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きみの黄泉路に花はない  作者: 味醂味林檎
第四幕 マグナッツ・コバルトブルーム

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第十八話

 セイジュローは遠く東の異国、ヒノモト帝国の出身なのだという。そこは海に囲まれた島国で、人間と魔族が手を取り合って暮らしているのだそうだ。


 流暢なレイファン語は、アウルが普段話しているのと発音もほとんど変わらないように聞こえた。尤もアウル自身も少しばかり訛っているので正確さには自信はないけれども、それでもセイジュローはまるでレイファンで生まれ育ったかのような慣れ(・・)を感じる。


「こちらへ来てもう五年になりますからなあ。周りに母国語の通じるやつがいないと、自然とそうなりますよって。人形だって、レイファン語が喋れないと売れませんしねえ」


 切羽詰まったらできるようになるもんです、と彼は笑った。どことなく苦労が滲み出ているように感じられるのは、彼がそれなりに苦労してきたということかもしれない。


 何せレイファンには人間がいないわけではないとはいえ、魔族がめっぽう多い。セイジュローの故郷にも魔族がいたというが、人間の少ないこの国ではそこまで種族の違いに理解が深まっているわけではない。


 つまり言葉の壁だけでなく、人種の違いでも何かしらの障害があっておかしくはないのだ。魔族同士ですら、アウルのように体が変質したものとそうでないものの間には感覚の違いがあるのだ――完全に魔族の常識だけで動いているこの国で、人間のセイジュローが馴染むには、やはり相応に労を要したに違いない。


 彼は何でもないような顔をして、メグと共に会場を案内してくれた。


 会場はエストレ商会が保有する王都の東南地区にあるユーウェル館という建物であった。わざわざ人形展のために建設されたもので、人形展が終わった後も広いホールを貸し出したり、美術品の展示などを行って活用していく予定になっているそうだ。王国との連携もあり、国立の施設でフォローしきれない文化活動をこのユーウェル館で補うようになっているのだとか。その辺りアウルには小難しく聞こえる話だったが、メグ曰く経営戦略の一つということらしい。


 セイジュローは人形展に向けて、展示する人形や魔法石のサンプルの準備のために此処ユーウェル館へ来ているのだという。あれもこれもそうだとセイジュローが言う会場内に運ばれてきている荷物は随分と多かった。


「まさかこれを全部一人で?」


 人と同じかそれ以上に大きいような荷物もある。アウルが問うと、セイジュローは「まさか」と笑った。


「俺は人形技師ですからねえ、力仕事は人形にさせますよ。今はちょいとゴミ捨てに行ってるが……ああ、ちょうど戻ってきた。おうい、コバルトブルーム」


 セイジュローが大きく手を振って呼ぶと、視線の先にいた人形が近づいてきた。


「何かご用命でも?」


 鮮やかな青の機体は、しかしシンプルだった。いっそ無骨と言ってもいい。余計な装飾というものは一切なく、特徴といったら右手がペンチのようになっていることとと、頭の形状がアーモンドの種に似ていることくらいだ。


 セイジュローはその人形を隣に立たせる。人形のほうがいくらか背が高かったが、セイジュローは成人男性にしては小柄なほうで、人形が平均的というべきだろう。


「紹介しよう。俺の助手、マグナッツ・コバルトブルームだ」


 人形――コバルトブルームは、アウルたちを一瞥して「どうも」とだけ言った。


「こいつは人形展には展示しませんがね、技術としては凝ってるほうなのさ。魔宝石に蒸気を組み合わせる人形は多いが、コバルトブルームは電力を使って磁力を操る機能を持っている。ゴミの仕分けに便利なんですよ」

「能力の使い道は他にもありそうだが……優秀そうだ。それなのに展示をしないのか。折角の人形だというのに」


 アーロンが言った。コバルトブルームはアーロンと目が合って、首を横に振った。


「私はあまり展示品には向かないので」


 それに関して、メグが補足する。


「コバルトブルームはセイジュローの趣味の産物なの。私は良い趣味してると思うけど、パパは華やかじゃないとダメっていうのよ。世間的には美しくない、洗練されていない見た目の人形は人気がないから」

「趣味じゃないですよ、仕事上都合の良い道具が必要だから使いやすいように作っただけです。世間に売りさばくお飾りとして作っちゃいないんですよ、こいつは。そもそも自動人形は道具だ、道具に見た目なんかどうでもいいんです」

「セイジュロー、それ、パパの前では言っちゃダメよ。世間では人形たちをそういう風に見ない人も多いんだから」


 とうのコバルトブルームは「どうでもいいことです」と自分の美醜には興味がなさそうだ。アウルから見れば決して醜いわけではないが、確かに他の人形たちを思うとコバルトブルームは地味だ。人形展という大きな舞台においては、人の目を引くものでなければいけない――その点では、コバルトブルームには向いていない、そういうことなのだろう。セイジュローの人形は、展示のために用意された、もっと華やかなものが飾られる。それだけのことだ。


 コバルトブルームは引き続き準備や片付けの続きをするという。


「ただ、マスターにしかわからぬ品もあります。お客人のご案内も大切でしょうが、私としては次に作業を進めるためにマスターの指示を仰ぎたいのですが」

「あら、ごめんなさい。アウルくんたちの案内は私がするから、セイジュローのことは連れていっていいわよ」

「会場設営なんか気が滅入りますよ、俺にはもっと息抜きが必要だ」

「何言ってるの、もう充分でしょ。あなたがいないと滞るそうだから、さあ行った行った。ちゃんと給料分は働きなさいよね」

「メグお嬢さんは厳しいねえ、お父上ほどではないですけど」

「マスター、早く行くぞ。それではお嬢様、お客人方、失礼する」


 そうして、コバルトブルームはセイジュローをなかば引きずるようにして連れていった。傍から見ると立場が逆転しているようにも見えるが、険悪な様子でないのでそれもまた間違いというわけではないのだろう。どうもどこか緩いセイジュローの代わりに、人形のほうがしっかりしているという風にも見えた。


 それから後は、メグに会場を案内される。場所のことはよくわかっておいたほうがいいのだ。万が一何かあったとしても、そのときにここのことを知っていると知らないのとではできる対応が変わってくる。


 セイジュローの他にも、人形技師たちが自分のスペースを整理しているのがちらほらと見えた。あとはエストレ商会の用意したスタッフだとか、国をあげての一大イベントだからとボランティアで設営に協力している者たちもいる。


 そうして会場内を見て回っているとき、アウルは庭園のほうにいたある集団に目がいった。大人や子供、それに人形も混ざって、一見何の繋がりもなさそうな集団だったが、よくよく観察してみれば皆ある一人の指示に従って動いている。その一人に、そして彼に従う人形に、アウルは見覚えがあった。


「知り合いでもいたか?」

「はい、先生。ちょっと挨拶してきていいですか?」

「ああ、いってこい」


 アーロンがメグの説明を受けている間に、アウルは彼らに近づいて声をかけた。


「ハーピストル、カリタス神父」


 呼びかけに気がついて彼らが振り返る。そしてアウルの姿を認めて朗らかに微笑んでくれた。


「やあ、きみは……アウルくんといったね」

「アウルくん、しばらくぶりだ。きみも人形展の準備を手伝いに?」


 ハーピストルに問われて、アウルは「似たような感じかなあ」と曖昧に答えた。準備を手伝いに来たというわけではないのだが、警備の準備という意味では間違いとも言い切れない。


 ハーピストルは相変わらず美しい女性的な姿をしていて、翼もそのまま、見た目は何一つ変わっていない。だがその体に内蔵されていた武器になりうるものは全て取り除かれている。本来作られた目的とは歪んでいるけれど、しかし彼女は活き活きとした表情をしている。


 そのハーピストルを引き取った人物――カリタス神父のほうは、動きやすそうな格好をしていた。首から十字時計のモチーフのペンダントをぶら下げているが、堅苦しい神父らしい格好ではなく、作業着である。手袋は茶色く汚れていて、つい先程まで土を触っていたのだとわかる。


 話を聞いてみれば、あの教会の周辺住民たちの集まりであるという。会場設営を手伝いに来たボランティアだ。庭園の花を植えていたようだ。


「王国から可能であればそうせよと要請があったのだ。尤も、知識のないわたくしたちには掃除とか、庭に花を植えるくらいしかやることがないんだけれど、此処に来る人形たちのためにできることはしてあげたい」

「社会に奉仕することもまた善行です。神は見ておられるものですからね」


 人形展の会場となるユーウェル館は建設されて間もない建物で、埃っぽさが際立つ。また屋敷自体も庭園も非常に広く、単純にものを運んでくればいいだけというわけにはいかない。エストレ商会も随分と金をかけて人を集めているようだが、それでも足りないのだ。


 レイファン王国が人形展を後押ししているということもあって、より多くの人を集めるには国が声をかけるほうが都合が良い面もあったのかもしれない。設営が一番大変なことなのだ。一度できてしまえば管理だけですむが、準備するというのは本当に一苦労だ。


「でも偉いね、ちゃんと奉仕活動してるなんて」


 アウルは金の関わる仕事で来ているが、ハーピストルたちには金銭的な報酬はないのだ。まさに善行である。


 カリタス神父が作業に戻る傍らでハーピストルはくすりと笑って、アウルにこっそりと耳打ちした。


「実は交通費と食費は出るんだ。わたくしは人形だから食費は関係ないけれど、人形展の優先入場チケットももらえることになっている。カリタス神父は芸術がお好きだから、芸術品として作られた人形にもご興味があるのだ」

「そうなの?」

「わたくしも他の人形たちがどんな風なのか気にかかっているし、折角だからね。この機会を逃したくない――なんて言ったら、動機が不純でよくないだろうか」

「いや、別にいいと思う。だってハーピストル、それだけじゃなさそうな顔をしてるよ」

「ああ、うん、やってみると楽しくなってしまってね。花を植えるのは良いものだ」


 ハーピストルの硝子の瞳には、他のボランティアの姿、そして彼らが植える花々を映している。無機質なパーツを繋げた人形であっても、ハーピストルの穏やかさが表情に現れていた。その様子は神父と並んでいると、修道女シスターのようにも見えた。


「そういえば、先程雑草を捨てにいったとき、他の人形に会ったんだ。青い色をした人形でね、随分誠実そうな子だったが、名前を聞き忘れてしまった」


 ハーピストルが言う人形は、恐らくアウルも先程会ったばかりのコバルトブルームのことに違いなかった。造詣こそ地味だけれど、あの鮮烈な青は印象深い。アウルがそれを伝えると、ハーピストルはむうと唸った。


「また機会があれば会ってゆっくり話をしてみたいけれど、どうかな……」

「コバルトブルームは人形師のセイジュローさんの助手として来ているから、人形展の間にまた会えるかもしれないね」


 友達になれるといいね、とアウルが言うとハーピストルは小さく「……うん」と頷いた。どうも教会で暮らすようになってから、戦場に立っていた頃の厳しさが少し抜けたようだ。


 簡単に別れの挨拶をしてメグたちのもとへ戻ると、案内の続きが始まった。既に展示の準備がほとんど終わっているところもあれば、まだまだ何日もかかりそうなほど荷物が山積みの場所もある。その中で、設営のために人に連れられてきた人形が作業の進行のことで人と揉めていたり、逆に展示用の人形に会場を見せにきて人形が手伝おうとするのを機体に傷がついたら大変だと止める人がいたりと、人と人形の関係もさまざまにあるのを垣間見る。なんというか、展示会が始まるまでにまだ何日もあるというのに、既にユーウェル館は賑やかだった。

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