夢幻のlacrimoso
それから、ただただ夜の東京をならんで歩き続けた。
道には等間隔でガス灯が並んでいて、すこしお洒落な場所になるとレンガ造りの建物があったり。夜といえばネオンが目立つ東京の街とは全然違う。
「幸せだなぁ。」
平成にいたころは時間がせっかちに感じられたけど、今は違う。例えるならば、モデラート。ゆっくりに感じるけど時間は確実に過ぎているのだ。
銀座の街に入った。夜なのに思ったよりも人通りが多い。幸せそうに歩く二人の男女とすれ違ったとき、もう一度自分の姿を見て、デートのようなものではないかと内心浮かれた。
しばらくして、景色は暗くなった。都会から外れて、ガス灯の数が減ったのだ。でも、目の前には鴎外さんがいる。不思議と怖くなかった。
道なりに歩いて、やがて公園についた。ベンチに座って、空を眺める。
月は、丸かった。
「好き。」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。聞こえていないと思ったけれど。
「僕は君に恋をしている。」
まるで英文を訳すように丁寧な鴎外さんの声が聞こえて思わず隣を見てしまう。
目と目が合って、俯きそうになったとき、
「逸らさないで」
そう言われてもう一度顔を上げる。焦げ茶の瞳に見つめられて、逸らすことが出来ない。
どきどきどきどき心臓が音を立てる。
「君のことが、好きだ。」
喜びと、切なさとに駆られた。
「僕は本気だよ。」
正面にいる鴎外さんの表情にはいつものような余裕はなかった。
「私も、鴎外さんのことが」
ここまで言っておいて、口を噤んだ。
私はもうすぐここからいなくなるのに。
想いが大きければ大きいほどお互いが辛くなるはずなのに。
やっぱり抑えきれなかった。
「好きです。」
言い終えると、目に大きな手が被せられ、前髪が持ち上げられた。おでこに風が当たってひやりとする。そして、そこに柔らかい何かが触れた。
視界が自由になったとき、視界がにじむのがわかった。それくらい、嬉しかった。
ぼうっとする暇もなく、鴎外の長い指が茜音の顎に、そしてもう片方の手が後頭部に触れて、やがて唇から唇へとロマンスが囁かれた。
このまま、こうしていたいと思った。時の流れに身を任せて、この人の隣にいたいと思った。
それでも無情に時間は過ぎている。
月の光がふたりを照らす、夢幻のようなひとときさえも、いつかは胸に焼き付けて、奥底へしまわなければならない時が来る。
鴎外さんの腰に腕を絡めた。
そして再び目を瞑る。
今という瞬間が鮮やかなまま、思い出になるように願いながら。




