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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第二幕 ナイトメア・ナイトオウル
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第六話

「感情的になるより、論理的な判断をするほうが良い?」

「ううん、どちらかといえばノーかなあ、状況による」

「ものは整理されてないと耐えられない?」

「ノー」

「物事は白黒ハッキリさせたい?」

「イエス」

「人付き合いって得意なほう?」

「まあこんな仕事だし、イエス……かなあ……変な目で見られることもあるけど。って、この質問何の意味があるの」


 アウルは淡々と続けられる質問に耐え切れず、口を挟む。


 クラフト・クレーが度々訪ねてきて、アウルの魔力を調べたり、新しい魔術を試させたりするのは最早日常の一幕だ。アウルの寝床となっている探偵事務所の屋根裏部屋へわざわざ訪ねてくるのは彼だけだ。それ自体は物好きなやつとは思うものの、嫌なことではない。


 だが、最近はこうした問診のようなものが増えている。そしてそれは本当に目的が読めず、アウルは困惑していた。


 クラフトは相変わらず本心の読めない、わかりにくい表情のまま「アウルくんの性格きちんと記録しようと思って……」と言った。


「何のために」

自動人形オートマターの思考回路、アウルくんに似せたいんだ」

「は? なんで?」


 自動人形の思考はある程度製作段階で調整をかけることができる。魔術式を書きこんで、ある程度決まった論理で判断できるようにするのだ。生きた人に思考を似せることはさして難しい話でもなく、軍の人形たちも歴代の優秀な兵士の思考を参考にしているものが多いという。


 だが、アウルに似せる理由はさっぱりわからない。別にアウルは国に忠実で勇敢な兵士というわけではないし、特に誇れるものがあるかと聞かれると自信などないに等しい。


 クラフトは「俺の本業は死霊術なんだって話はしたんだっけ?」と聞いてきた。そんな話は初耳だ。アウルがそう否定すると、クラフトは腕を組み、ゆったりと首を傾げた。


「言ったら引かない?」

「引かれると思うなら言わなきゃいいんじゃ」

「死霊術っていうのは、死人の魂を捕まえて使役する魔術の一種で、俺はその死霊術を得意にしてる家系の出身なんだけど」

「勝手に語り始めたぞこいつ、僕の話聞く気ないな」


 そうしてクラフトが語るには、軍の技術班で自動人形の開発に携わっているのは、あくまでも死霊術の研究の一環であるということだった。死霊術においては、死者の霊魂に語りかけることが主となるが、魂が失われた死体もまた魔術の素材とするのだという。空になった器に別のものを入れて使い魔として操る死霊術と、人形という器に魔宝石によって生み出された意思を与える自動人形の技術は、似たところがあるのだと。


 そういった技術についてはさっぱり理解できないアウルには、いまひとつぴんとこないが、ともかくクラフトにとっては重要なことであるらしい。そして、人の思考を別のものに移すテストをしたいのだと言った。それも死霊術の研鑽のために必要な一歩なのだ、と。


「アウルくんは身近な被検体としてとてもありがたい。協力してくれる人がいないと、戦場で死体漁りをするハメになるし」

「ああそう……勝手にしてくれ……」


 研究者の考えることはよくわからない。理解はできないが、アウルに甚大な被害を及ぼすというわけでもないので、やりたいようにやらせればいい話だった。乗り気かと言われればそれは否だが。

 クラフトは「実際の魔術式の細かい調整をどうするかは後で考える」と言った。


「手に入れてから、って……何かアテはあるのか?」

「うん。今度魔宝石のオークションが開かれるんだ。そこでちょうどいいのがないか探すつもり」

「へ、へえ……」

「エストレ商会が主催だから何を選んでも失敗はないと思うんだよね」


 エストレ商会――アウルは何やら装飾品を取り扱っているところ、という知識しかない。クラフトが言うことに対して何となくの相槌しか打てないのは、アウルがそういうものに対して疎いからだ。


 魔宝石のオークションといえば、そこに並ぶのは価値あるものばかり。参加するのも上流階級の者たちか、魔宝石のエネルギーを目的とする技術者だけ、という印象がある。アウルには縁遠い言葉だ。魔宝石を動力とする自動人形が高価な嗜好品といわれる理由の一つでもあるが、そういう言葉が当たり前のようにさらりと出てくる辺り、クラフトの懐事情は相応に豊かなのだろう。


 一応、アウルとクラフトは歳は近いはずだが、どうにも違う環境に生きているせいなのか、微妙に話が合わない。金銭的な事情から学校を中退し路地裏でのその日暮らしをしていたアウルと、きちんと学校を出て軍で技術研究をしているエリートコースを歩むクラフトでは違うのも当然だが、それほど違うものが顔を突き合わせて話しているというのだから不思議な縁もあったものである。


「名前ももう決めてあるんだ」

「ふうん、どんなの?」

「ナイトメア・ナイトオウル。悪夢を斬るため夜を行く騎士なのだ……」

「何か始まった」




 ――そんな話をしてから三日。




「アウル、ちゃんとした正装を買うか」


 アーロンが「経費で落ちる」と言うので何事かと思えば、新しい仕事のために必要だということだった。


「探偵社からの仕事だ。アウル、きみも目を通しておけ」

「はい」


 アーロンから資料を受け取る。ぱらぱらと資料を捲って、アウルは違和感に気が付いた。いつものペット探しや素行調査ではない――護衛、とある。


「依頼主はエストレ商会の会長、アントニオ・エストレ氏。なんでも、あの話題の怪盗エコール・ナルシスイセンから犯行予告が届いたらしい」

「ナルシスイセンから!?」


 アウルは、あの水仙に似た人形を思い返す。アウルのことも傷つけようとした人形。他の自動人形と違わず美しい顔立ちをしていたが、どこか酷薄な印象を与えるものだった。あの様子を見る限りは元々蓄音機として人と共に生きるために作られたのだろうが、一体どうして道を踏み外すこととなったのか。


 何にせよ、あのナルシスイセンだ。まさかそのような仕事に関わることになろうとは、アウルは夢にも思わなかった。驚くアウルに、アーロンはことの経緯を説明してくれた。


「今度エストレ商会が主催するオークションに出される宝石が狙われているという話だ。それで、探偵社に登録している探偵たちを集めて、宝石を守ろうという話だ。数がいれば何とかなるだろうというわけさ」

「成る程……ナルシスイセンは宝石を狙う泥棒だから、心配なのかな」

「だろうな。数が多くてどうこうなる相手なのかわからんが……ともかくそういうわけだから、私の助手としてついてきてもらう以上、アウルもきちんとした格好をしないといけない」


 そう言うアーロンはどこか楽しそうだ。仕事に必要なものだから、というにしては妙に張り切っている。

(たぶん甘やかしたいんだろうなあ)

 アウルはアーロンが自分を生き別れた妹や弟の代わりにしているのを知っている。それでいいと思って、彼の元で過ごしているのだ。実際、飯を食わせてもらって、寝る場所があるのに文句などない。


 だが、これだけ張りきられると、アウルとしても少々気疲れすることになりそうだ。服に拘るのは女性が多いという印象があるが、アーロンもかなり拘りがあるような様子である。


「人の信用を得るには身なりが重要だ」


 アーロンはそう語る。実際、みすぼらしい格好をしているよりは、ある程度きちんと身なりを整えてあるほうが疑わしくは見られない。アーロンの言葉に偽りはないのだろうが、それ以上に楽しみを感じていると思うのは、アウルの気のせいというわけではないのだろう。


 特にアーロンはアウルに対して金をかけるのが好きだ。兄弟を可愛がることができなかった反動だろうが、着せ替え人形にされそうな予感に、アウルはこっそりと溜息をついた。




◆◆◆




 魔宝石のオークションは、エストレ商会が所有する飛空船で行われる。何でも、新しく飛空船を建造したお披露目も兼ねているのだという。人が多く集まるため怪しい者も紛れ込みやすいだろうから、厳重に注意してほしいという話だった。依頼主であるアントニオ・エストレは随分と忙しい人物らしく、依頼の詳細については代理人がやってきてそう説明していった。


 アウルはアーロンにきちんとした正装を買ってもらった。アーロンの行きつけだという仕立屋で、魔術品のスーツを買ってもらった。アウルのように羽があってもスーツのほうが勝手にアウルに合わせて着られてくれる、という代物だ。何でも、優れた魔族は大抵体のどこかが変質しているため、こうした魔術品の服がもてはやされるのだという。普段着にしているのもアーロンから貰った、同じような魔術品の服で、羽がつかえないので着やすい――尤もアーロンはそういった変質のない魔族で、単に気に入った服を長くもたせたいだけのようだが。そういった魔術に関係がないのは、アウルが自前で買ったキャスケット帽くらいのものである。


 グレーのスーツはアウルのことをそれなりにまともな格好に見せてくれて、職人の腕の良さを感じさせた。相応に金がかかっているはずだが、アーロンが頑なにいくらかかったのか開示しないため、アウルは何も考えないでおくことにした。前金でかなり貰っているようなので、赤字ではない、はずだ。


 さて、いざ会場へ向かう。船が係留されているのは港の近くで、風に乗って潮の匂いが流れてくる。


 辺りには見るからに金持ちそうな連中で溢れていた。すれ違ったスーツの男の指の全部に金の指輪がつけられているのに気がついて、思わず「わあ……」と呟いてしまう。幸いにもそれは誰にも気づかれはしなかったが、どうにも、別の世界の住民ばかりいるようだ。


 アーロンはそんな中でもあまり動じている様子はなく、何でもないように色々な人と話していた。恐らく情報収集と自分の売り込みをかねているのだろう。アウルも見習いたいところだが、委縮してしまって上手くいきそうもなかった。


 会場となる飛空船クイーン・カッサンドラは、海に浮かべるのと似たような船体に翼のような帆と気嚢がついているという代物だった。気嚢には派手な色でエストレ商会の名前が入っている。これが広告というわけだ。気嚢部分を抜きにしても非常に大型で、見るからに重たそうなものが本当に浮くのかと疑問を抱く。


「動力に魔宝石が使われているって話だよ」


 後ろから話しかけられ、驚いて振り返ると、そこにはクラフトがいた。何やら大きな箱――ちょうど人が一人入りそうな大きさの、棺を思わせるような箱を台車に乗せている。


「蒸気機関と魔術を組み合わせて浮遊力と推進力を賄うらしいよ。より速く、より高く飛ぶ。そのために魔宝石を百個使ってるって。流石宝石商の船って感じだよね」

「そうなんだ……っていうか、クラフト、その荷物何」

「自動人形。魔宝石がないから自分で動いてくれないし」

「まさかここで組み立てる気なのか……」

「思考回路の魔術式はひとまず使えなくはない程度に完成してるし、多少の調整はいるかもだけど、あとは石を繋いで機体に魔力を走らせるだけなんだよね。パーツも繋ぐだけって状態なのさ」


 それの何が悪い、とでも言わんばかりの堂々とした態度に、アウルは乾いた笑いが漏れた。やはりクラフトも別世界の生き物だ。


「……ん? でも何でクラフトが船のことそんなに知ってるんだ?」

「ああ、メグ嬢に教えてもらったんだ」

「メグ嬢?」

「あそこにいるよ。あの、貴族たちと喋ってるブロンドのお嬢さん」


 クラフトが言う方を見てみると、角や尾の生えた魔族を相手に笑顔で対応する、華やかな赤いドレスを着た長い金の髪を持つ少女がいた。


「マーガレット・エストレ嬢。アントニオ・エストレ会長の娘さん。十六歳だって、俺たちより一個年上のお姉さんだね」

「……クラフト、そのマーガレット嬢とお友達ってやつなのか」

「まあそれなりに良い付き合いはしていると思うけど。魔術をやるのに魔宝石は便利だし、メグ嬢はそういうの見る目があるから」


 親の代からの付き合いってやつだよ、とクラフトは言った。親同士に親交があるのなら、子供たちも自然と交流が生まれる、そういうことらしい。


 いよいよ飛空船が飛ぶ、という段階になり、アウルたちも乗船する。今のところナルシスイセンの気配はないようだが、犯行予告を本当に実行する気ならば、上手く隠れているだけなのだろう。気が重いが、仕事ならば真面目に取り組むしかない。

(何事もないのが一番なんだけどな……)

 飛空船が離陸する。ナルシスイセンへの警戒と、慣れないパーティの空気に緊張する。アウルはそれを誤魔化すのに、給仕に飲み物を頼んで、一気にそれを煽った。飲んでからそれがオレンジジュースだったことに気がついた。気を張りすぎて注意力が散漫になっていることを自覚して、アウルは落ち着くために深呼吸した。


 パーティはまだ始まったばかりだ。

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