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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第六幕 マインダイバー・モノルカ

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第三十話

 マインダイバー・モノルカは相当高価な人形であったようだが、それを一目惚れしたからと衝動買いできてしまうあたり、やはりキャンディは間違いなく大財閥キャストの総帥である。買い物ひとつにしても豪気だ。


 ナイトオウルはモノルカに対して、何か思うところがあるのか、沈黙を貫いている。モノルカはにこにこと愛嬌のある笑顔を振りまきながらキャンディの傍に控えている。


 見れば見るほど子供っぽい人形だが、人と近い肢体や動きを見るに、彼を作った技師もやはり人形展に作品を出すだけのことはある――といったところか。機能を人形の体にコンパクトに収める造形美もさることながら、それに大袈裟なほどの感情表現ができる機能を与えるあたりに、人形技師のこれでもかと技術を自慢したい気持ちが透けて見える。


 そういった技術面のことをどこまでわかっているのやら、キャンディは「どう使ったものかなあ」と悩んでいた。


「折角だから試しにホテルに置き去りにしてきたバイクでも修理させてみようかなあ」

「……ミス・キャンディ、あなた確か車に乗ってきていたのでは?」

「最初はバイクで国境超えてきてんけど、ちょーっと道が悪かったんかなあ、それとも無理しすぎたかなあ。王都についたらうんともすんとも言わなくなっちゃって」

「ではあの車は……」

「探偵社のやつ拝借してん。車屋行っても気に入るのなかったから仕方なく。でもまあまあ良い車だよね」


(気に入るのがあったら車も買っていた……?)


 比べ物にならない金持ちの感覚とは、アウルにはいまひとつ理解ができない。親しくしているメグのことですら理解しきれないのだからキャンディのことなどわかるはずもないが、完全にアウルが理解できる範疇を超えている。まったくわけがわからないまま、気が付けばキャンディとモノルカは「じゃあな!」とやたら威勢の良い別れの挨拶と共にユーウェル館を飛び出して、あの黒い車に乗り、颯爽と去っていった。その鮮やかさといったら嵐にも似ているが、上手く言葉として表しづらい。


 彼女らを見送るアーロンの顔はもっと言い表しづらいものだった。わかりやすく疲労していて、不満が滲むどころではなく溢れているような、けれどそれはキャンディに対してだけのものではない。アウルの直感だが、もっと別のものに対しての不満を、ぶつけようもなく持て余しているような――正確なところは全くわからないから、どういう顔なのかはっきり言い切れないけれど。


 三年も一緒に暮らしてきたが、たかが三年、知らぬ顔はまだまだ沢山あるということだろうか。人とはそもそもそういうものだ。特に気にしなくても良いだろう、とアウルは思った。嵐が過ぎ去って、気が向いたときにでも話してくれたら良い。その時はそう思っていた。


 翌日、仕事から離れられないアーロンの代理としてキャンディに王都中連れまわされ、思っていたこと全て頭から抜け落ちることになるとも知らず。




◆◆◆




 制作されてからさほど経っていないモノルカにとって、世界は初めて見るものばかりであった。主であるキャンディ・キャストの命令でバイクを修理した後は、彼女に連れられて探偵社を訪れ、備品の修理に励んでいた。


 物質を透かして見ることで、物質の構造を把握できる能力。さまざまな場面で、それは役に立てられる。


 モノルカを作った技師は、人形技師たちの間ではそこそこ名の通っているセイジュロー・セセラギに弟子入りしていたことがある。それゆえにモノルカの構造にも、セイジュローの技術が流用されている部分がある。


 それは例えば魔術式の書き方だったり、魔宝石の動力源としての一面を補うために、一般的によく使われる蒸気やサブの魔宝石でなく電気のエネルギーを扱うことだったりする。人形として誇らしく思えるほど精巧な動きができるのはそのためであり、機能をコンパクトに収めておけるのもこうした技術の進歩のおかげだ。


 出来の良いモノルカを気に入ったキャンディは、案内役にアーロンのところから借りてきた王都育ちのアウルを率いて、さまざまな場所にモノルカを連れていった。当然ながら見るもの全て新鮮であり、好奇心を刺激された。人の都市、人の作り上げたもの全てが面白くて愛おしい。庭先に植わった花々は愛らしく、汽車は雄々しく立派で、街は温かく賑わっている。


 キャンディにとっても目新しいものが多いのか、モノルカと一緒になって盛り上がる。あれは何か、これは何か。わからないことは聞けばアウルが答えてくれたし、彼が答えられなくても近くにいる誰かを捕まえて話を聞けばよかった。逆に彼らにわからないものだって、モノルカが透視して全貌を把握してしまえば、聞かされるのとはまた別の、語る楽しみというのもあった。


 案内役のアウルは、モノルカの能力について純粋に驚き、そして称賛してくれた。


「透視って、すごいな……何でも見えちゃうんだ。使い道多そうだね」

「そうとも、モノルカはものを透かして見るのは勿論、アウルくんから見えない遠くだって見えちゃうのさ。ものを直すだけじゃなくて、探し物も得意なの」


 自らの能力は誇れるものだ。アウルはそれを素直に聞いてくれたし、キャンディも素晴らしいと褒めてくれた。道端に落ちている銅貨一枚見つけることでさえ大盛り上がりだ。


 なんと充実した一日だろう。モノルカは思った。素晴らしい主にあたったと。よい人に出会ったと。何の疑いようもなく、あらゆることが上手くいくような、希望に満ちた未来を予感している。


 にこにこと笑って、キャンディは言った。


「お前ってホントよくできてるね」


 そう褒められることの、なんと甘美なことか!




◆◆◆




 ユーウェル館の警備室。人形展のための警備員たちや雇われの用心棒が常駐する。エストレ商会の者たちも、必要があれば此処へ来ている。マーガレット・エストレは今日、ここに来ていた。


 メグは近頃悩みが多い。悩み多き年頃だからというわけではなく、単純に、頭を悩ませるような事件が多いのだ。


 今回の悩みの種は、やはり白いカードだった。ただしこれはエストレ商会に直接届いたものではなく、エストレの顧客に届いたものだ。


 内容としては、いつもどおりというべきか、気取った書き方がしてある。檻に囚われたしずくを飲みに行く、とある。恐らくは金庫に隠してある大粒のアクアマリンのペンダントのことだろうという話だ。


「最近のナルシスイセンは随分焦っているみたいじゃないかしら。それとも精力的っていうのかしら?」


 宝石泥棒として名高いナルシスイセンだが、それにしても予告状の頻度が異常に多くはなかろうか。人形展のためにやってきた人形を既に二回も襲っているうえ、他の宝石にも興味を示しているらしい。良い宝石を奪おうとすれば、それがどこにあるのか調べなければならないが、その労力も並ならぬであろうに前回の事件からそう間もなく新たな予告状とは恐れ入る。


「ね、フェアファクス先生はどう思う?」


 メグは、テーブルの向こう側にいるアーロンに話しかけた。彼はメグによく付き合ってくれている。今日はアウルがいないのが残念ではあったけれど、代理としてナイトオウルが表を巡回してくれている。仕事上の不都合はなかった。


「マーガレット嬢は、それがこの人形展とも関係があるとお考えかな」

「ないとは言い切れなくてよ。この宝石、レイファンで一番厳重だといわれる王都銀行の金庫に保管されているの。たとえそこにあるとわかっていたとしても、ナルシスイセンの能力だけでは金庫破りは不可能よ。侵入できたとして、無数にある金庫のどれに宝石が入っているのかなんてわかりっこないわ」

「ナルシスイセンがまた他の人形をかどわかして利用すると」

「私の浅知恵ではそう考えているわよ。この人形展には、数多くの人形が集まっている。展示用のものも、売られるための商品も、本当に色々。二度もここを襲ったナルシスイセンなら、都合のいい人形に目星をつけているかもしれない。彼の口車に乗りそうな、都合の良い子をね」


 考えすぎだと思う? とメグが言うと、アーロンは「一理ある」と答えた。


「私でも同じことを考える。今回で使い捨てるかもしれないし、この後も相棒を利用し続けるかもしれない。ナルシスイセンの能力は音による催眠や破壊だが、銀行相手に盗みをやるなら囮役か、情報収集に長けた相棒を欲しがるだろう」

「覆面して強盗するなんてガラじゃなさそうだものね」


 ナルシスイセンの性格を考えれば、相手の警戒などすり抜けて目的のものをスマートに奪おうとするはずである。覆面強盗が目立たないとはいわないが、ナルシスイセンならばもっと別の手段を選ぶ。これまでもそうだった。数々のナルシスイセンについての報道や、自分たちの体験が証明している。


「マーガレット嬢はナルシスイセンが目をつけそうな人形に心当りは?」

「そうね――幾つか思い当たるわ。手先が器用な子とか、腕っ節が頼れるタイプとか……そういえば、昨日売れたマインダイバー・モノルカ、あれも使い方によっては金庫破りに便利かもしれないわね」


 モノルカは、セイジュローの弟子が制作したものだ。ナルシスイセンはセイジュローの人形であり、兄弟機であるコバルトブルームを破壊しようとしたことがあるのだから、僅かでも縁のある人形は注意が必要だった。


「マインダイバー・モノルカの能力は確か、透視でしたか」

「あら、ご存知なのね」

「ええ、あれを買ったのは他ならぬ私の知り合いです」


 それを聞いて、メグは意外に思った。


「先生がキャスト財閥と繋がりがあったなんて知らなかったわ。確かに探偵社はキャスト系列だけれど」


 レイファン王国ではエストレ家もそこそこ名の知れた家だが、世界のキャストには敵わない。いくらアーロンが探偵としてキャストの支配下にある探偵社に登録があるからといっても、まさかキャストのトップに立つ人物と親交があるなどとはなかなか想像がつかなかった。確かにアーロンは仕事上においては社交的な男だが、それにしても相手が大物すぎやしないか。


「仕事、と言っていいのか……まあ、ちょっとした縁がね、切るに切れない。何故か」

「……一体どういう知り合いなの?」


 知り合いだというわりには、あまり面白く思っていないような口ぶりだ。その辺りはメグにとっては特別重要というわけでもないので、追及は諦めることとする。


「まあなんでもいいけど、エストレとしてはうちの人形を悪事に使われるわけにはいかないのよ。あなたがミス・キャストの知り合いだっていうなら、モノルカのことはあなたに任せたいところよね。他の連中はまた別の人に頼めばいいことだけど」

「頼まれていたのはユーウェル館のことだけだ。それは契約範囲外になる」

「ここに小切手があるけど、いくらくらい出すのが妥当なのかしら」


 メグが紙切れをちらつかせると、アーロンは「気持ちをいただけるならやる気は出します」と言った。露骨ではあるが、誠意を見せるのには一番効果的な道具には違いなかったし、アーロンはその誠意を受け取ってくれるようだ。


「契約金に一割上乗せしてくれれば嬉しい。明日の夕飯に大きなステーキ肉が買える」

「ふうん、そんなものでいいの? 謙虚ね。実質的には別の仕事だから、倍になるかと思っていたわ。大っぴらにしづらい話でもあるし、ややこしいでしょ」

「元々高い金を貰ってる。それに一応私の知り合いだ。あの女のことは極力放っておく気でしたが、仕事とあらば真面目に取り組みましょう……アストロロジックの件もあるからな」

「私の思いつきが全部杞憂で済むことを願ってるわ」


 それならそれで、メグがただ金を使っただけという話で済む。ナルシスイセンが真っ直ぐに銀行の金庫を狙うような愚か者で、防衛を突破できずに捕まってしまうのならどんなに良いことか。だがあの狡猾な人形ならばそうしない――確信に近い予感だ。


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