ドジとオーガ(2)
夕日に輝く、立派な二本角。
見上げるほどの巨躯が、地面に大きな影を落としていた。
路地裏の暗がりには、表通りの喧騒も届かない。
ゴミの詰まったドラム缶。ガラス片。動物の死骸。
影の主であるドガは手首の関節を鳴らした。目線はまっすくゴブリンたちに向いている。標的の数はざっと見て十人ちょっと。依頼者が「集団」と言っていたからもっと大掛かりなグループなのかと予想していたが、どうやら違ったらしい。
――だが、やることは同じだ。
ドガは丸太のように図太い脚をのしのし動かして、ゴブリンたちの前に躍り出た。
二十数個の瞳が闖入者に向けられた。
「ナ、何ダ!」
「消エロ!」
「痛イゾ!」
ゴブリンたちの表情は友好的とは程遠い。気の弱い人間であれば尻尾を巻いて逃げ出してしまっただろう。邪険な雰囲気を醸し出している。しかし、ドガは人間でもなければ、気も小さくない。小山のような巨体をどっしり構えたまま、ゴブリンたちをじろりと睥睨した。
「一応、確認する」
相手の頭上に疑問符が浮かんだ。
いつものことながら、この瞬間に相手の底が知れる。
強者はすぐに動き出す。戦うなり、逃げるなり。仲間を呼ぶなり……。ある程度、場数を踏むと危機を察するようになる。それとは対照的に、雑魚たちは足を止める。困惑して、こちらの次の言葉を待つ。
――また雑魚か。
ドガは肩を落とした。
しかし、仕事は仕事である。
「三日前の深夜。長靴通りで若い人間を痛めつけたそうだな」
ここまで話せば、流石のゴブリンたちでも事態を呑み込めたらしい。
さっとゴミ箱の上から飛び降り、臨戦態勢に移った。オーガとゴブリンは体格にかなり差がある。しかし、数だけなら向こうのほうが圧倒的に上だ。十対一。ゴブリンたちは「やれる」と判断したようだ。粗末なボロ布の下からナイフや短剣を取り出した。
切っ先はドガに向けられている。
「夜警、カ……?」
「違う」
「復讐カ……?」
「その代行だ」
「マ、マサカ……殴リ屋ノ鬼、カ?」
ドガは凶器の切っ先を見下ろしてから小さく笑った。
それだけで十分だった。
「来い」
その一言によって火蓋が切って落とされた。
意味不明な喚き声をあげながら最初の一匹が突進してくる。だが、ガタイが違いすぎる。ドガは素早く腕を伸ばして、ゴブリンの頭を片手で上から掴み取った。そのまま力任せに握り潰すこともできたが、殺しは依頼に含まれていない。
ドガは紙くずでも捨てるように、無造作にポイッと後ろへ放り投げた。
その間にも、次から次へと新手が殺到してくる。
これがゴブリンの戦い方なのだろう。
多少の犠牲は織り込み済みで、勢いに任せてとにかく一気に攻め立てる。多少の力量差なら誤魔化せる。雑魚相手なら一方的に嬲り倒せるだろう。悪くない戦法だ。しかし、相手が悪すぎた。
「ヌルい」
ナイフを振り上げた一匹を蹴り飛ばし、腰だめに短刀を構えた一匹を上から叩き潰す。
横から回り込もうとした数匹をまとめて横なぎに薙ぎ払う。その過程で巨大な掌にナイフが刺さったが、傷は浅い。ナイフを引き抜き、民家の壁に力任せに突き刺した。
ケタが違いすぎる。
瞬く間にゴブリンの半数が叩きのめされ、地面に伏している。
ここにきて、ようやく彼我の戦力差を思い知ったらしい。まだ傷を負っていないゴブリンたちはさっと踵を返した。ここで逃がしてなるものか。ドガは身を低く屈めた。
「ふっ、」
一息吐いて、地面を蹴った。
まずもって、歩幅が違いすぎる。たった三歩で最初のゴブリンの背中に手が届いた。首を掴んで、投げ飛ばす。すぐにまた次の獲物を捕まえて投げ飛ばす。掴んでは投げ。掴んでは投げ。十歩も走らぬうちに、最後の一匹が宙に打ち上げられた。
「こんなものか」
地面でのたうち回るゴブリンたちを見下ろして、ドガは唾を吐いた。
――つまらない仕事だ。
手応えが無さすぎる。もっと骨のあるヤツと血肉踊る戦いを繰り広げたい。
ドガは民家に挟まれた路地裏から見える小さな夕空を見上げた。