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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第四幕 マグナッツ・コバルトブルーム

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第二十話

 いよいよ人形展の開催が数日後という頃にもなれば、ユーウェル館もいっそう忙しない。相変わらずセイジュローは飄々とした態度でいるわりにどこか気難しいところがあって、コバルトブルームが補佐に回る日々だった。


 アウルにできることは少なかったが、それでもセイジュローから見れば怪物的な外見をしたアウルは、インスピレーションを得るきっかけにもなったようで、何かと話をして構ってくれた。話が弾んで作業が中断する度にコバルトブルームやメグが進捗を確認しに来るので、何も進まないということはなかった。アウルとしては本来の探偵としての役割も果たさなければならないので、セイジュローから話を聞きだしつつ、日々状況が変わっていくユーウェル館のことをアーロンに報告している。


 そして、人形展開催の三日前。この日、アウルがユーウェル館を訪れると、メグとセイジュローが何やら深刻な顔をしていた。


「何かあったの?」


 メグは「予告状よ――いえ、行動した後だから、報告と言うべきかしら――どちらでもいいけど、とにかく、ナルシスイセンのカードがきたのよ」と白い封筒を取りだして言った。


「ちょうどフェアファクス先生やアウルくんにも連絡を入れようと思っていたところだったの。これを見て」


 シンプルなカードに、綺麗すぎる文字が並ぶ。恐ろしくすっきりとしたそれは、いつものナルシスイセンの予告状に間違いない。アウルはそれを読み上げた。


「青き花は芽吹かない、全て枯れる前に種はもらっていく……」

「今朝からコバルトブルームの姿が見えないんだ」


 セイジュローが言った。青き花とは青い色をしたコバルトブルームのことを言うのであれば、彼の身に何かあったことは想像に難くない。


「コバルトブルームがどこかへ出かけているだけならいいのだけど……手がかりらしいものもなくて。ナルシスイセンの事件だから、軍のほうにも通報はしているのだけど」


 数々の宝石を盗んでは話題に上がるナルシスイセンは良くも悪くも注目の的である。本来なら警察が動くところで、事実動いていることは確かだが、そこに軍が絡んでくるのはかつてのハーピストルやドラクリヤの事件があったからである。


 間もなくして、やってきたのは軍服を着込んだクラフトと、その連れのナイトオウルだった。


「どういう人選なのかしら」

「人形関係のことは、人形に理解のあるやつにさせたほうがいいとかいう上のお達しだ。俺ときみの親交のこともあるし」

「そう、何でもいいけど……ナルシスイセンがどういう行動を取るものか、そっちは分析が進んでいるの?」

「派手なことをするとか宝石を狙うものだとか、あとは口が上手いってことくらいだよ」

「クラフト、ナルシスイセンと話したことあるの?」

「ハーピストルに聞いた。俺の仕事はそっちのほうのケアもあるから」


 それを聞いて納得だ。ハーピストルが廃棄されずに済んだのは、武器を捨てて、軍への協力を約束しているからだ。その中でナルシスイセンに関する聞き取りが行われているのは何ら不思議なことではない。


 さて、当事者であるセイジュローはひどく焦燥した様子だった。恐らくは彼にとって一番の助手であったであろうコバルトブルームが傍にいない、それが不安を呼ぶのだ。


「通報はしたといっても、実際、コバルトブルームがどうなったかなんて、何もヒントがないんですよ。俺は作り手だが、それでもわからない。ナルシスイセンはコバルトブルームを盗んで何をしようってんだか――」


 人形展に飾られるためにやってくる人形は数多くいて、コバルトブルームはその展示品ではない。他にもっと豪奢で美しい人形は山といる。それなのに、あえてコバルトブルームを選んで盗み出す理由は何なのか。


「……たぶん、だけど、ナルシスイセンはコバルトブルームを壊さなくていい理由があるんじゃないかな。だからそのまま連れていったのかも」


 アウルが呟くように言うと、メグが考え込むように親指を爪を噛みながら頷いた。


「そうね、今まで宝石ばかり盗んできたのだから、狙うならコバルトブルームの魔宝石だけでいいはずよ。コバルトブルームという人形の体は邪魔なだけだわ。無理矢理に宝石を盗み出そうとするのなら、宝石を抉りとってしまって、人形の体は此処に置いていくほうが楽だもの」

「コバルトブルームの宝石以外に何か理由が?」

「さあ、それはわかりませんが。たとえ宝石が目当てだとしても、ここに人形が捨てられていないんだから、まだ壊されていないかもしれない」

「僕が探します、アーロン先生にも伝えますから」とアウルが宣言すると、横からクラフトが口を挟む。

「あ、それじゃあナイトオウル、お前もアウルくんを手伝いたまえ。ナルシスイセンが相手となれば何をしてくるかわからないしね。俺は当事者の聴取をする」

 ナイトオウルが頷いた。アウルにとっては頼りがいのある仲間が増えるのはありがたい。


「だが、手がかりなんて何もないんですよ。どうやって探すってんです」

「難しいかもしれませんけど――やれるだけはやってみせますから。少しだけ待っていてほしいんです、セイジュローさん」

 調べものと推理は探偵の領分である。探し物は探偵の助手としての、アウルの領分だ。




◆◆◆




 アウルはまずアーロンにことの次第を伝えた。協力してコバルトブルームを探すためだ。


「では、アウルとナイトオウルは思い当たる場所を探すように。そう遠くへは行っていないだろう」

「わかるんですか?」

「魔宝石の魔力を無駄に使うようなことを、恐らくだが、ナルシスイセンは好まない。魔宝石を集めているのなら、その魔力が必要以上に失われてはいけないからだ。人形は魔力を消費して動くものだ。だから遠くには行っていないんじゃないか」

「成る程……」

「コバルトブルームは磁力を操ると聞いた。その能力が目当てという可能性も捨てきれないが――ともかくだ、私はきみより顔が利く相手が多いから、知っていそうな連中に聞き込みをしよう。いやまさか、人形展が始まる前から騒ぎが起こるとは思わなかったがね」


 そういったことにはアーロンのほうが慣れている。互いに得意な分野で探すほうが良いのだ。アーロンのほうは任せてしまうとして、アウルはナイトオウルと共に港のほうへ向かう。


 広い王都を探すうえでは、アウルの友の力を借りるのが一番手っ取り早く、そして確実な手段であった。前からそうしているように、パン屑を撒いて猫や烏たちを呼び集め、探し物を手伝ってもらうのだ。


「動物たちはコバルトブルームを見つけられるでしょうか」

「ナルシスイセンだって動物にまでは目を向けないと思う。動物はナルシスイセンの見た目にも行動にも興味を持たないから」

「ナルシスイセンは人や人形にしか目を向けないと?」

「何となくだけど、そういう感覚はある。さてみんな、誰か青い人形か、音を鳴らす花みたいな人形を見たやつはいないの?」


 アウルが集まった動物たちに問いかけると、意外にも反応があった。ユーウェル館の傍でそれらしき二機の人形を見かけたという烏がいたのだ。


 それは烏一羽だけの話ではなかった。この港の近くで見かけたという猫や鼠もいて、それはつい先程のことであった。そして、その二機の間に争うような様子はなかったというのだ。


「コバルトブルームは抵抗していないのか……」

「まだこの近くにいるのかもしれませんね。探しましょう」


 動物たちの証言から、近くの路地を捜索する。建物の影になって薄暗い路地を覗き、迷路のように複雑な道を進む。蒸気を送るためのパイプが剥き出しになったところからは熱が溢れ出していて、迂闊に触れば火傷しそうだ。危険な場所を避けながら、細い道を通り抜けていく。


 そしていよいよ、アウルたちは青い後ろ姿を見つけた。余計な装飾が一切ない、完全なる道具として生まれてきたマグナッツ・コバルトブルームと、華やかな美しさを持つエコール・ナルシスイセンが向き合って何か話をしているところを――。




◆◆◆




 アウルたちが港の動物たちの証言を聞いて捜索をしているのと同じころ、アーロンはユーウェル館の会場準備に関わった人々に聞き込みをして回っていた。被害者という立ち位置であるセイジュローやメグのほうはクラフトが話を聞いているところなので、それ以外がアーロンの行くべきところだ。


 誰もがコバルトブルームの特徴を覚えていた。それはコバルトブルームが他の人形たちと違って、美しい外見を意識して作られていないからだ。道具である、そのためだけに作られた人形であるというのは、嗜好品としての人形を作る技師たちにとっては変わり種のように見えるのだろう。元々は道具として誕生したはずの存在が道具らしくしているのがおかしいとは、世の中も変わったものだ。


 証言を取りまとめると、コバルトブルームが自主的にナルシスイセンについていったように見えた、というものが多かった。何らかの理由があってコバルトブルームがナルシスイセンに協力しているのではないか、と考えられるような証言ばかりある中で、それに異を唱える者もいた――ハーピィ・ハーピストルである。


 教会の仲間たちと共に会場設営を手伝いに来ていた彼女は、コバルトブルームと親交を得ていた。そして彼女はかつて、ナルシスイセンに誘われて脱走した経験がある。


 人形同士思うところがあるのだろう、ハーピストルが語る言葉には熱が籠っている。


「わたくしは知っている、やつは心の隙に付け込むのが上手いのだ。コバルトブルームも、きっとそうなのだと思う。あれは悪い人形ではない。ナルシスイセンの悪事に何も考えず賛同するようなものではない」

「そう言い切れる根拠は?」

「わたくしがそう信じている、というだけではいけないだろうか。僅かな期間だけれど、コバルトブルームの仕事ぶりを間近で見ているし、話もした。それでは……いけませんか」

「――いや、貴重な意見をありがとう」


 さまざまな視点から見た情報こそが、真実の形に近しいものだ。あらかた聞きたいことは聞き終えた。アーロンが情報を整理しようと思考に没頭しそうになったとき、ハーピストルが言った。


「我々人形は人に作られた存在だ。人に似ているけれど決して人になれないし、完璧な存在にもなれない。わたくしたちが不完全であるということを忘れないでほしい」


「――わかっているよ、ハーピストル。人ですら欠けたところがあるものだ。人が作ったお前たちに傷がないはずもなかろうよ」


 たとえどんな腕利きの作品であったとしても。魔宝石に魔術式を刻みつけることも、完璧に研究し尽くされているとは言えないのだ。だからこそ思考回路のロジックに穴ができるという現象が発生し、人の予測しえない感情を人形が持つことになる。


「もし、コバルトブルームが傷ついていたら、彼にも救いの手を差し伸べていただけないか」


 ハーピストルが言った。かつて軍にいた頃に、アーロンが人形の修理もやっていたことを言っているのだ。最近もアーロンとアウルが共同でハーピストルの命を繋いだところだが、アーロンは首を横に振った。


「そこは元々私の領分ではない。ここには作り手のセイジュロー殿がいる。詳しい話はまだ聞いていないが、彼はどうやらコバルトブルームには思い入れが深いようだからな」

「……そう、ですね。それもそうです」

「それに、コバルトブルームにはきみという友人もいるだろう」


 体の傷はセイジュローが直せばよい。心に傷があれば、ハーピストルの出番であろう。親しい間柄となったのであれば。


 彼女は深く頷いた。

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