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ドジとオーガ(5)


 悪臭の立ち込める地下水路。

 U字に凹んだ水路の真ん中を流れる水が臭い。日光の届かない、墨を塗りたくったような暗闇に、淡い魔法の灯りが揺れる。曲がり角で立ち止まり、神経を集中させて向こうの気配を探る。よし。敵の気配はない。

 ゴブリンの住処まで距離が近い。

 ここから先は細心の注意が必要となってくる――

「オーニさーん!」

「…………」

 ドガは何度目かのため息を吐いた。

 この少女の辞書に、警戒という単語はない。

 いくら自分が隠密行動したところで、同行者がブチ壊してくる。これでは無意味だろう。少女はぺたぺたと足音すら隠さず、ドガの十歩後ろの辺りを歩いていた。

「歩くの早いですー! ちょっと待ってくださーいー」

「さっさと来い」

 ドガは仕方なく立ち止まり、少女を待った。

 やはり、一人で行動したほうが良かったか……

 地下水路を歩く道すがら、少女にはだいたい事情を説明しておいた。ドガが入手したガラス玉はおそらく少女のものであり、その出所はゴブリンの集団であり、彼らの居場所は知っている、と。ドガにしてはたくさん喋った。

 ついでに酒場で休んでいろとも言ったが、笑顔で却下された。

『私、いろんなことを自分の目で見てみたいんです!』

 少なくとも、その言葉だけはドガも気に入った。

 ボンクラはボンクラでも、少し伸びしろがありそうだ。

 おまけにこのボンクラは魔法が使える。ドガの胸のあたりに浮かんでいる光源は、件のガラス玉である。どんな禍々しい兵器なのかと思ったら、ただのランプだった。とんだ肩透かしだ。

 しかも、問題がある。

 オークとゴブリンはどちらも夜目がよく利く。人間とは目の作りが違うのだ。つまり、灯りは必要ない。むしろ、敵に気づかれやすくなる。要するに、ドガからしてみれば、無駄なリスクを背負わされた形になる。

 だったら、少女の周囲に灯りを置くべきである。

 もちろんドガだって散々そう言ってきた。

 しかし、少女は意見を曲げなかった。口を尖らせて、ガラス玉を押し付けられた。

『お荷物なのは分かっています……でも、付いていきたいんです!』

 言いたいことは分かった。

 この光源がドガの傍にあれば、置いて行かれることはない。飼い犬につける首輪とリールのようなものだ。クソくらえ。しかし、押し問答を続けたところで事態は進まない。結局は、ドガが折れた。いざとなったら首輪くらい引き千切ってやる。

「ふぅー。お待たせしましたー。あとどれくらいですか?」

「1ブロック分だな」

「えーっと……?」

「向こうに見えるY字路を右に進めば、もうすぐだ」

 ドガは一旦言葉を切った。

「来るか?」

 先に進めば、戦闘は避けられない。

 それも、気持ちの良いまともな戦いではない。逃げ回るゴブリンを追いかけて、叩きのめす。一方的で残虐な戦いである。当然、危険もついて回る。他の方法を知らない。

 ドガの顔を見て、少女はきゅっと唇を結んだ。

「き、危険ですか……?」

「それもある」

「『それも』?」

 察しの悪いガキだ。

 ドガはどう説明しようか悩んでから、諦めた。

 こいつは「自分の目で見たい」と言ったのだ。だったら、実際に見せてやろう。そのほうが話が早い。少女に背を向け、ドガはズンズン進んだ。

「あっ、待ってくださいよー!」

「付いて来い」

 説明は後だ。

 一歩ごとに加速する。

 こうなったら電撃作戦だ。一瞬で片づけてやる。六歩でY字路を通り過ぎ、躊躇なくさらなる一歩を踏み込んだ。道の先を木の板が塞いでいる。ドアのつもりか? ドガは勢いを殺さずに蹴破った。

「ッ!!?」

 入口のすぐ近くに立っていたゴブリンは声も出せずに固まった。

 容赦なく腕を振う。裏拳に顔面を叩かれ、あっけなく倒れる。この間まずが一呼吸足らず。反射的にここまでの動作を終わらせ、ドガは次の獲物に飛びかかった。足の甲を踏み砕き、小ぶりな一撃で吹き飛ばす。

 貯水槽のようなものが置かれた空間はちょっとした広場のようになっていた。

 壁際には廃材を組み合わせたバラックが並んでいる。ゴブリンたちは晩餐会でも開いていたのか、輪になって飯を食べていた。

「オニさんッ!」

 少女の切迫した声。

 ドガは自分の世界に潜ったまま、戦闘を続けた。一番奥にいるゴブリン目掛けて駆け抜ける。脇を抜けるついでに、どんどん負傷者の数を増やしていく。掌底、膝、肘鉄、手刀。紙皿が飛び、野菜の切れ端が床の上を滑る。尋問は後でいい。まずは戦闘力を失わせる。

「ヒッ、ヒィッ!」

 ようやくゴブリンたちが動き出した。

「オニさんッ!」

 だがもう遅い。武器を装備していればここまで一方的ではなかっただろう。しかし、現実は非常である。最後のゴブリンがナイフの柄に手をかけたところで、ドガの右ストレートが唸りを上げた。

「ダメぇぇぇぇええええッ!!」

 暗闇を引き裂くような絶叫が、ドガの拳を反らした。

 ヂッと摩擦音とともに、凄まじい右ストレートがゴブリンの頬を掠めた。死の恐怖からか、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。「ヒ、ヒヒ、ヒヒヒ……」と笑っている。不気味だ。ドガは手についた返り血をシャツでの袖で拭いつつ、最後のゴブリンの後ろに落ちていたポーチを拾い上げた。

「ほらよ」

「…………」

 少女は目に涙を浮かべてドガを睨んでいた。

 この場の空気が恐ろしいのか、ちょうど木の戸があった辺りで立ち止まっている。まあ、温室育ちのお嬢様にしては頑張ったほうだろう。少女はドガとゴブリンたちとの間で何度も目を往復させた。

 何を迷っているのやら。

 やがて、少女は決心してダッとゴブリンのもとへ駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?」

「痛ェ! 痛ェヨ! アア、脚、脚ガ……!」

「感覚はありますか? えっと、どうしよう……どうしよう……」

 あいつは一体何をやっている?

 倒れたゴブリンの傍らに膝をついて、困っている。ドガなら尋問を始めるところだが、その気配はない。だったら、何を?

「オニさん! 手伝ってください!」

「おい」

「この人たちの傷の手当です! オニさんに言いたいことも色々ありますけど……今は一旦忘れてあげます……。だから、手を貸してください! まず、この人の足! 骨は大丈夫ですか? それとも……」

 ドガには一目見て分かった。

 骨は折れている。というか、ドガが折った。機動力を奪うために。

「……そうですか」

 口の中でぼそぼそと何かを唱えた。

 自分に対する呪詛の言葉かとも思ったが、違った。あたたかな光が折れた脚を包み込み、ゴブリンの表情が少し和らいだ。

「痛み止めの魔法か」

「…………」

 少女はドガを睨んだ。

 口元が震えている。

「言いたいことがあるなら言え」

 どうせ見当違いな、ズレた戯言だろう。

 淡い灯りに照らされた大きな瞳が、まっすぐドガを見据える。

「……どうして……」

「あ?」

「やっぱり、後でまとめてお説教します」

 少女はプイと目をそらした。

 泣きながら求めていたポーチに目もくれず、次々と傷ついたゴブリンたちを手当てして回っている。これは何だ? 何のためにここに来たんだ? 少女に呼びつけられ、手を貸してやりながら、ドガは内心ぼやき続けた。

 このちんちくりんは何なんだ?



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