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1、ドジとオーガ


 大きな石造りの門。

 きれいに刈り揃えられた青々とした芝生の海に伸びる一本の白い道。

 わざわざ遠方から取り寄せた白い飛び石の上を、タキシード姿の青年が駆け抜ける。

 騒々しい足音は中庭から屋敷の中まで突き進み、夕日の降り注ぐ屋敷の書斎の前でぴたりと鳴りやんだ。机に座って書類に目を通していた子爵は、ため息を吐いて老眼鏡を外した。齢、五十と三つ。こういう展開も、もう何度も体験してきた。

 どうせロクな知らせではあるまい。

 子爵の想像は見事に的中した。

「……ローニィの姿が見えないだとッ!」

 ばんっ!

 思わず机を叩いてしまった。

 インク瓶がカタカタと音を立て、万年筆がくるりと回った。危ない危ない。医者にも血圧に気を付けろと注意されているし、もしも瓶が倒れて机にインクの水たまりが広がったら、書類がダメになる。

 子爵は深呼吸してから、タキシード姿の召使いに詰め寄った。

「ブレイク。どういうことだ?」

「おそらく、街に出かけられたようです」

 召使いの青年はさらりと答えた。

 娘はどこだ? 街に行きました。そうかそうか。わっはっはっは。

「って、言っとる場合かッ!!」

 ばしんっ!

 再び机が揺れた。ブレイクがひゅーっと口笛を吹く。

 清々しいまでに主人をバカにしている。親友の息子でなければ、とっくに故郷に返しているところだ。嫌味のひとつでも言ってやろうか? いや、やめとこう。その程度でこの若者が態度を変えるわけがない。

 眉間を指で揉みながら、子爵は尋ねた。

「従者の希望は聞き出せたか?」

「具体的な個人名は、まだ……ですが、条件だけならばっちり聞き出せましたよ」

「ローニィは何と?」

 子爵はずいと身を乗り出した。

 ようやく……

 ようやく検討してくれたのか!

 留学まであと一週間。

 諸々の手続きを考えると、既に遅過ぎるくらいである。父親としては、本人の希望を尊重してやりたい。しかし、長らく従者のじゅの字すら出てこなかったため、手つかずのまま放置されていた。護衛人材派遣会社〈銀のシルヴァリィ〉から取り寄せた資料に乗っている候補者も、まだどれだけ売れ残っていることか……

 子爵はやきもきしながら先を促した。

 こほん、とわざとらしく咳をしてから、ブレイクはピンと指を一本立てた。

「まず『強くて、頼りがいがあって、正直で、私欲がない』――」

「……うむ」

「次に『優しくて、気が長くて、物知りで、気が利いて』――」

「……うむむ」

「トドメに『カッコ良くて、落ち着いたひと!』だそうです」

「それは――」

「ええ。どこからどう見ても、寝物語に出てくる白馬の王子様ですね」

「…………」

「…………」

 二人は沈黙した。

 娘を護衛する従者が、良い人物であるに越したことはない。

 しかし、従者はあくまで従者であり、若い娘が思い描くような理想の王子様である必要はない。むしろ、親元から離れた留学先で、そんな優男に娘の周りをうろうろされたら心配で心配で堪ったものではない。

 そもそも、そんな理想の人物など滅多にいない……

「今すぐ連れ戻せ」

 連れ戻して、もう一度よく考え直させるしかない。

 娘は悪い子ではないが、少々夢見がちな部分が目に付きすぎる。

「私が、ですか?」

 ブレイクは信じられないといった表情で自分を指さした。

 ケロリとした表情に腹が立つ。しかし、いちいち怒っていては日が暮れてしまう。

「世話係のばあさんを街へ急がせるのは酷だろう」

「しかし、人手なら私以外にもたくさん――」

「いいから行ってこい!」

 我慢できずに、つい怒鳴ってしまった。

 これでは長生きできそうにない。

 しかし、生意気な若者は片眉をわずかに上げただけだった。ずいぶん肝の据わった男である。逆に感心してしまうが、今はそれどころではない。「早く行け」と発破を掛けると、さすがのブレイクもすごすごと引き下がっていった。

 再び一人になった子爵は、留学書類を片手にぼそりと呟いた。

「……まったく、あのバカ娘は……」

 夢を見るのもほどほどにしろ。

 白馬の王子様だと? けしからん!

 従者はもっと武骨で良い。

 娘を外の脅威から守ってくれれば、娘に危害さえ加えなければ、それで良い。夕日に照らされた書斎で、子爵はくすんだ銀色のプレートアーマーに身を包んだ、古めかしい騎士の姿をぼんやり思い浮かべた。





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