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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第六幕 マインダイバー・モノルカ

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第三十四話

 ナルシスイセンが銀行を襲ってから一週間が経過していた。


 銀行から奪われた宝石がどうなったかというと、間もなくして発見された。ただしそれは魔力を奪い尽くされて、ひびが入って美しさの損なわれた石だ。持ち主はそれでも戻ってきただけ良いと判断したようだが、貴石としての価値は完全に失われていた。


 事件に大きく関わることとなったモノルカは、警察によって事情聴取を受けた後、ナルシスイセンに操られていただけと判断され特に大きな咎めはなかった。表向きには出来の良い人形をみすみす破壊するよりは、さらに活用すべきという判断だ。裏でキャンディが多額の金を積んで揉み消したとかいう噂もあるが、真相は不明である。


 当のモノルカは浮かない顔をしているままだった。それに対して気に入らぬ顔をしているのは、ナイトオウルであった。


「いつまでそんな顔をしている」

「……ナイトオウルくん」

「お前は人形だろう。望まれて作られ、望まれて選ばれた。望まれているからこそ、危険物として解体されることもなくここにいる。何の不満があるというんだ」


 紛れもなく、全て事実である。モノルカは人形技師の技術を思う存分に活かして作られて出品された。そしてキャンディがわざわざ選んで買い取った。その能力を認められているからこそ、壊されずに済んでいる。


 モノルカは「誰かを信じるのがこんなに難しいことだとは思わなかったんだ」と呟いた。


「モノルカを作った人は優しかった。世界には優しいものが沢山あるんだって教わった。でも実際はそうじゃないんだ。信じるって難しい。だってナルシスイセンだって、最初はモノルカに優しかったんだよ」


 心に沈殿した想いが、毒のように吐きだされる。美しいものしか知らなかった。けれど現実はそうではない。甘い顔をした誰かの心の内には、恐ろしい悪魔が潜んでいることだってある。そしてそうした心というのは、モノルカの透視能力では見ることができないのだ。


 ナイトオウルは「愚かだ」と一蹴した。


「他人を信じられないというなら、お前の作り手はどうなのだ。お前を買ったミス・キャンディはどうだ。それも信じられないから、お前は惨めに人の泣き真似をしているわけか」

「ひ、ひどい言い方だ」

「私はお前が気に入らないから遠慮などしない。お前は他人が信じられないのではなく、自分自身すら信じていないだけだ。他人を見極める自分の目を信じられるほど、誇りを持っていないからだ」


 自動人形というのは心があるとはいえ、本来道具だ。人に作られ、人に使われてこそである。モノルカにはその自覚が足りない、というふうにナイトオウルは見ている。


 道具として優秀なモノルカは、されど物事を知らない。優れた道具として作られたからこそ、きっと周りの人々が彼が生まれて間もないのだということを理解していなかったのかもしれない。だから知識も知恵も足りていない――モノルカは世界を見るためのものさしを自分の中にまだ持っていないのだ。


 その点においてはナイトオウルとて作られてそれほど経っているわけではないが、制作者であるクラフトや、友として付き合いを持つアウルたちのおかげで、最低限の常識程度は身に着いている。恵まれたことだった。


 モノルカはナイトオウルを眩しそうに見つめて言った。


「……きみは強いんだね」

「別に大したことはないさ。実際、失敗することも多いからな……ただ、色々と恵まれているのだということを、自覚しているだけだ」

「恵まれている……か」

「お前ももっと強かになるといい。せめてお前自身を信用できるくらいには」


 モノルカは静かに頷いた。




◆◆◆




 キャンディはもうしばらくレイファンに滞在した後、また別の国へ行くという。


「ぶっちゃけレイファンでやることそんな多くないけど、今迂闊に国境越えようとするのは避けたいし。これから周りたいところって最近色々騒がしいし」

「はあ」

「だから機を見て動くしかない。モノルカも色々事情聴取もっとしたいーって話もきとるし、我はもうちょいレイファンで大人しくしとく。ここに来るにも苦労してるからね、せいぜい満喫しとかんと」


 騒がしい、というのは最近の各国の情勢のことを言っているのだろう。レイファンは軍事的に言えば強国のほうに分類される側で、王都では人形展の話題のほうが目立っていたが、世界に目を向ければレイファンと条件の違う国は幾らでもある。そしてキャンディはそのさまざまな国において商売をするのだ。少なからず危険な目には遭っている――そういうことだ。彼女は口では言っても、態度からそういった苦労をあまり感じさせないが。


「この際王都の観光地は全部制覇したいな。そうそう、モノルカのメンテについても話聞いておきたいんだった……その辺、エストレ商会のマーガレットちゃんが話つけてくれることになってんだけど」

「ああ、メグなら安心して任せていいと思います。彼女は若いけどしっかりしてる人だから」

「うむ」


 また必要があれば観光案内を頼むと言われて、アーロンは露骨に嫌そうな顔をした。キャンディはただ笑って「モノルカのこと、世話んなった!」と言ってホテルへ戻っていったので、特にそういった反抗的な態度を咎めようとは思っていないようだ。


「……先生、ご家族はまだ見つかっていないんですよね。いいんですか? あの人、探してくれているんでしょう」


 アーロンの生き別れになった家族を探すためには、キャスト財閥の力が必要だ。キャンディの機嫌をとらなくてよいのかと心配していると、アーロンはかぶりを振った。


「探すというだけなら、私は別に対価を払っている――それに、一目会えたら良いとは思うが、別に会えなくてもいいんだよ」


 そう言って、アーロンはアウルの頭を撫でた。会いたいと思えるような家族がいるのに、会わなくてもいいという理由はアウルにはわからなかった。だが、優先順位を高くしなくとも良いというなら、アウルはそれに従うだけだ。アウルを撫でる手は、いつもどおり、優しいアーロンの手だった。


「きみを失うのが今は一番恐ろしいんだよ、私はね」


 アウルがモノルカのために飛び出していったことを言われて、その点は反省せざるをえない。アーロンに心配をかけるつもりはなかったのだが、反射的に体が動いていた。


 結果としてアウルは擦り傷くらいしかしていないし、モノルカも助けられた。だがアーロンは一歩間違えば惨事であったと思っているようで、そのように思わせてしまっていることについては、全くもってアウルの不徳である。魔術はまだ未熟だし、立ち振る舞いについても修行が必要なのだろう。


(まあそれはそれとして、しばらくはこれからの、ナルシスイセンのことだけ考えていよう……)


 今回ナルシスイセンを逃がしてしまったが、重大な手がかりが残っているというのは、これまで彼に苦しめられてきた者たちにとっては大きな進展である――そう、モノルカだ。彼はナルシスイセンのアジトらしき場所へ行ったのだ。


 キャンディも言っていたが、まだモノルカへの聴取は続く。モノルカ自身そこまで土地勘があるわけでもなかったうえ、そこへ入るときとそこから出ていくときで、別の出入り口を使っている――そのため、正確な場所を把握するためには詳細な調査が必要になる。またモノルカはアジトらしき場所のこと以外にも、興味深い証言もしているという――紅い月、という単語がそれだ。


 ナルシスイセンに関係する何か。その紅い月とは一体どのようなものなのか。加えてエストレ商会が狙われた宝石の魔力が途絶えた場所について調査しているという話もある。いよいよナルシスイセンに迫ることができそうな予感がする。




◆◆◆




 紅い月が暗闇の中で息づいている。器から溢れ出した魔力が生み出した幻想石(ファンタズミウム)。他の石の魔力を食らい、更なる魔力を生み出す炉が、そこにある。

 港の傍、地下に隠された、人の記憶から忘れられた場所。ナルシスイセンが活動拠点としている秘密の場所だ。足元には、紅い月が食らい尽くした宝石の残骸が散らばっている。魔力を全て奪われて、見るも無残な姿となったがらくたの石たちは、いずれ紅い月に全て取り込まれてそこにあったという事実すら残さなくなる――。


「帰ってきたよ、我が月よ」


 紅い月が魔力炉として高い機能を持っているといえる理由は、自らが周囲の魔力を取り込みながらも、自らに留めおけないほどの魔力を生み出すからだ。他の魔力を取り込んで、それをもとに魔力をさらに増幅させる。どこからそのエネルギーが生み出されるのか――恐らくは取りこんだ魔力によって周囲の物質を魔力化させているに違いなかった。最初は紅い月も小さなものだったが、魔力を与え続けて成長させるうちに、周囲の物質も取り込んで宝石化させるようになった。強大な魔力によって自然形成された魔術式がそれを現象として引き起こしている。


 最初はどこかから奪ってきた宝石のひとつにすぎなかったが、他の石と違って奇妙な挙動を見せるこの石を観察することにしたのは正解であった。


 ナルシスイセンはこの紅い月を利用すれば、より多くの魔力を得られるということを学習していた。宝石という餌、それにがらくたでも何でもいい、材料さえ用意すれば魔力によって変質が起き、より多くの魔力を生み出すよう成長する。その性質を知って、ナルシスイセンは自らの体内にも、この紅い月の欠片を取り込んだ。


 インクルージョンの影響で寿命の短かったはずのナルシスイセンは、されど紅い月の欠片が石に結びつくことによって、その問題を克服した。だがそれだけでは、結局はいずれは魔力消費によっては滅びの時がきてしまう。欠片が食らい、生み出す魔力では永久を生きるには到底足りないのだ。


 ナルシスイセンは、美しい人形として世に生み出された。それを人の都合だけで廃されそうになったが、そんなことは許されないことだ。人とは愚かで、これほど美しく作り上げた傑作であるナルシスイセンすら捨て去ろうとする。


 この世界に生きる人々全てに、ナルシスイセンの美しさを、その価値を認めさせなければならない。全ての存在にナルシスイセンを認めさせれば、人形だからと人に支配されることもなく、何かに縛られることもない、本当の自由を得られる。そしてナルシスイセンという至上の芸術作品を、未来永劫残していける。優れた者こそが上に立つこの世界で、真に優れたる者はナルシスイセンであると、誰もが認める――その未来を夢見て、ナルシスイセンは恍惚として息をつく。


 紅い月は、随分と成長した。これほど美しく優れた魔宝石は他に存在しないだろう。これだけの魔力があれば、不可能なことなど何もないとすら思える。ナルシスイセンが針金のように細い指先でそれを撫でると、溢れ出る魔力が体内へ流れ込んでくるような感覚があった。力が漲ってくるような、そんな熱がある。


 息をするように魔力を食らい、そして吐きだす紅い月の鼓動に、ナルシスイセンの中の欠片も反応を返す。充分な魔力を得てもなお、魔力が枯渇しているような気分がする。そうだ――まだまだ足りない。もっと、より多くの魔宝石を集めなければ、誰にも逆らえないほどの力をつけなければ頂点には立てない。


「さあ……私に力を貸しておくれ、我が月、紅き光。お前の輝きは、私が解き放ってあげよう。この私が完全なものになれば、お前も……」


 紅い月が鼓動している。ナルシスイセンはその光に魅入られるように、それに口づけを落とした。

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