なあ、ユキ。お前もしかして…モテ期ってやつじゃないのか?」
レオが、冷やかしてぷぷっと笑った。
Γ何言ってるの?アールラニの魔法使いなんて嫌だよ。私は結婚なんてしなくていいの!」
Γ………そ、そっか。」
うなだれたレオが、再び布団に潜ろうとしてユキに引きずり出された。
だが…モテ期だったのは、彼女だけではなかった。
その日、他国との一触即発の事態になりかねないという、緊張感漂う謁見の間に、侍女たちの黄色い声を背に一人の若い男が入ってきた。
背は高くはないが、長い金髪を後ろで一つにまとめ、青い瞳に優しげな美貌の青年だった。
「…へ?誰?」
ローレンとヒカルが同時に呟いた。
一人の侍女の手に、仰々しく口づけをしてから、颯爽と歩いて…ぽかんとしている皆を見回した。
「ふっ、まさか僕が、こんなにモテモテだとは知らなかったな…」
キザに言う青年に、無表情に見ていたルシウスがおもむろに近づいた。
ぐいっと肩を掴んで捕獲すると、無言でぺたぺたと遠慮なく、彼に触る。
「あっ、ちょ、やめ…」
身もだえる彼に構わず、ルシウスがぺたっと胸を掌で触った。
「きゃあっ!」
女のように高い悲鳴をあげた。
ばっと胸を押さえて、赤い顔で青年がルシウスを睨んだ。
「な、なにするのー!人前で!」
ルシウスが呆れて、男装している妻を見た。
「お前こそ、何やってる。それに…む、胸をどうした?」
Γきゃあ、ミヤコ様ー、カッコいい!」
扉の辺りに集まる侍女達は、ミヤコだと知っていてうっとりしている。
それに笑顔で応えて、ミヤコがルシウスの耳元に寄る。
「いや、相手が本当に魔法使いなら、私に気づくかなあと思って、試してやろうと思って…胸はサラシ巻いてるの。」
リュカが眉をしかめた。
「あなたたち、知らない者に男同士だと思われたら、ベタベタしてたら気持ち悪いですよ。」
Γ言うな!」
ぎっ、とルーがリュカを睨む。
「ふっ、リュカ…ばれたら仕方ない。確かに僕は…ルシウスを愛してるさ。」
ルシウスが、なりきるミヤコの口を押さえる。
「むごっ!」
「お前、どんなキャラづけだ!」
「…キザなモテ男。」
言ってから、ミヤコは苦しそうに呼吸をした。
「どうした?」
「…早く終わらないかな、胸がきつくて…」
胸元に手をおくミヤコを見て、ルシウスがじりじりと迫る。
「脱げ」
「え、嫌だ。」
「きついんだろう、いいから、脱げ!」
「や、やだあ」
「そういうことは、家で二人だけの時にしてもらえないかな…」
イチャイチャしてるようにしか見えなくて、ローレンがため息をついた。
「もう、何やってるの!」
抵抗する彼女の前に突如、小さな救世主が現れた。
「お前も、何やってる!」
今度こそルシウスは、頭を押さえた。
「あー、ユキ!可愛い。」
ミヤコが子どもになったユキに屈んで目線を合わす。
「かわいい?」
「うんうん、懐かしい。」
ミヤコがユキを抱き締めた。
「ちょっと、母さん。中身は大人だから。」
「あー、恥ずかしいか。ふふっ、でも考えることは同じだね。さすが親子。」
Γふふ、だねっ」
ユキがミヤコを見て、しみじみと呟いた。
「母さん、かっこいいー」
「ふっ、そうだろ。」
茫然と見つめるルシウスを背後に、母娘はじゃれ合っていた。




