第五話「校長室・下」
「久しいの。お前様よ。少年期以来かの?」
その女の子は僕を見つめながらニコッと微笑んだ。二コリとした瞬間、長い八重歯がチラリと見えた。
「すいません。どこかでお会いしましたっけ?」
僕はそんな金髪の女の子とは知り合ったことがない。まして外国人風の少女なんて。
「かか、知らなければ良い。この姿では知らないのも無理はない。すまない、忘れてくれ」
そう和風姿の女の子が僕に言ったが、どことなく寂しそうな瞳をしていた。
「さて、ビジネスの話をしようか。ジョン君」
腕組をしながら、少女は言った。僕はその少女の容姿と場所の不釣り合いからか、なんで高校の校長室に小学生がいるのだろうかと思ったのは内緒だ。
「お前様よ。何を考えておる。もしや、この容姿に興奮でもしているのではないであろうな」
その女の子は両腕と手で胸を隠した。顔は僕を下目で見つつ、目をつぶっている。
「そんなことあるか!!それより、なんで校長室に校長が居ないんだよ。呼ばれてきたんだけど」
「かか、愚問の質問じゃの。お前様よ、気づかんか、ここは校長室で私以外いないのに、他に校長など存在するのかの?お前様はもう少し理解力があるものかと思っておったのだが」
綺麗な金色の髪をかき上げながら、あごを上げて、僕を見つめながら言った。
「え、それじゃ、あなたが……」
僕は鳩が豆鉄砲を食ったように、目が点になっていたのはいうまでもない。普通ではありえない、まして見た目が10歳程度の女の子だからな。
その着物を着た女の子は、椅子から立ち、僕の方に向かった。そして息を一息吐き、僕の首筋を触りながら。
「私の名前はエリザ。私立南丘学園、校長職に就いておる。お前様にはこの八重歯が見えるであろう。お前様のお察し通り、私は人間風情ではない。ただ特別な存在とだけ言っておこう」
そう僕に述べると、背中から羽根をパタパタと出した。エリザは僕に二コリと笑い、目立つ八重歯を見せつけた。
なんでこの高校に入学してから不可思議なことばかりあるのだろうか。僕はこの現実からすでに逃げたくなっていた。窓のカーテンの隙間から吹いてきている春の風がなんとか僕の意識を覚ましてくれていた。
しかし、五月病には時期的に早いが、すでになりかかっている気がする。もしかすると、朝からの出来事から、僕自身の頭が疲れているだけかもしれない。そうだ、そうでなければそんな事実認められない。
僕は、エリザに首筋を触られていることに気づいた。僕の背中がゾクゾクと寒気がした。
「しかしながらの、お前様は、動物に好かれやすい体質を持っておるの」
エリザが僕の首筋をクンクンと匂いを嗅いだ。
かなり恥ずかしい。長い間の童貞期間の弊害なのか、すでにドキドキと胸の音がうるさく、まるでドラムをたたいているかのようだった。聞こえてなければいいのだが。
「ん?緊張しておるのか?可愛いの、可愛い」
僕は思わず、顔を手で隠した。かなり恥ずかしい。やめて、やめてください。
「冗談はさておき、Fクラスの現状は見ての通りなんじゃが。お前様以外は全員が動物と関連しておるの」
「エリザ校長にもそう見えるのか?よかった。僕の頭がおかしくなったのかと……」
「いや、お前様の頭も相当おかしいと思うのじゃが」
「…………」
僕は下に目線を落とした。人に言われるとショックなものはない。
「まぁ気を落とすでない。やはり上位互換のようじゃの。さすが私が見込んだことがある」
エリザが自分のあごを手で触り、うんうん、とうなずいていた。
上位互換?、僕になにか特殊な所ってあったのか?何が自分の中で引っかかるものがあった。
「なんだよ。上位互換って。僕に何かあるのか」
僕自身、とんでもないスキルであればほしいところなのだが、実際のところ、ここは異世界ではない。確かにさ、ゲームの魔法使いや勇者が持っているようなスキルの上位互換ならば、興奮する。むしろ使ってみたい。僕はその言葉にニアニアと笑みを浮かべていただろうか、少しばかり引いているエリザが見えた。
「ゴホン、とにかく、最近、お前様の周りで人間とは違う何かに絡まれたりはしなかったかの?」
「そうだな。特には……、いや、狐?っぽい人間には出会った気がする」
それはこの南丘学園を受験する3日前の話だ。本命の高校とその他のすべり止めが落ちてしまい困り果てた僕は、とある神社まで向かい、神頼みをしていた事を思い出した。
僕はその神社の山奥で狐ぽい少女と出会っていた。それは赤の鳥居が何本もあり、それが永遠と続くかのような場所で足を怪我して座っていたのだ。
ぱっと見、人間っぽかったから、背負って近くにあった宿舎に助けを求めて、事なきを得たのだが、その少女は雰囲気的に神々しかった。それだけは今でも覚えている。
「かか、そうじゃろう。そうじゃろう。お前様は動物だけじゃなくて、アニマルヒューマンにも好かれやすいみたいじゃの」
エリザは長い金髪の毛先をいじいじと触りながら、言った。そして、近くにあった高級そうな椅子に再度座った。
「アニマル、ヒューなんとか?ってなんだよ」
僕は調べるよりも聞くほうが早いと思ったのでエリザに聞いた。
「お前様は、さっき、見たじゃろ。あの猫娘や御手洗達のことじゃ。人間だけどどこか人間には似つかない部分を持つ。いわば、人間の進化した存在、新たな生命といったところじゃろう」
「それって、僕が聞いてよかった話?」
僕は新たな人類の誕生していた事実を、ここで知ってよかったのだろうか。どうせなら聞きたくなかった。そんな事実、僕が聞いても喜べない、ってか、聞いてどうしろと。NASAにでも言ったらすぐにでも調査に来ると思うぞ。
「じゃからお前様にお願いがあるのじゃ。私、いや、校長としての願いじゃ。どうか、あの生徒たちを守ってもらえんか?」
エリザがペコリと僕に向かって頭を下げた。そして、エリザは続けた。
「私の魔法の力で人間たちには察しられてはいないが、力がもたない可能性がある。もしバレたとしたら、この子たちは人間社会に暮らせなくなる。各方面の悪人どもが何をしでかすかわからないからな」
エリザはため息を一息吐き、僕を下目目線で見つめた。僕はこの目線にどこか懐かしい雰囲気を覚えた。
「僕が秘密をバラすかもしれないぞ」
「お前様は、バラさない。私はお前様のことならなんでも知っている。そういう人間じゃからな」
「…………」
全てを見透かされている感じで、どこか違和感があった。なんで僕のことを知っているのだろうか。エリザ校長には会ったことないはずなのに。
「まあ、頑張ってくれたらお前様には報酬を与えてやろう。私は校長だからな」
僕はエリザの言葉にまぶたがぴくッとなった。
「本当?」
「ああ、なんでも叶えてやろう。お前様の願い全てを」
その瞬間、外から大きな突風が吹いた。桜が舞い、見ている者を魅了するかのように幻想的な桜の花びらの舞が校長の窓ガラスから見えた。
本当になんでも叶えてくれるのだろうか。僕自身、初対面ながら信用はしてなかったのだが……。
「それじゃ、アニマル何とかってやつらを飼育すればいいんだな。よっしゃ、今のうちに願いを考えておこう」
僕はニヤリと微笑み……、願いについてとんでもない、凄い事など考えたり妄想していたら、笑顔が引きつっているエリザが見えた。
「飼うのではないんじゃがの……、とりあえずは交渉成立かのう」
エリザは手を僕の方に出してきて握手を求めてきた。僕はそれに応じ、彼女を見て、微笑んだ。
「お前様がもう少し敏感に察知してくれたらの。この鈍感が」
「え?なんで?」
「なんでもないわい。さあ、教室のアニマル達を頼んだぞ」
何か腑に落ちない。なぜか怒られた。高校入学直後から、ラノベみたいな展開になったが、僕自身、これは何かの冗談か夢なのかと思っている自分が居た。だけど、普通の高校に行っていたらこういう経験はなかっただろうと、自分を肯定しながら、教室に戻った。
戻ったのだが……。
教室に居たのは、30代の女性一人だった。その人は教室で出会ってすぐに、ここの担任ですと紹介された。
「お疲れ様、遅かったじゃない。もう入学式は終わって、みんな帰ってしまったわよ」
「え?みんな帰ったんですか?一時間も経ってないのに」
エリザ校長と話してた時間で、入学式は終わったらしい。それよりか、僕を待っててくれなかった事実が悲しい。
「そうそう、……、ジョン君だったけ、アライ君が倒れてたのって君が原因らしいじゃない。原稿用紙3枚、反省文を今週中に提出お願いね」
その担任、僕にウインクをして、ニコリと笑った。
「え、ちょっと待ってく……。」
「それじゃ、私、校長先生に呼ばれているから、よろしく、ね」
その担任は荷物を持って、校長室の方向に向かって行った。
「……、僕も帰っていいのかな」
僕はすぐにお風呂に入って、一息つきたい気分になった。その瞬間、この高校に対して不安感と悲壮感が僕の背中に醸し出して、春の陽気には似つかない雰囲気を僕自身、感じてしまった。僕は大きいため息を吐いた。
「猫娘のパンツ明日も見れないかな」
教室を出ながら、そう僕はつぶやいた。