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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第一幕 ハーピィ・ハーピストル
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第一話

 老いの兆しが見え始めたオルタンス夫人は、しかし流行に敏い人で、猫好きとして名が通った魔族だった。

 いつも細い体を隠すように派手な色のドレスを着て、見るからに重そうな装飾だらけの帽子を被っているような、いわゆる金持ちの貴婦人だ。けれどそれがあまり嫌味にならないような、愛嬌のある笑顔をしている。若い男や子供を自分の息子と重ねて親身にする人で、アウルは彼女のことが嫌いではなかった。


 この日アウルは彼女の逃げた猫を探し出してくるという仕事を請け負っていた。


 魔族というのは尖った耳をしていて、人間より寿命がずっと長いものだ。オルタンス夫人はもう二百五十年は生きているという話で、魔力が多くないから三百年までは生きられるかわからないらしい。とはいってもまだまだ体が動かせないほど老いたわけでもなく、猫の脱走があるとすぐに大変な事件だと言って探偵事務所に駆けこんでくる。

 何度も似たようなことをしているのでもうすっかり慣れたもので、アウルはあっさりと探していた猫を見つけ、オルタンス夫人のもとへ連れていくことができた。最早事件ではなく日常の一幕だ。


「んもう、一体どこへ行ってたのミリィちゃん! 心配したのよお」


 そうやって猫に頬ずりするオルタンス夫人は、恐らくそういう過保護すぎるところが猫に嫌がられているのだろうがそれをわかっていないのだった。

 勿論、猫のほうもオルタンス夫人が本当に嫌というわけではないので、羽を伸ばせばきちんと帰ってくるのだから全く駄目ということでもないのだろう。アウルは迂闊に口を開いて彼女の機嫌を損ねたら怖いと、こういう場面では沈黙を貫いている。猫とは仲良しだけれど、自分の身も可愛いのだ。


「助かるわあ、報酬はいつもの口座に振りこんでおくから」

「ありがとうございます」

「そうだわ、さっきレモンパイを焼いたばかりなのよ。折角だから持っていきなさいな」


 遠慮なんかいらないのよ、と言われて押し付けられると、アウルはどうにも断れない。昔食べ物に困ったことを思い出してしまうこともあるが、一度彼女の作った菓子の美味しさを知ってしまったら嬉しさのほうが勝ってしまう。


「また何かあったらお願いするわね」

「今後ともご贔屓に」


 満足げな夫人に笑みを返して、アウルは帰路につく。蒸気自動車の乗り合いバスでエルド大通りまで行けば、探偵事務所は歩いてすぐだ。

 少し古くなったドアを開けようとすると、中から話し声が聞こえた。誰か客が来ているらしい――アウルは一つ息をついて気を引き締め、改めてドアノブを回す。


「ただいま戻りました」


 そう声をかけると、応接用のテーブルのほうから「おお、ちょうどいいところに帰ってきたな」と返事がある。アーロンだ。

 アウルが近づくと、アーロンに引っ張られて強制的にソファに座らされる。目の前にはこの国――レイファン王国の軍服を着た男が二人。

 一人は青年の姿だが、魔族というのは寿命が近づくまで歳をとらない種族なので正確なことはわからない。だが、筋骨隆々とした立派な体躯で、軍服に勲章らしきものがいくつかついているので、下っ端ということはないだろう。

 もう一方はまだ成人はしていないようで、年頃はアウルとそう変わらないように見える。それにしては落ち着いた雰囲気のある少年で、どこか冷たくも見えるのは表情に乏しい無機質さからか、軍服を着ているという威圧感からなのか。


「紹介しよう、私の弟子のアウル・アシュレイだ。今回の調査を手伝わせる」


 突然そう紹介されてアウルはどきりとした。たぶん何か依頼なのだろうとは思ったけれど、何も聞かされないまま引き込まれるとは思っていなかったからだ。

 アーロンは安心させるように微笑んで、軍人たちを親指で指して言う。


「アウル、こいつはオリヴァー・バーレット。私の旧い友人だ。それと、隣の彼はバーレットのお仲間のクラフトくんだよ」


 旧い友人、という言葉にアウルは緊張が解れるような気がしたが、だからといって気安く接することができるかと言われると否だった。直後に「オリヴァー・バーレットだ。王国軍での階級は中佐だ」と名乗られ、アウルとは全く馴染まないであろう存在だとわかってしまったからだ。

 声が震えないように気を付けながら「アウル・アシュレイです、よろしくお願いします」と手を差し出して握手をする。

 ごつごつとした男の手を握るというだけで異様なまでに気を張ってしまうが、仕方がない。中佐――佐官だ。数多の下士官とはわけが違う。今まで探偵社の仕事でもそれほど地位のある人からの依頼は受けたことがないのだ――知らないものはどうしたって気を張るのである。


「俺はクラフト・クレー」

「クラフトさん」

「そう硬くならなくても。もっと気軽な感じでいいよ。アウルくんの話は聞いてる。よろしく」


 バーレットの仲間だという少年――クラフトとも握手をするが、こちらとも打ち解けられる自信はあまりなかった。バーレットの部下、ということになるのだろうか――彼は言葉こそ軽いものの、あまり抑揚のない喋り方をする。表情も乏しく、何を考えているのか読めない。アウルは生き物の心を読む能力を持っているけれど、人の心はろくに読めたためしがないし、正直知らないままでいたい。

 だが、しかし、仕事であるというならばどんなに苦手意識があっても向き合わなければならない。


「あの、一体どういったご依頼なんです?」

「失せ物探しだよ」


 よくやっている探偵社の仕事と同じだよ、とアーロンは言った。クラフトはともかく、バーレットはあからさまに訝しげにアウルを眺めてきた。値踏みされている。

(仕方がないか、僕はアーロン先生じゃないし)

 依頼人からそういった目で見られることには慣れている。アウルは見た目が人からかけ離れていて怪物的だ。それは魔族としての才能の証でもあるが、だからといって未だ大人には程遠く、名声もなければ知古でもないアウルを信用してほしいというのは容易くない話だ。ならば信用は仕事ぶりで勝ち取るしかない。そのためにもまずは話を聞かなくては。


「一体何を失くされたんですか?」


 バーレットはむう、と唸って一枚の写真を取りだした。何でもない、よくある写真機で撮ったであろう白黒写真だ。



 ――そこに映っているのは、一機の自動人形オートマターだった。



 鎧を着た騎士に似ているが、なだらかな曲線を描く機体、整った顔立ちはどこか女性的だ。写真だけではわかりにくいが、肩のあたりから翼がつけられているようで、足も鳥のような鉤爪になっている。人のように立っているけれど、決して人ではないものだ。


「こいつはハーピィ・ハーピストル。我が軍で使われていた旧式兵器のうちの一機だ」

「旧式兵器……」


 写真の自動人形は美しい顔をしていたが、言われてみれば確かに、鎧のような装甲は飾り物にしては少しばかり厳つく、兵器として戦場に立っていてもおかしくないと思わせる。


「耐用年数に限界が来たから解体する手筈だったんだが、先日軍の倉庫から脱走してな。いくら自律型の自動人形とはいえ、こいつが武器を内蔵している以上放置できない。早急に見つけ出し、我々のもとへ届けてほしいんだ」


 失せ物探しというよりは人探しに近いような気もするが、ともかく、重要なことのようだ。しかも急ぎだという。


「この人形が行きそうな場所に心当りとか、手がかりとかはあるんでしょうか」

「いや……一週間前に急に姿を消したきりだ。戦闘がなければ基地から外へ出すことはほとんどなかったし、とんと見当がつかない。魔力不足を補うのに廃棄予定のくず石をいくつか持っていったようだが、それでもいつ機能停止するかわからん」


 バーレットが腕を組む。これといって調査の役に立ちそうな情報はない、ということだ。これはまた難しい依頼である。


「一応軍でも捜索はしているけど、あまり大事にすると世間に無用な混乱を招くから……」


 クラフトが言った。確かに危険性のあるものが逃げたとあっては不穏な話である。目立つほどに狙われやすくなるのだ。大っぴらに探すというわけにはいかないからこそ、こうして探偵事務所へ来たのだろう。


「本音は不祥事を隠したいだけ」

「クレー技術少尉、余計なことを言うな」

「そもそも警備体制を見直すべきじゃないか?」

「フェアファクス、言うな。言われずともわかっている」


 苦い顔をしながらごほん、と咳払いをして、バーレットは「何でもいいが、くれぐれも内密に! そして素早くだ」と言った。どこか疲れたような雰囲気があるのは、恐らくアウルの気のせいではないのだろう。何とはなしに、気苦労が絶えないのだろうと感じた。

 それから、バーレットは連絡先を書いたメモを寄越して、クラフトを引きずるようにして出ていった。バーレットの自宅の場所と、王国軍基地の事務室に繋がる電話番号のようだ。

「相変わらず忙しいやつだ」

 アーロンが呟く。呆れたように、しかしどこか親しみを感じる言い方だった。本当に昔馴染みなのだ、とアウルは思った。


 それにしても、自動人形探しとは。人のために作られた道具が、人のもとから逃げ出すということがあるとは想像もしたことがなかった。そして依頼人は、自動人形を取り戻したら解体するのだという。


「自動人形、って高価なものなんですよね? 壊してしまうなんて、ちょっともったいないですね」


 アウルが言うと、アーロンは「仕方がない」と首を振った。


「自動人形の動力源は魔宝石だが、魔力が尽きればただの人形だ。ハーピィ・ハーピストルの武器は魔力を弾丸に変換する魔術装置だから、他の飾り物と違って摩耗が激しいんだろうな。とはいえ兵器は兵器、力尽きてただの人形になったところを誰かに悪用されたら敵わんということさ」


 もしかすればもうすでに機能停止しているという可能性も否定できない。動かなくなった自動人形が盗人にでも見つかったら無事では済むまい。質に入れられるなら良いほうで、ジャンク品としてパーツごとに売られでもしたら、二度と写真のままの美しい姿では戻ってこないだろう。

 尤も解体される予定のものだから多少傷があろうと文句は出ないだろう。けれど、ものは武器を内蔵しているという。危険な兵器が犯罪者の手に渡りでもしたら、それこそ大問題だというわけだ。


「……アーロン先生、なんかハーピストルのこと詳しいですね?」


 アウルが抱いた疑問を素直に口にすると、アーロンは懐かしむように言った。


「前に一度腕が千切れたのを修理してやった覚えがある」


 それは果たして本当に医者の仕事だろうか、とアウルは首を傾げたが、前に何でもやらされたと言っていたのを思い出す。本当に何から何までできるようにさせられていたらしい。

 ――義手をつけるようなものだろうか。アウルには専門的な話はよくわからないが、それにしてもアーロンの仕事は医者として以外にも随分多かったようだ。

「ハーピストルか。真面目な性格をしている人形だったが……」

 どこか引っかかるところがあるのか、アーロンは顎のあたりを触りながら眉を寄せる。彼が何か考えるときによくやる癖だった。

「……まあ情報が少なすぎるか。ともかく、これはきみの仕事だ、アウル。私はいくつか薬の調合を頼まれているから、頼んだぞ」

「はい」

 仕事を任されたのはアーロンの忙しさのためもあるようだ。どうしても行き詰まるようなことがあればまたそのときに相談すればいい。


 かくしてアウルの自動人形探しが始まった。何も手がかりがないが、果たしてどうするか――そう考えながら、ふとテーブルに無造作に投げ出された新聞が目に入る。一面の記事は自動人形が宝石を盗んだという話題で、こういった犯罪からもハーピストルを守らなければならないとアウルは小さく溜息をついた。骨が折れそうだ。

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