表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第六幕 マインダイバー・モノルカ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/45

第二十九話

「随分身軽なことですね」とアーロンが言った。


 世界的な大財閥であるところのキャストのトップが、たった一人で此処へ来たというのは確かに身軽にも程があるだろう。


「こっちで新事業に手を出すか検討するための視察ってやつよ。ついでに観光的な」

「観光ねえ」

「ほらレイファンって自動人形は世界一な感じやん? 良い感じの人形があったら買ってこーかなーってさ。レイファンと言えばお前がいるし案内でも頼もうと思って」


 断るわけがないだろうと信じ切ったような、にこにことした笑顔でキャンディは言った。


「私は探偵ですが何でも屋というわけでは」

「ほいお土産」


 アーロンが受け取ろうとしないでいると、キャンディはアウルのほうにその紙袋に入れられたお土産(・・・)を差し出した。アウルは困惑しつつもそれを受け取り、ちらりと隙間から中を覗くと、ほんのりと光を放つキノコが入っていた。魔術薬を作るときに度々使うカガリビキノコだ。しかもかなり傘が大きい。レイファンでも採れるキノコとはいえ、これほどのものは滅多に見ない。


「海の向こうのゲエト産最高級カガリビキノコ採れたて新鮮。で、積もる話もあれんけど」

「……わかりました、お付き合いしましょう」


 渋々といった様子でアーロンは頷いた。魔術師としての一面もあるアーロンは、魔術品の素材となるものを差し出されて、それを跳ね除けられないのである。受け取ったのはアウルだが。


「アウル、ナイトオウルと一緒に東棟のほうから見回りを頼む。私はミス・キャンディを案内しながら周りを見ているから」

「はあ、わかりました」


 キャンディ・キャストと彼女を案内するために西側から回るというアーロンを見送る。キャンディは軽やかな足取りで、一方のアーロンは背中から哀愁が漂っているように見えた。アウルたちはただ言われたことをやるしかない。


「……アーロン先生にも苦手な人っているんだなあ」

「露骨でしたね」

「二人はどういう関係なんだろ」


 非常にインパクトのある女性ではあったが、少なくとも普通に言うところの友人とは違いそうだ。アーロンに探偵になることを勧めたというから、もっと親しい感じを想像していたのだが、アーロンがあれだけ彼らしからぬ失敗をするほど動揺していたのだからそんなはずはなかったか。そもそもアウル自身まともに友と呼べる相手は動物たちを除けば決して多くないので、友というものの基準がいまいちわかっていないが。


「そういえば、折角もらったキノコだけど、結構邪魔だね……」

「嵩張りますからね。私がお持ちしましょうか?」

「いや、重くはないからいいよ……いざというときナイトオウルが動くのに邪魔になったらそれこそ駄目なやつだ」


 アウルも以前よりは少しは成長しているつもりだけれど、それでもナイトオウルのほうが頼れる存在であるのは事実だった。


 ナイトオウルは「ご期待には応えます」と言った。本当に頼りがいのあることだ。




◆◆◆




「一人で行動するってのは楽でいいや。近頃周りの連中がうるさくて面倒やけど」


 彼女はそう言うが、その立場を思えば妥当なことではある。組織としてのキャストは巨大であり、それを統率する者がふらふらと一人で行動していては危険が多すぎるのだ。彼女の一言で平均的な人の一生で稼ぎきれないほどの金が動くことも珍しくない。


 その彼女が、あらゆる事情を考慮せずにたった一人で行動しているというのは、やはりおかしな話である。優れた魔族は自分の身を守れるだけの魔術を心得ているから、供はつけないことが多いとはいえ、彼女は人間の血を引くハーフだ。魔術において特別優れているわけでもない。


「一人でいるほうが目立たないってこともあるよ。堂々としてればわかんないもんだよ、まさかあのキャストが此処にいるわけないって気分になる。立ち回りを上手くやればよいのだ」


 面倒事は避けるに限る、とキャンディは語る。その点に関してはアーロンも同意するところだが、世界中のあらゆる金持ちの中でも上から数えたほうが早いキャンディの感覚が全く同じものとも思っていない。


 彼女とは切るに切れぬ縁がある。けれどどうにも合わない部分というのがあって、知らず知らず言葉はきついものとなる。


「……私を巻き込むのは面倒ではないのかな」


 尤もキャンディのほうは全く意に介した様子もない。


「同じ金髪と緑の目のヨシミ的な。それにレイファン人は好きだよ。人間交じりの我もわりと過ごしやすいし、飯が美味いし。昔食ったお前のスープはクソ辛かったけどな」

「本題を早く」

「せっかちかよこのハシバミめ。お前の家族の話だよ」

 キャンディが言った。


 それは、アーロンがかつてキャンディと交わした契約によるものだ。その昔、害獣に襲われて怪我をしたキャンディに、アーロンはハシバミの樹から害獣除けの魔術品を作って与え、魔術薬によってその傷を癒した。その対価として、キャンディはアーロンに情報提供を約束したのだ。知りたいと望むことを、キャスト財閥の力で調べ上げるという約束。


 アーロンが望んだもの――それは家族のことだ。ずっと前に、生き別れになったまま再会できていない両親と兄弟に関する情報。アーロンは僅かに目を見開いて、しかしあくまで冷静に「何か手がかりが見つかったのか」と対話を続ける。


「あまり良い報せというわけじゃないけど――お前の親は死んだ。正確には、とうに死んでいたよ。戦争から逃れた先で医療に従事して銅像になるほど活躍したそうだが、強盗に襲われて亡くなってんと」


 あくまで淡々と事実を述べるのを聞いて、アーロンは静かに目を伏せた。


「そう――か……両親は弟を連れていったはずだが、弟はどうなったかわかるか」

「さあ、弟クンのことまでは知らん。見つけた墓は二人分だけさ。あと、妹チャンの行く末はめっちゃ調べてんけど、色々船に乗って東に移動していたってことしかわからないや」


 今なおキャンディがこうして情報を届けてくるのは、契約が生きているからである。最初に作った魔術品や魔術薬の分はもう終わってしまっているけれど、その後も探偵社の会員となって働くことで、探偵社のデータベースを覗けるようになった。さらに定期的にキャスト財団の管理下にある病院に薬を納めることで、キャンディとの繋がりを維持している。彼女個人のことは苦手であっても、彼女の持つ情報網は、他の何者にも代えがたい。たとえ望む情報がなかなか得られないままであったとしてもだ。


「具体的な消息はわからないままということか……」


 だが、行方が知れないというのは、ある意味幸福なことかもしれない。少なくとも訃報が届かなければ、どこかで生きて幸せに暮らしていると信じていられる。


「妹チャンに関してはまだ調べようがありそうかもやけどな〜。いくら昔のことっつっても東のほうって言うと金髪が少ない地域が多いから、お前と同じ髪の色なら目立つやろ。東に行く船ってのもある程度絞れるし」

「……何かわかり次第、また連絡をください」

「ならまた魔術薬を頼むよー。ところでお前、もし弟クンや妹チャンが見つかったらどうすんの?」

「どうする、とは」

「家族を呼び戻すとか、お前が全部捨てて家族のところへ行くとか、色々あんじゃん。まあ、今のレイファンに呼び戻そうなんてのは思わないだろうけど」


 確かに、アーロンも一度は考えたことのあることだ。戦争の脅威から逃れるために、家族は散り散りになった。可能であれば家族でまた暮らしたいと思ったことも何度もある。再び戦争の影がちらついている今のレイファンでは駄目でも、どこか平和な地で、穏やかに暮らしていけたら。そんな希望を持たなかったわけではない。だが、それだけでもなかった。


「一目会いたいとは思いますが、何もかも捨ててしまうつもりはないし、私の居場所はこの国でなければならない。弟子もいるくらいですから」

「お前あの薄幸面クン相当気に入ってんな。珍しー」


 アウルのためにこの国にいる、というのはそんなにもおかしな話だったろうか。だが、彼女の言うとおり誰かを家族と同じように大切にしているのは、アーロンの人生においては確かに珍しいことかもしれなかった。だが、最早それが普通になってしまっている。アウルと共に暮らすことが、もう当たり前のことだった。


 アーロンの心情など知らないキャンディは、新しい展示を見つけては「おお」と声を上げて、きらきらと目を輝かせて見入っていた。解説を求められればアーロンは説明もした。軍にいた頃に人形の整備までやらされていたために、どういう仕組みで人形が動いているのか説明できてしまうのは、果たして良いことなのかどうなのか。


 しばらく進んだ先で、キャンディはある人形に目を留めた。水陸両用の、機械修理用の人形であった。それには値札がついている。売り物として置かれている人形だ――無論庶民に手の出る額ではないが、キャンディはそれをじっくりと観察してから、にやりと唇を歪めた。


「我、こいつ気に入ったなあ。うひひ」




◆◆◆




 アウルたちが見ているところでは、特にこれといって大きな事件はなかった。事件などないほうがいい。


 見回りを終えてユーウェル館の入り口へ戻ってくると、アーロンとキャンディ――の他にもう一つ影が増えていた。


 モノクロのすらりとした機体には、シャチのようなヒレらしきパーツがついている。背中にスクリューがついている辺り、水中でも活動できるようになっているらしい。身長はあまり大きくなく、未だ成長過程にあるアウルとさして変わらない。その人形の表情もどこか子供じみたところがあって、そういう風にデザインされているという感じがした。


 人形が、アウルのほうを向いた。こちらの存在に気がついて、その子供っぽい顔が笑顔の形に変わった。


「あーっあれだよね! アーロンくんの弟子ズ!」


 人形は跳ねるようにアウルたちに近寄ってきて、にこにこと愛想の良い笑顔を振りまいた。一体どういうことかと思いアーロンに視線を送ると、アーロンは無言のままさらにキャンディに視線を送った。キャンディは「我が買ったのだ」と言った。


「いやーやっぱ欲しいものは欲しいと思った時に買っとかんと、後でなくなると後悔するからね!」

「そこでキャッシュとはやはり金銭感覚がいかれていらっしゃる」

「うるせえ」


 キャンディがアーロンと些細な口喧嘩をする中で、人形はその愛嬌のある笑みを崩さぬまま、胸を張って自己紹介をした。


「マインダイバー・モノルカだよお。得意なことは透視、機械の壊れたところを見つけて直す専門家なんだ。よろしくねえー」


 にこにこ。アウルがこれまで出会った中でも、一番愛嬌があるのではないだろうか。あるいは、人と似ているというべきか。人形と人の違いをまるで感じさせないような朗らかさで笑う彼と握手しながら、アウルはその手が固いことに安堵を覚えた。間違いなく、これは人形である。


 外見からして見分けはつくのだけれども、自信を失いそうになるほど、モノルカの笑い方は人に近かった。態度もそうだ。このような砕けた感じの人形も存在するのだなあと新たな発見をした気分だ。


 ふと隣のナイトオウルを見上げると、彼の赤い目はじっとモノルカを見つめて――というより、睨んでいた。全く表情などない彼の顔だが、何か不満げなように感じられるのは、恐らくアウルの錯覚ではない。同じ人形として気に食わないところでもあるということだろうか。生真面目なナイトオウルだから、軽やかなモノルカは合わないのかもしれなかった。二機に挟まれるアウルは、複雑である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ