第二話
ハーピィ・ハーピストルを探そうにも、全くそれらしい手がかりがない。手元にあるのは写真だけで、わかっているのはハーピストルが解体予定の兵器だということだけだ。
時刻は昼過ぎである。紹介された軍基地に向かっても良いが、慌ただしく出ていったバーレットたちの様子を考えると、じっくり話を聞くというのは難しそうだ。
そうなると、情報は自分の足でどうにかする他ない。
王都は広い。手当たり次第に探そうにも、何の手がかりもなしにアウル一人でというのは無茶な話だった。ひとまずは目撃情報がないか、聞き込みをするしかない――が、誰に聞いても自動人形といったら新聞に載っていた宝石泥棒のことしか知らなかった。アウルが探偵事務所で働いているのだと名乗ると、皆宝石泥棒の件だと思って勝手に話してくるのだ。
「知ってる知ってる、新聞に出てたやつでしょう、エコールなんとかっていうんだってね。律儀に犯行予告とか出しててまさに怪盗って感じだよねえー」
知っていると言われてもそれはアウルの探し物ではないので、適当なところで切り上げて次を当たるしかなかった。盗人のくせにどうも人気を博しているようだが、生憎とアウルが追っているのはそのような世間を騒がせる大事件とはまた別の事件だ。
とはいえ話をしてくれるならまだ良いほうで、アウルの羽角のような耳や羽の生えた腕に驚かれて話しどころではないことも少なくなかった。怪物のような見た目に変質する魔族は、とりわけ多いわけではないからだ。もちろんぎょっとされるだけだが、そのせいで会話がぎこちなくなってしまうことがままある。慣れていることだが、何とも捗らない。
人では駄目なら、動物に聞くしかない。
アウルは動物の心を読むことができる。物心ついた頃から、動物は嘘をつかず裏切りもしないアウルの友だった。この能力は魔術の一種なのだとアーロンから教わったが、何にせよ、今頼りにできそうなのは人間の話題に興味をもたない動物たちだけだ。
かつて暮らしていた路地にも動物は沢山いた。鼠や野良猫、それに烏。港が近い場所だったから、鴎もいた。
彼らとは食べ物の取り合いもしたが、分け合いもした仲だ。思えば随分人らしくない、というか人としての尊厳など欠片もない生活をしていたものだが、今はアウルも仕事があるから全くの無一文ではない。餌としてパン屑くらいは持っていける。行きつけのベーカリーで山形食パンを買う時に一緒にくれるので、アウルは重宝している。
今となっては新しく建ったビルや工場で景色は随分様変わりしたが、それでも変わらない場所もある。潮の匂いのする表通りは人で賑わい、活気に満ちている。海のほうから蒸気船の汽笛が聞こえてくる。通りには露店が立ち並び、商人たちが客寄せのために声を張っている。だが、中にはかつてアウルがそうだったように物乞いをしている子供もちらほらと見受けられた。
同情はするが、だからといってアウルが何かしてやれることはなかった。一度や二度なにか恵んでやったところで根本的な解決にはならないことを身を持ってよく知っている。勿論それで得られる情報があるというのなら手段として考えるけれど、今までの調査の進展を思うとあまり良い方法とは思えなかった。誰に聞いてもハーピストルのことを知っている者がいなかったというのもあるが、経験上、此処には詐欺師やぼったくりも多いとわかっていた。
やはり頼るならば嘘をつかないものだ。幸いと言っていいのか、アウルの異形のような見た目のせいか、客引きに捕まることもなく、すんなりと人混みを通り抜けることができた。建物と建物の隙間の細い道から、目的の場所へと向かう。
「おうい、誰か僕を助けておくれ」
日の当たらない路地で声をかけると、薄暗く静かな建物の影ではよく響いた。しばらくすると、いつかの昔に見た覚えのある顔が集まってくる。
一番古株の尻尾が短い黒猫は、昔と比べれば歳をとったという感じがする。元々痩せぎすだったけれど本当に骨と皮しかないのではないかというくらい細くなった。それでも金に輝く目は力強さを感じさせ、野良らしく薄汚れてはいるものの、まだまだ現役だと主張しているかのようだ。
アウルは集まってきた動物たちを撫でてから、ウエストポーチからパン屑を餌としてばらまく。お願いを聞いてもらうのだから、その対価は必要だ。これは取引なのである。飢えた動物たちは喜んで飛びついた。
動物たちがある程度食べて満足したところで、アウルは写真を見せて「これに見覚えない?」と問いかけた。
ハーピィ・ハーピストルは自動人形である――貴重品だ。港の、それも人の目につかない陰で暮らしている動物たちに聞いても駄目で元々だったが、予想どおり心当りのある動物はいなかった。
軍で使われていた兵器なのだと説明すると、こんなもの探して何になるのだと動物たちは不思議そうにしていた。人が作るものは変なものばかりだと動物たちが心の声を零すのを聞いて、アウルは「これも仕事なんだ」と苦笑した。正直、アウルにはそれ以上説明できそうもない。
「たぶん、王都のどこかにはいると思うんだけど、探すのを手伝ってほしいんだ。僕一人じゃとても見つけられそうになくて……」
お願いだよ、と動物たちに頼み込めば、彼らは快く協力を約束してくれた。ありがたいことだ。こういうとき、動物の仲間たちはとても頼りになる。
「見つけたら教えてね」
アウルが言うと、猫や鼠は路地裏の狭い隙間へと走っていき、鳥たちは空から探してくれる。アウル一人では手が足りずとも、動物たちがいてくれれば充分補える。街中を調べるのは、とりあえずはこれが最良の方法だろう。
動物の友達が探してくれている間、アウルも動かないわけにはいかない。まだ行っていない場所へ、とアウルは近くを通る蒸気自動車のバスに飛び乗った。
バスの乗客たちも新聞に載った例の宝石泥棒の噂をしているのが聞こえてきて、アウルはまたかとうんざりした。ハーピィ・ハーピストルのことは何一つわからないままだというのに、宝石泥棒の名がエコール・ナルシスイセンといって、いちいち犯行予告を出して華麗な手口で宝石を奪っていく自動人形の怪盗だということは、すっかり覚えてしまった。
ナルシスイセンのことは新聞でも見たが、宝石ばかり狙うということは、ハーピストルの中にある魔宝石も狙われる対象となるのだろうか。何にせよ、ハーピストルを早く見つけてやらなければ。
◆◆◆
「それで、王都の沿岸部を中心に色々探したがちっとも情報が出てこないと」
陽が落ちたので一旦フェアファクス探偵事務所に戻ってアーロンに報告をすると、彼は何か鍋で煮ているところだった。独特の匂いが鼻を突く。アーロンが作っているのだから魔法薬には違いないが、色々と手間がかかるもののようだ。
「そうだな、時間も時間だ、飯にしろ。今日はチキンのスープだぞ」
言われてキッチンのほうを覗くと、鍋に鶏肉とキャベツが――キャベツのほうが主という感じのスープがあるのがわかった。自分の分を皿によそいながら「アーロン先生は?」と問いかけると「私はもう食べたよ」と返事があった。
スープは少し冷めていたが、腹を満たすには充分美味しいものだった。かなり胡椒が効いていて辛いが、作り手であるアーロンの好みなのだろう。アウルとしては何も文句はないが、ずっと作業を続けているアーロンのことは気にかかり、様子を窺うと気にするなという風に片手を振られた。
「今はこいつから手が離せないんだ」
それでもアウルの話は聞いてくれた。アーロンは「可能性は二つか」と言った。
「二つ?」
「もう既に誰かに盗まれたか、まだ上手く隠れているかってことだ。私は後者だと思うが」
「ハーピストルは隠れるのが上手なんです?」
「作戦のときに相手に知られたらいけないだろう。だから軍用兵器として作られる人形には武器の他に隠密の魔術装置が搭載されることが多い。尤も、魔力の足りないはずのハーピストルがいつまでそんなものを使っていられるかわからんが」
耐用年数に限界がきたことを理由に解体されるはずだったハーピストルの動力になっている魔宝石には、もうほとんど魔力が残っていないはずだった。ハーピストルがくず石の魔宝石を持っていったというのもそういうわけだろうが、そのぎりぎりのところで能力を最大限に活用しているというのなら、普通に探したところではまず見つからない。
「経験則として人目につかない方法も学んでいるはずだ。偶然今日きみが行った場所にいなかっただけということもあるだろうが、とにかく、見つからないようにしているんだろう」
「そっか、隠密能力かあ……軍から抜け出せたのもその能力のおかげってことでしょうか」
「だろうな。まあ隠密といっても、人の目から見えづらくするという程度だから、魔術を暴ける者が見ればすぐに違和感に気が付くような代物だ。魔物の目からは全く隠れていないということもある」
(じゃあ、友達は上手く見つけられるかもしれないな)
アウルは昼間捜索の協力を頼んだ動物の仲間たちを思い出す。彼らは人とは違う目を持ち、違う視点を持っているから、ハーピストルも隠れきれないかもしれない。動物に聞くというのは正解だったということか。
「それにしても、ハーピストルはどうしてそこまでして軍から逃げ出したかったんだろう」
情報収集が全く捗っていないので想像がつかないのだが、果たしてハーピストルが逃げ出したことにはどのような意味があるのか。
人のために作られ、人のために戦い、そして動力源となっている魔宝石の魔力もつきかけ、解体されることが決まっている。解体されなかったとしても間もなく機能停止することには変わりない。むしろ、行動的に活動すればするほど魔力の消費は激しくなり、機能停止が近づくだけだ。
それなのに、どうして外へ出る必要があったのだろうか。こうして考えてみると、ハーピストルの行動は無駄なように思えてくる。
「どうしても外に行かなきゃいけない理由があったんじゃないか」
アーロンが言った。アウルは首を傾げる。
「外に行かなきゃいけない理由……自動人形は道具なのに、理由とか考えるものなんです?」
「道具だが、感情を持っているからな。魔力は命の源――あいつら人形の思考もまた、魔力によって作られたものだ」
全ての自然物には、魔力炉と呼ばれる魔力を生成するものが備わっている。人や動物もそうで、星の中心もそうなっていると言われている。魔力とは命そのものであり、魔族の寿命が人間より長いのは、人間より魔力炉が強靭で豊かな魔力を持つからだ――と、アウルはアーロンからそのように教わっている。
自動人形のような人工物は、そういった魔力炉の機能を魔宝石で補っている。動力源として使われているそれが自動人形に意思を与えたのは、副産物ということだ。
「人形の魔宝石に魔術式を書き込んで、使用者に都合のいいような思考になるよう調整するが……抜け穴ができることもある。ハーピストルの脱走もそれだろう。解体されるのが嫌になったか……」
顎を触りながら眉を寄せて、アーロンが言った。かつて関わったことのある人形相手に、思うところは色々とあるのだろう。
「アーロン先生ってほんとに詳しいですね……」
アウルが呟くと、アーロンは笑った。
「自動人形も一種の魔術品だ。魔術師ならそれなりに知識がつくものさ」
きみも学ぶといい――その言葉どおり、アーロンはアウルにとっては良い教師で、調べてわからないことを聞けばじっくりと教えてくれることだろう。アウル自身も興味のあるところだったが、ひとまずはハーピストル捜索を優先しなければならない。
「ハーピストルの、理由か……」
道具にも心がある。自動人形のような高級品にはあまり触れた経験がないのでわからないが、実際にハーピストルと対話できれば、実感が湧くだろうか。
今日のところはあまり収穫がなかったが、明日は教えてもらった軍基地を訪ねよう。そこに軍の内部の者が気づかなかったハーピストルの痕跡が残っているかもしれない。
アウルはバーレットやクラフトの顔を思い浮かべて、小さく溜息をついた。情報も持たずに訪ねるとあまり歓迎されないような気がするが、ハーピストルのことを知るにはそこが一番だ。動物たちも探してくれていることだから、何か進展があればいいのだが。