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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第五幕 アストロット・アストロロジック

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第二十四話

 アストロロジックが盗まれかけた――そのことを知ったメグは、翌日アウルとアーロンと共に彼を訪ねていた。


 メグはアストロロジックの姿を見るや否や、彼に駆け寄って抱き着いた。


「もうっ、心配したんだから!」


 アストロロジックはそれに対して驚くでもなく、どこか慣れた様子でメグの背中を宥めるように撫でた。


「自分はこのとおり無事ですよ」

「無事でなきゃ許さないわ、あなたはきちんと人形として満足のいく終わりを迎えなきゃいけないんだから」


 よかった、とメグが小さく呟いた。


「……あの、メグ、彼と仲が良いんだね」


 その空気に割って入るのには躊躇いはあったが、アウルはあえて聞いた。メグが昨日寂し気な目をしていた理由が、そこにあると思ったのだ。


 そして予感は当たっていた。


「アストロロジックは私のセンセイなの」

「人形が、先生――?」


 メグが頷いた。


「王立天文台にはね、資料館が併設されてるの」


 研究所としてだけではなく学習の場としても使われているのよ、とメグは語る。


「天文学や地学の本が中心だけど、外部の人でも自由に読んでいいようになっている。中には魔術書もあったわ。アストロロジックは研究をより円滑に行うためのツールとして作られた存在――資料館の管理も彼の役目だったわ。訪れた者たちの問いに答えるのも彼の役目。だからセンセイ」

「その役目は新しいアストロロジックが引き継ぎます」

「ええ、そうね、あなたはもうすぐ解体されるんだもの。あなたがいなくなるなんて、寂しいわね」

「新しいアストロロジックがいます」

「――あなたではないアストロロジックね、それは」


 すう、とメグは目を細めた。美しい彼女の微笑みは、けれど寂しさを滲ませて物悲しい。


 アストロロジックは、メグの言っていることの意味がわからないようだった。メグの感じている寂しさを、彼は理解していない。


 そろそろ予定されていた予言の時間だからと、アストロロジックを送りだして、アウルたちはただの見物客に戻る。


 予言の実験は抽選で選ばれた人の運命を見る。様子を窺っていると、年頃の娘や、母親に連れられて来た生まれたばかりの子供、年老いて痩せた男――抽選に当たった人々が、それぞれ二機のアストロロジックに未来の予言をされていた。初号機のほうは近い未来を、二号機のほうがより先のことだったり、詳細な内容を告げたりした。


「あれって当たるんでしょうか」


 占星術、というのがアウルにはぴんとこないのだ。星を見て何がわかるというのだろう。魔術のことはアーロンから教わっていることもあるけれど、占星術に関してはさっぱりだ。


 アウルにとって唯一と言っていい魔術の教師であるアーロンはむうと唸った。


「全く当たらないということはないだろうな。あまり私も専門の魔術ではないから何とも言い難いところがあるが……占星術は星の動きから異界の存在を計算するものだ」

「異界って?」

「普段私たちが暮らしているのとは違うところ、と言えばいいのか……時間の流れも、ものの在り方も違う世界があるということさ。いくつもの世界の層が重なっていて、私たちが通常知覚できるのはそのうちの一つだけだ。未来視のような魔術においては、そうした本来知覚できない異界を覗き込むことになる」

「あら、詳しいのね、フェアファクス先生」

「これでも魔術師の端くれなのでね」


 アーロンは口許だけで微笑んだ。


「あらゆる生物は、自らの魔力に少なからず影響を受ける。アウルの腕に羽があるのはわかりやすいか。そういった影響が、人の運命を決めている。異界を覗くことで、その運命の行く先を知ることができるというわけだ。色々とアプローチの手段があって、占星術はその一つというわけだな」

「ううん……よくわからないや」

「異界を覗く穴をこじ開けるだけならさして魔力が必要でもないというが、あまりアウル向きの魔術ではないな。きみの場合は何かに働きかける魔術よりも、自分の魔力そのもので事象を起こすほうが合っているだろう。本当は繊細な魔力操作の必要な薬草魔術もきみには合わないのだろうが、私もきみに教え切れるだけの技量がないからな」


 より良い指導をしてやりたいのだが、とアーロンは何か考え込むような仕草をする。アウルとしては薬草魔術も楽しいものだが、それだけではいけないのだろうか。アウルに合った魔術とは、一体どういうものだろう。一応飛行の訓練はしているが、それもまだきちんと飛べるわけでもない。


 メグはアウルに「本当に良い先生ね、大事になさいよ」と言った。それは当然だ、言われるまでもない。アウルにとってアーロンは生きる場所と手段を与えてくれた恩人なのだから。


 そうしている間にも、次々と予言が発表されていく。そうして最後に、二機のアストロロジックは、互いのことを予言した。


 初号機が語ったのは、二号機がこれから先偉大な発見をするのに貢献するということだった。人の目が集まる中で告げるにはちょうどいい話だ。予言として告げられたのだから、将来的に二号機が活躍することが約束されたも同然だ。二号機を作ることには意味があったのだと知らしめることにもなる。具体的にそれがいつになるのかはわからないままだけれど。


 そして、解体されることが約束されている初号機に対して、二号機は思いもよらぬことを告げた。




「アストロット・アストロロジックは砕かれる」




 一瞬、時が止まったような気分がした。会場の客たちが静まり返るのも無理はない。その予言の意味を咀嚼することができなかった。


 アストロロジックの管理者である天文台の研究員たちが、苦笑しながらフォローに回ろうとした。


「砕かれる、とは強い言葉を使うものだ。解体されることを言っているのだね」


 冗談だろうと笑う彼らに、アストロロジックは無慈悲にも「いいえ」と言った。


「前のアストロロジックは解体などされない。そうなる前に装甲を破られ、魔宝石を砕かれて消滅する」

「馬鹿な――そんなことがどうして起きるというんだ」


 二号機の不穏な台詞に、会場がざわつく。しかし二号機は予言を撤回しなかった。そしてその予言を告げられた初号機のほうも、まるで動揺する様子を見せない。ただ告げられた予言を受け入れている。近いうちに起こるその未来を。


 それと同時、ひゅんと風を切る音がした。


 矢だった。展示スペースの床に突き刺さってしなる矢に、穴の開いた白いカードが紐で結びつけられている。どこから飛んできたものなのか、当たりを警備員たちが探し出す中、一人の研究員がそのカードを手に取った。


 騒然とする会場で、混乱を治めようと係員たちが客を誘導し始める。徐々に人がいなくなっていく中で、アウルが隣にいるメグを見ると、彼女は青ざめ、元から白い肌からさらに色が失われていた。


 そんな状態でありながら、メグは迷いのない足取りで研究員のもとへ向かう。


「見せて」


 ただ一言、いっそ冷たく聞こえるような鋭さで、彼女は言った。研究員が差し出したカードを受け取って、彼女はそれを睨むように見つめる。アウルやアーロンもそれを覗き込むと、そこには「朽ちゆく彗星をいただきに上がる」と美しい字で書かれていた。彗星とは、アストロロジックの核となっている隕石のことを言っているのだ。


 名などなくとも差出人はわかりきっている。エコール・ナルシスイセン以外に、こんなものを出してくる相手はいないのだから。




◆◆◆




 怪盗からの予告状に対し、メグの父でありエストレ商会の会長でもあるアントニオ氏は、警備体制の強化に勤しんでいた。元々警備員以外にアーロンのような探偵も雇い入れていたが、新たに探偵や冒険者を増やしている。華々しい人形展が一挙に物々しくなるのは致し方ないというところか。アーロンはナルシスイセンへの対策を練るためにアントニオ氏に呼ばれ、他のメンバーと会議に出ている。ナルシスイセンの制作者であるセイジュローも呼ばれたようだ。


 メグはそんな父の行動に対し、呆れているようだった。曰く、全く無駄なことをしている、と。


「予言に言われたことを覆すことはできないわ。元からそうなるって決まっていることなんだもの。だからきっと、どれだけ努力を尽くしても、意味はないのよ」


 彼女の溜息には、諦めの感情が滲む。だが、言葉とは裏腹に、彼女は多忙の身であるクラフトに連絡をつけて、ナルシスイセンとの戦闘経験があるナイトオウルを借りていた。アストロロジックを守るためで、今は彼の傍にいる。意味はないと嘆きながら、それでも足掻こうとするのは、やはり彼女がアストロロジックに対して相応に執着心を持っているからだった。


「メグはアストロロジックが本当に大事なんだね」


 ええ、とメグは頷いた。


「――私、新しいことを知るのって好きよ。アストロロジックは沢山のことを教えてくれたわ。私たちが暮らしているこの星で一般的に使われている暦がどうやって作られたか知っていて? レイファンよりずっと南の大陸で、星の動きと地脈から星の魔力が噴き出す周期を調べて作り上げたそうよ。そして一日を二十五時間、一年を三百六十日と定めたの」

「へえ……そうなんだ、知らなかった」

「他にも色々教わったわ。世界地図を広げて、どこの国でどの季節にどんな星が見えるのかなんて話もしたわ。だけどアストロロジックは、この王都から出たことがなかった。全て本の知識なの。だから私、小さい頃にね、約束をしたのよ」

「約束って、どんな?」

「エストレの娘である以上、いつか大人になって世界中を旅して回ることになる。そうしたら、アストロロジックの知らない外の世界のことを、私が教えてあげるって。アストロロジックが教えてくれた世界のことが本当なのかどうか、この目で確かめてくるんだって」

「素敵な夢だ」

「希望に満ちた明日を夢見てるのよ、いつだって」


 懐かしそうに語るメグは、その思い出を本当に愛しているのだろう。目尻が下がって柔らかい表情のまま、楽しそうに話す。聞いているアウルのほうまで伝わってくるような気分がする。


「でも、旅に出るより先にアストロロジックは解体されることが決まってしまった。いえ、本当はずっと前からそうなるって決まっていたのに、私が知らなかっただけね。自動人形には耐用年数がある。それを過ぎたら事故が起きないよう、解体されなければならない」

「……そっか。それって何だか寂しいね」


 幼き日のメグの約束は、決して果たされることがない。その事実を知ったとき、メグはきっと悔しい思いをしたに違いなかった。悔しくて、けれどどうしようもなく、受け入れるしかない。交わした約束は決して果たされること自体が約束されているわけではないのだということを、彼女は知らねばならなかったのだ。


「せめて、彼が望む終わりを祝福してあげたい――そう思っていたわ。魔宝石が暴走したり、不意の故障で事故を起こす前に解体されて、新しい人形へ生まれ変わる。それが彼の望みなら、私はそれを見守りたかった。彼がそれを正しい終わり方だと信じているなら、そうさせてあげたい。でも予言はそれを無理だと言うわ」


 そして、ナルシスイセンからの予告状ときた。メグの祈りなどまるで無視して、アストロロジックには危機が迫っている。


 メグは他の係員に呼ばれ、アーロンが出ている会議に参加するよう促されて行ってしまった。残されたアウルは、ナイトオウルとアストロロジックのもとへ行く。


 表情を作ることができない構造の顔をしているアストロロジックが何を考えているかは、非常にわかりづらい。ナイトオウル同様に表情というものがないというのは、案外不便だ。けれどナルシスイセンの予告や、そうでなくとも解体されるということが恐ろしくないのか。アウルがそれを問うと、アストロロジックは首を横に振った。


「いずれ壊れるのは同じことです。なるようにしかなりませんので」


 当たり前のことのように、アストロロジックは言った。その声色から、何の疑問もないのだということは、アウルとて容易に悟ることができた。

挿絵(By みてみん)

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