ドジとオーガ(3)
少女は夕空の下で右往左往していた。
ツバの広い帽子の下で、母親譲りの栗毛色のポニーテールを揺れている。
白いブラウスと燕尾色のカーディガンはどちらも高級品だ。片手に持っているピンクのポーチも安物ではないだろう。気取った装飾品こそないものの、一目見ただけで素人にも質の高さを感じ取れる。素地からして違いすぎるのだ。髪の色艶や肌のうるおいも、庶民でこの水準を維持するのは難しい。
少女はどこからどこまでも庶民離れしていた。
お父さまに内緒で座敷から抜け出してきた。しかし、どこか特定の場所へ行きたいわけではなかった。ただ、街に居たかったのだ。もうすぐこの街から旅立たなければならない。離れる前に、街の記憶をもっとしっかり胸に刻み付けておきたい。
そうすれば、笑顔で旅立てるかも知れない!
少なくとも、部屋に籠って悶々と思い悩むよりは遥かにマシなはず!
そう思って、飛び出してきたはいいものの……
「……ううーん」
行きたい場所がなかった。
表通りを行き交う人々の流れから外れて、ただただ人々をぼんやり眺めていた。人間に交じってオークやゴブリン、コボルトも流れてくる。小さいながらも色々とゆるい街なので、移民もそこそこ多い。もちろん、そのすべてが合法とは限らない。
――お父さまにもっと頑張ってもらわないと!
やけにボロボロなゴブリンたちを見送りながら、少女は胸を痛めた。
そうこうしている間に、だいぶ日が暮れてきた。
早くどこかのお店に入りたい。でも、どこへ? この辺にどんな店があるのか分からない。横を向いて問いかけようとして、ハッと気づく。お世話係のアンおばさんはここにいない。何かとちょっかいを出してくるブレイクも置いてきた。
彼女は今、一人だった。
しかし、その程度のことで気落ちする少女ではなかった。
「そうだ! 誰かに道案内をお願いしよう!」
そう思った矢先に、鳥籠を担いだ呼売りの少年と目が合った。
渡りに船だ!
少女は目を輝かせて少年に話かけた。
「あっ、あのー」
「……ッ」
全力で目を逸らされた。
少女の身なりが良すぎるのだ。触らぬ神に祟りなし。鳥売りの少年はそそくさと小走りにどこかへ行ってしまった。道に残された少女はしばし呆然としていた。一体何が起こったのやら……
しかし、少女は前向きで深く悩まない性格であった。
「まあ、何とかなるよね。うん」
人の流れに合流して、テキトーに歩く。
なるべく、楽しいお店に入りたい。みんなが笑顔で入って、笑顔で出てくる。そんなお店がいい。少女は笑い声につられて足を止めた。その声は一軒のお店の中から聞こえてきた。お店に入ろうとするお客さんの顔は楽しげだし、幸せそうだ。
「よーし、入ってみようーっと」
怖いもの知らずの少女は、心をわくわく弾ませながら、店のドアを開いた。