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ドジとオーガ(6)

うっかり投稿し忘れておりました。まずいまずい


 夜中だというのに、明るい家の中。

 床には毛の長い絨毯が敷かれており、掃除の行き届いた白い壁には、優美な風景画が飾られている。ドガが腰かけている椅子も丈夫で微塵も軋まない。テーブルはおそらく黒檀だ。酒場の安物とは大違いである。何もかもが庶民離れしている。

「まさか……子爵の娘とは、な……」

 暖かい応接間にいると、あの少女があそこまでボンクラな理由も頷ける。

 この屋敷に危険はない。地下水路のように神経を張り詰める必要などない。酒場のように声を掛ける人間を選ばずとも暮らしていける。警戒心を保つほうが難しい。ドガは椅子の上で身じろぎした。

 テーブルの上に置かれた紅茶には口をつけていない。

 地下水路から引き揚げて、早3時間ほど。門の前で守衛に槍を突き付けられたり、少女が父親に怒鳴られたり、水と桶を借りて体を清めたり、いろいろあった。少女の母親は替えの洋服を用意しようとしたが、ドガの巨体に合う服はなかった。

 いちおう、客人扱いされているらしい。

「……ふぁ」

 ドガは欠伸をかみ殺した。

 もうすぐ夜が終わり、新しい一日が始まる。眠くて仕方がなかったが、ドガはここで待つように言われていた。いつ呼び出されるか分からない。足を組み換え、眠気を追いやる。目を閉じると、少女の顔が脳裏に浮かんだ。

 何か言いたそうに、じっとこちらを見つめている。

 怒り、悲しみ――いや。ちがう。

「……お前は……何を」

 ドガは椅子から飛び起きた。

 誰かの気配を感じたのだ。

「あら。起こしてしまいましたか?」

 例の少女――ではない。

 顔の作りこそ似ているが、少女と呼ぶにはやや難がある。あのボンクラ娘の母親だ。たしか、名前はマリアと言ったか。やんわりとウェーブのかかった栗毛色の髪を揺らしながら、大胆にも一人でドガの正面に立っていた。

 この親あってあの娘あり。ドガはしみじみそう感じた。

「眠っていない」

「そうでしたか。それは心強い」

「心強い……?」

「まあ、これは失礼いたしました。こちらの話です」

 マリアは「うふふふ」と口元を隠して微笑んだ。

 話が見えてこない。

「ローニィの面倒を見てくださって、本当にありがとうございました」

「……ローニィ?」

「娘の名前です。もしかして、初めて聞かれましたか?」

「ああ」

 そういえば、少女の名前を聞いていなかった。

 まあ、どうせこれきりの関係だ。

 二度と会うこともないだろう。報酬を受け取って、さっさと帰ってベッドに入る。それが今のドガの望みであった。ローニィの母親はドガが手を付けなかった紅茶に目にして、複雑な表情を浮かべた。悲しみと納得――悲しみはわかるが、納得はなぜだ?

「警戒心が強いのですね」

「悪かったな」

「いえ……むしろ安心しました。むしろ、それくらいでないと困ってしまいます」

 マリアは続けて質問を重ねていった。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ドガだ」

「ドガさん、ですね。覚えました。ご職業は?」

「殴り――」

 ドガは慌てて口を閉じた。

 ここでバカ正直に「殴り屋だ」と告げたら、自分の立場が危うくなってしまう。報酬を受け取るまでは、多少は体面を取り繕っておいたほうが得策だろう。ドガは少し考えてから、真顔で答えた。

「ボディガードだ」

 もちろん嘘だ。

 護衛対象を守るような仕事はやったことがない。せいぜい、賭場の用心棒くらいが関の山。大半の仕事はこうだ。標的を叩きのめしてこい。粗暴なオーガに回される仕事は単純でクソッタレである。

 しかし、ローニィの母親はドガの嘘を信じて目を輝かせた。 

「ボディガード! ぴったりだわ!」

「……何にぴったりなんだ?」

「ご家族はいらっしゃいますか?」

 ドガの質問はさらりと聞き流された。

 ローニィとかいうあの少女も、成長するとこうなるのだろう。ドガは頭を掻きつつ答えた。

「この街にはいない」

「それは好都合ね!」

「おい……」

「この性格! 気の長さ! 懐の広さ! 召使いのブレイクならとっくに拗ねているところよ! ローニィが気に入るわけだわ! 条件もばっちり! あの人がグチグチ反対しそうだけど、それくらいなら問題ないわね……」

 ぶつぶつ呟くマリアは少々不気味だった。

 しばらく無言で固まってから、一人で「うん!」と頷き、はっしとドガの手を取った。


「外の世界に出てみませんか!」


 ドガは意味が分からず、目を瞬いた。



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