もう一度、夢へ
最後にアンコールということで、『愛の挨拶』を演奏した。川上さんと演奏した『メロディ』と少し似ているような気がする。
ヴァイオリンは、二十歳の男子大学生が、チェロは父親くらいの歳のおじさんが弾いている。二人の演奏は素晴らしくて、自分が足を引っ張らないようにしなければならない。そう思いつつ、伸び伸びと演奏ができた。
"一番心がこもる挨拶は、きっとさようなら。"
明治時代から帰るとき、そのことを痛いくらいに思い知った。だから私は、その美しい日本語を音にのせてみよう。
この曲を弾き終え、揺れる舞台の上で拍手を浴びたとき、なんだかすべてが吹っ切れたような気がした。その瞬間、何かが外れてしまったようでどうしようもない切なさに駆られた。
会場を出たとき、秋風が頬をなでた。まるで、愛しい人の頬に触れるかのように、そっと。
「茜音ちゃん、行こう」
前から共演した隆さんと健吾さん、そして今日のリサイタルのスタッフの美月さんに呼ばれて我に返る。
「はい!」
この時代にも、音楽はある。たくさんの人と音をつくることが出来る。
あたらしい毎日の始まりだと思った。
「ドイツに行って、日本一のピアニストになる」
鴎外さんとの約束を果たすためにも、私は頑張らなければならないんだ。
これから先の未来なんて想像もつかない。それでも、あの美しすぎる明治の世で出会った全ての人が繋いでくれた想いを大切にして、私は演奏家として生きていく。
十五歳の秋。
私は、叶えられなかった夢の続きへ、もう一度手を伸ばす。




