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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第五幕 アストロット・アストロロジック

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第二十五話

「自分は替えが効く存在です」


 当たり前のことのように、アストロロジックは言う。


 彼は良くも悪くも人形らしい人形だった。自分が道具であるという意識が特に強いのだ。道具として生まれたのだから、道具として壊れるのが正しい在り方なのだと、そう信じていた。彼にとっては解体されることも予言のように破壊されることもあまり変わらないらしい。形あるものはいつか壊れる、それを地でいっているのだ。


 替えが効くと言っているのも、本気でそう思っているのだろう。そうでなければ、愛着を持って接していたメグに対して「新しいアストロロジックがいる」などと言えるはずがない。彼女にとってのアストロロジックが初号機ただその一機だけなのだいうのが彼にはわからないのだ。


 それを思うと、メグの行動は一方的で、その好意はあまり伝わっていないに違いなかった。アストロロジックの在り方は人形としてとても都合が良いものだが、割り切れずアストロロジックを想うメグは報われない。アウルが他人としてその姿を見ると、どうしても哀れだった。


 アウルとしてはただ仕事をするだけだ。予言は成就されるというが、やることはやらなければここにいる意味がない。


 ユーウェル館の中でも、アストロロジックの展示場所は西側の少し奥まったところにある。奥にあるからといって目立たないわけではなく、人が集まれるような広いスペースを確保してある。注目を浴びる人形だからこそ、人が集まっても平気なように場所の割り振りはされている。そもそも天文学の研究を世間に見せるという意味合いもあるために、蒸気機関の計算機や望遠鏡がかなりスペースを取るので広い場所でなければ置けないという問題もあった。


 近くには大きな窓と通気口がある。通路以外から来るとすればそこが特に注意してみるべきところか。かといってそればかりに注目して思わぬところから現れないとは限らない。屋敷の作りは既に調べてあらかた把握しているけれど、油断は禁物だ。アーロンには伝えて通路と外に警備の人員を割いているが、相手は人に対する攻撃手段を持ったナルシスイセンと思うと安心はしきれない。


 当のアーロンは警備員たちのリーダー役となっているようで、ナルシスイセンの動向に一番詳しいであろうセイジュローに相談をしながら、あれこれ指示を飛ばしている。誰にどこへ行けと指図する様子は一介の探偵とは思えないほど慣れているように見えた。軍医だった頃に部下を持っていたのだろうか。アウルはその辺りの詳細は知らない。


 いよいよ閉館の時間となり、人が失せる。外は暗くなり、窓から外を覗けば月が煌々と輝いている。


 ナイトオウルと共に、アウルはアストロロジックの傍にいた。アストロロジックは警備体制が厳重であることを心底不思議に思っているようで首を傾げていた。


「マーガレットも大袈裟ですね」

「大袈裟って……そんなことは」


 相手は数々の宝石を盗み名を馳せるナルシスイセンだ。予言を受けた末のこの警備体制も気を張りすぎているというほどではないだろう。


 それに、人形展は国のバックアップもあって大々的にやっているイベントなのだ。栄えある人形展を脅かすようなものがあったとして、それに屈するようではエストレ商会やレイファン王国の威信に関わるという面もある。アストロロジックそのもの以上に重要な点だ。メグの気持ちだけでなく、他の様々な利害が絡み合っているのだ。


「人とは難しいことを考えねばならぬ生き物なのですね」

「難しいことの研究を手伝ってるきみに言われるのは何か納得がいかないような」

「何を仰る、自分はあくまでも研究を円滑にするための道具にすぎません。自分が難解な理論を考えだすわけではない。それは人の役割であって、自分がやるべきことではありません。自分は星の観測をして、異界の存在を感知するために作られ、使いぬいてもらった。正しく人形として良い在り方だったと思います」

「あなたはもう過去のことと扱っているのだな」


 ナイトオウルが呟くように言った。アストロロジックは答えなかった。答えるまでもないことだった。どういった形であれ、終わりはもう見えている。


「次のアストロロジックも誇り高くあってほしいものです。自分よりずっと新しい技術を沢山使われて作られた人形ですから、活躍の場も多いことでしょう。存分に働いてもらわなければ」

「やっぱり道具として使われるのが一番幸せなのかい」

「当然です。そのように作られたものならば、そうあるべきです。無論、例外はあるでしょうが。自分とて例外的な使われ方をしたことはあります」


 本来の役割とは離れたことも、とアストロロジックは言った。例えばそれは研究員の子供の面倒を見ることだったり、外部へ向けた広報活動であったりしたという。元々はそのような目的はなく作られていたから、アストロロジックは違和感が強かったという。


「自分はあくまでも研究それ自体の進行を助けるためのツールであり、知識への案内役に過ぎません。確かに子守りや広報も研究員を助けるのかもしれませんが、それがやるべきことかといわれれば素直に肯定はできません。道具は正しく使っていただいてこその道具です」

「成る程……」

「そういう意味では、資料館の管理も、自分には向いていなかったかもしれません。知識の管理によって人々の助けになることはわかっていましたが、実際にやっていることはとても煩雑でしたから」

「そういうもんか……メグはきみのことをセンセイって呼んで慕ってたけど」

「問いには答えがなければ。ですが自分の本質は教師ではなく、むしろ図書の類に近いでしょう。実際、自分をセンセイなどと呼ぶのはマーガレットくらいのものです」

「――では、あなたはメグ嬢にそう呼ばれるのは不本意であったと?」


 ナイトオウルが問いかけた。道具として生まれ、道具として在ることに価値を見出しているアストロロジックに、それ以外の役割を与えるような言葉は煩わしいものであったのか。


 アストロロジックに表情は存在しない。ただあるがままに、彼は言った。




「適切ではない、とは思っていました」




 客のいない館に、その声はよく響いた。


 センセイなどと呼ばれるのは、正しくない。正しくない役割を押し付けるような呼び名であった。それをメグは何も知らないで、純粋な笑顔を浮かべながら呼ぶのだ。教えてセンセイ、と。


「自分はそのように呼ばれるほどの存在ではないのです。ただ――適切ではないけれど、悪いものでもなかった。それは自分の役割とは違っているはずなのに、ああ、本当に奇妙なことですが」


 何と表現していいかわからず、言葉を探るように彼は言った。静かに語るだけの言葉だったが、そこには確かに、心が感じられた。いかに無機質に見えようとも、魔宝石を宿す自動人形の彼には心がある――。


(でも、それがどういう気持ちなのかは、彼はわかっていないんだ)


 もう少し長く稼働していれば、そのうちわかるようになるかもしれない。けれど彼は近々解体されることが決まっていた存在だ。その前に砕かれるという予言もある。彼が本当の意味で心を知ることは、限られた時間の中では難しそうだった。


 奇妙な話だ。豊富な知識を持つはずのアストロロジックが、そんな簡単なことに気づけないでいるなどと。アウルにとっては学問の世界に身を置けるというだけで羨ましいくらいだが、隣の芝生は青く見えるという言葉もある。アウルが抱く羨望の裏に、もしかすれば、彼のほうにも気苦労があるのかもしれない。アウルにとっては当たり前のように感じ取れても、彼にはそれは容易くなかったのだ。


 その時だった。固いものを叩き割るときのような、あるいは無理に引き裂くような、耳障りな音がした――壁が壊されたのだ。そして次に聞こえてくるのは、ざらざらとしたノイズの交じった音色だった。破滅的なその音の羅列を、果たして音楽と呼んでよいものか。


 壁から現れたそれ(・・)は部屋を照らしていたシャンデリアを斬りつける。硝子製のそれは派手な音を立てて砕け散った。光源となっていた蝋燭の火が絨毯に燃え移ろうと燻っていたが、それを踏み潰して消し去る。その消える寸前の灯火の中に、アウルは人形の影を見た。鋭利な刃を持つそれは、忍び寄るように、されど素早く近づいてくる――!


「アストロロジック、さがれっ!」


 ナイトオウルの声が鋭さをもって響く。だが、ナイトオウルが影を捕まえようとした腕は空振りした。ひどく、耳に突き刺さるような音が続いている。ナイトオウルはその音に核たる魔宝石を揺らされて、正常に機能できないのだ。彼だけでなくアウルもまともに立っていられない――それは音そのものの痛みだけの話ではなく、音の中に隠された魔術的な機能によるものでもある。それを聴くだけで体が重くなり、重力に逆らうのが億劫になる。


 アウルはそれでもと体を動かして、アストロロジックを庇おうとした。ナイトオウルはそれに割り込もうとした。けれど変則的な動きをする影はアウルたちを嘲るようにけたけたと笑って、僅かな隙間をすり抜ける。


「ハハハ――愚図どもめ!」


 破滅的な音の暴力と高笑い。その中に、近づいてくる足音がいくつかある。他を見張っていたアーロンや警備員たち、そしてそこにはメグやセイジュローの姿も混ざっているが、やはり異様な旋律に阻まれて上手く近づけない。ただ、彼らの持ってきたランタンの光がその場を照らす。そんなものは一切気にも留めず、その影は、アストロロジックの胸に剣を突き刺した。


「――!」


 ずぶずぶと剣が深いところへいくにつれて、ブツリ、と何かが切れる。アストロロジックの中が壊されていく。アストロロジックは言葉もない。悲鳴すら上げる間もなく、発声機関さえも破壊されている。


「運命を他人任せにするようなやつに生きる価値はない――こいつはいただいていくよ」


 剣を突きさしたままの腕がアストロロジックの中を探る。そのまま、腕を引き抜くと同時に魔宝石を抉りだす。隕鉄とペリドットが複雑に絡み合って網目状になっているそれは、確かに魔宝石らしくない石のようであったが、間違いなく強い魔力を秘めていることが伝わってくる。直接触っているわけではないアウルでも感じ取れるほどなのだから相当だ。


 メグが膝をつきながらも、懐から宝石を取りだした。彼女が「穿て」と呟くと、手の中の宝石が閃光の矢となって真っ直ぐに敵へと向かい、その左肩に突き刺さった――かに見えた。


「邪魔をするなよ」


 物質化した矢は、届く前に止められていた。人形の右手が圧し折った光の矢は砂のように消えていく。メグの攻撃は、全く届いていなかった。


「そんな……!」

「未熟な魔術師風情が私を止めるなんてできないさ。それもこんなクズ石じゃあね」


 苦痛を呼ぶ調べが音を強くして響き渡る。メグが悲鳴を上げて倒れ伏すのもほとんど聞こえないほどの騒音だ。耳にナイフが突き刺さるようなひどさで、頭痛もすれば吐き気もする。


「貴様っ!」

「おっと、野蛮な鳥はもうしばらく地面に這い蹲っていてくれよ。小鳥くんと共にね」


 ナイトオウルが苦しみながらも手を伸ばそうとするのを跳ね除けて蹴り飛ばし、それはいっそ優雅とも言えるような足取りでその場を去っていく。周囲の者が苦しんでいる中で、ただそれだけが普通にしているということが、あまりにも異様な姿と言えた。


「ナルシスイセン」と名を呼んだのは、セイジュローの声だった。それは一度だけ振り返って、口許に美しい笑みを浮かべたが、終ぞ返事はしないままだった。


 音の凶器が聞こえなくなる頃、ようやくアウルたちはまともに動けるようになる。そしてそこに残された、無残なアストロロジックの姿を、目に焼き付けなければならなかった。


 予言に言われたとおりに、砕かれたアストロロジックの体を。

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