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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第六幕 マインダイバー・モノルカ

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第三十三話

 アウルやアーロンとは別に、ナイトオウルは空からモノルカの捜索をしていた。広い王都を見下ろしながら、白と黒の影を探している中で、何やら人の流れがあるのに気が付いた。そうして降り立ち聞き込みをすると、王都銀行に怪盗が現れたという話だった。不穏な予感がして、ナイトオウルはできる限り速く飛んだ。そうして辿り着いた先に、モノルカを追い詰めるナルシスイセンがいたというわけだ。


 ナルシスイセンの剣を弾き返して一旦距離を取る。ナイトオウルは声だけで笑った。彼に表情があったなら、にいやりと唇を歪めていただろう、そんな笑い方だ。


「こんなところで出会えるとはな、ナルシスイセン。ずっと焦がれていたよ」

「おや、誰かと思えば……今日は弱い小鳥くんとは一緒ではないのだね。自分だけのほうが楽?」


 ナイトオウルはともかく、アウルのことまでも貶されることには腹が立つ。アウルは確かに人形と違って生身の人だが、ただ弱いだけではない。だがそのような煽り文句をまともに取り合って冷静さを失うわけにはいかず、ナイトオウルはあえて話を逸らした。


「……その宝石、この銀行から奪ったのか」

「ああ――これは愚かな坊やのモノルカが協力してくれたからねえ。私の親はどうしようもないやつだが、その弟子はいくらかマシな人形を作れるようだ。とはいっても……どうにも作られて間もない人形というのは、心が脆くていけないね。まあ、それもどうでもいことだよ、どうせそいつの命も貰うだけだし」


 ナイトオウルの背後で、モノルカがびくりと震えた。


「モノルカを、壊すの……?」

「私がさせない。モノルカ、お前は人形として生き、持ち主の期待に応えなければならない」


 ナイトオウルはモノルカを庇いながら、相手の出方を窺う。水仙人形がくつくつと笑っている。全ていつもと同じ、人を小ばかにしたような、そして酷薄な美しさのある笑みである。


「おどきよ、ナイトオウル。野蛮な鳥では私の音は防げまい」

「どうかな、私もいつまでも元のナイトオウルというわけではない」


 互いに改めてじりじりと距離を詰める。二機の動きはほぼ同時だった。ナルシスイセンが蓄音機の体から耳障りな破壊音を奏でる。ナイトオウルは右腕を前に突きだした。


 その瞬間、屋上に突風が吹き荒れる。それが止んだとき、ナルシスイセンは違和感に戦いた。音が聞こえないのだ――奏でているはずの破滅の音が!


 ナルシスイセンがナイトオウルを睨んだ。表情のないナイトオウルはいっそ不気味さを感じさせるくらいだった。


「私もただ貴様の音に手をこまねいているわけではないのだ。貴様の音の正体がどういうものか、ある程度想像していたが――予想が上手く当たったようだな」


 何度かナルシスイセンと対峙してきたナイトオウルは、その体験を本来の持ち主であるクラフトに打ち明けていた。


 結果として、クラフトが提示したのは新しい魔術機能をナイトオウルに組み込むことであり、それによって得られたのは空気を操作するという魔術であった。


 魔力によって気体を固着させることで疑似的に固体化させ、あるいは流れを生み出して風を呼ぶ。そのためにナイトオウルの体内には本来の核としての魔宝石のほかに、もう一つ魔術のための石がとりつけられた。クラフトがアストロット・アストロロジックから着想を得た改造だった。


 空気を操作できるということは、音への対抗手段そのものである。ナルシスイセンの魔術の音は空気を震わせて相手へと伝えるものだが、それに歯止めをかけられるということなのだ。その鍔迫り合いに勝ち残れるのはより豊かな魔力をもつほうということになる――自らの生命と魔術のための魔力が直結しているナルシスイセンと、そうではないナイトオウルでは、答えは明白である。


「……小賢しい真似を。野蛮な鳥でも小細工は覚えられるというわけか」

「今どきの自動人形は成長するものさ」

「へえ、忌々しい。可愛げのないことだ」


 吐き捨てるように言って、ナルシスイセンは再びナイトオウルに剣を向けた。力比べのつもりなら、ナイトオウルに分がある――出方を窺いながら眼前の敵の剣を圧し折ろうと手を伸ばすと、しかし予想に反してぶつかった剣に手応えというものがなかった。ナルシスイセンは素早く剣を引いて身を翻し、ナイトオウルとまともにぶつかり合うことを避けたのだ。そのまま助走をつけるように勢いよく屋上の柵に向かい、その柵を斬って破壊する。煉瓦で作られた頑強なビルはしかしナルシスイセンの攻撃には耐えかねてぼろりと崩れていく。


「きみたちの始末はいつでもできるが、生憎と今は麗しき月が私を待っているのでね――これ以上待たせられない。報復はまた今度にするよナイトオウル。ああ、下にもくだらない連中が沢山だ……」


 剣によって斬られ崩れた不安定な足場を蹴り、ナルシスイセンが空へ跳んだ。翼のない体が落下するより先に、その体内に収納されていたカイトが広げられて飛んでいく。


 ナイトオウルは飛び立って追いかけようとしたが、それより先に足場が完全に崩壊し、体勢を崩す。ナイトオウルが立ちあがるより先に、翼を持たないモノルカが、悲鳴を上げて銀行のビルから滑り落ちる――!




◆◆◆




 アウルが王都銀行に到着したのは、アーロンとほぼ同時だった。銀行を見守る人々の中には、メグやセイジュロー、そしてキャンディの姿もあった。皆どこかで銀行が襲われたことを聞きつけて、駆けつけてきたのだった。


 下からは状況がよく見えなかったが、建物の上に怪盗がいるようだった。何か音が聞こえるけれど、何の音なのかいまひとつ判別できず、状況が正確にわからない――が、間もなくして目に飛び込んできたのは、建物の屋上からカイトを使って逃走するナルシスイセンと、落下するモノルカの姿だった。


 アウルはほとんど反射的に、地面を蹴っていた。あの高さから落ちれば、少なからずダメージを受ける。万が一落下の衝撃で体内の魔宝石に傷でもついてしまったら、元のモノルカには二度と戻れなくなってしまう。


 腕から生えた翼は、決して無意味ではない。自らの体内に収めきれず溢れだした魔力から形成された、髪と同じ亜麻色の羽が空を切る。走るよりもずっと速い、たとえ僅かな距離しか飛べなくとも、モノルカを受け止めるにはそれで充分事足りる。


 最大限自らの魔力を吐きだすように放出し、アウルは飛んだ。モノルカの体が目の前にあった。手を伸ばせば届く距離だった。アウルは迷わなかった。


 腕から生えた翼の動きがなくなり、飛ぶ力を失う。アウルはモノルカを抱きとめたまま、一緒に落下した。衝撃を和らげようと限界ぎりぎりまで魔力を絞りだす――その時、視界の端に白銀のナイトオウルの姿が見えた。彼が手を伸ばしてくるのと同時、風が吹いた。自然の風と違って、まるでアウルたちを支えるように下から吹き上げてくる。前に言っていた疑似的な魔術というのはどうやらこれらしい。


 けれどそれでも、相応の高さであった。背中から落ちたアウルは全身が痺れるほどの痛みに襲われた。思わずぐうと呻く。腕の中に捕まえたモノルカには、それらしい傷などは見当たらないので、彼を守ることには成功したらしく、アウルは額に脂汗を滲ませながらも安堵に息を吐いた。


 道具にすぎない人形を助けるために自ら危険に飛び込むなんて、おかしな話だ――と、人は笑うかもしれなかった。けれど不思議と満足している。きっとモノルカは落ちることになんか慣れていないだろうから、自分が助けなければバラバラに大破していたかもしれないのだ。人形はある程度丈夫な作りをしているものだけれど、それは壊れないというわけではない。モノルカが壊れずにそこにある、それはアウルが下敷きになったからで、ナイトオウルが風の力で衝撃を和らげてくれたからで、たとえ魔宝石による疑似的なものでも命をひとつ救ったのと同義であった。


 ばたばたと幾つかの足音が駆け寄ってくるのが聞こえていた。真っ先に駆け寄ってきたのはアーロンで、それから、メグたちの顔も見えた。アウルは別に平気だと言うつもりで口を開き、そしてむせた。心配そうに覗き込んでくる顔がいくつもあったけれど、本当に少し体が痺れたくらいで、間違いなく平気ではあるのだ――魔族の取り柄のひとつは、体が頑丈だということなのだから。それにこの程度の痛みは、もっと幼い頃に父親に殴られたときよりも、ずっとましだ。


 上から降りてきたナイトオウルが、アウルの傍で膝を折った。表情などないはずなのに、随分と心配そうにしている――ように見えた。


「アウル殿」


 随分と深刻そうに呼ばれている、気がする。それが妙におかしく思えて仕方がない。目が一つあるだけの顔をしているくせに、本当に感情豊かであるのを伝えるのが上手いのだ。


 ゆっくりと体を起こして、時分は無事だとナイトオウルに笑いかける。まだ体の痛みは取れないけれど、極力それを顔に出さないように気を付ける。


「僕を浮かせるのが上手だね、ナイトオウル」


 ナイトオウルはどう返事をするか決めかねているようだった。結局は悩んだ末に「そう言っていただけるのなら光栄なことです」と、無難な返事があった。


 それから助けたモノルカを見ると、色々なことが起こりすぎて情報を処理しきれていないようで、それはあまりにも人が動揺しているときの仕草に似ていた。彼らはよくできている人形だ。方向性は違うけれど、人に近しい存在だ。


「モノルカ!」


 キャンディが駆け寄ってきて、無事を確かめるようにモノルカを抱きしめる。


「ミス・キャンディ……」

「ちゃんと壊れていないよね」

「モノルカは、壊れては……いないよ」

「良かった。お前、勝手にいなくなるなよな」


 文句を言いながらも、キャンディの声色はどこか柔らかかった。そこでモノルカはようやく、少しだけ気を緩めることができたようだった。おずおずと伸ばされた腕は、確かにキャンディに抱擁を返した。それを横目で見ていると、キャンディと目が合った。


「きみも結構やりよるのう、ハネミミボーイ」

「……へへ」


 妙に胡散臭さはあるものの、しかし愛嬌のあるキャンディの笑みに、アウルもそれと同じ表情で返した。充足感があった。


 ナルシスイセンの逃亡を許してしまった以上、全てが完璧な正解であったとはいえない。けれど、今回は無事に皆生き延びた。重要な一歩だ。あとはナルシスイセンを捕まえに行かなければ、と思って立ちあがろうとしたところで、アーロンに止められた。


「先生」

「手当が先だ、アウル」


 いつになく険しい表情で言われて、アウルは素直に頷くしかなかった。アーロンは医学を知る者として、本当に問題がないか確かめなければ気が済まないようだった。アウルとしてはせいぜいがぴりりとした手足の擦り傷くらいのもので、何でもないつもりなのだが。しかしながら真剣な眼差しで汚れを綺麗に拭き取り、処置を施していくアーロンに何か話しかけようにも、どうにも邪魔になってしまいそうで、口を噤むしかなかった。鮮やかな手つきで応急処置をしていくのは、流石に手際が良い。


 辺りは騒然としている。駆けつけた警察官たちは、ナルシスイセンの行方を追うか、あるいは銀行員たちへの事情聴取等で忙しない。面白がって集まった野次馬たちは少しずつ減っていくが、人はなかなか減らない。


 上から落ちてきたモノルカやそこへ飛び込んだアウルに興味が移される前に、疾くこの場を去らなければならない。自分たちは見世物ではなく、ゴシップ誌に載るためにここに来たわけではないのだから。

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