「懐かしい土地の思い出」より「メロディ」
「鴎外さんが、部屋の中のもの、すべて使っていいと言っていましたよ。」
朝食の片付けを終えた後、ミワにそう告げられた。制服しかない今、とてもありがたい提案だ。だが、はたしてこんなにも良い扱いをしてもらってもいいものなのか。
「遠慮なんていらないと鴎外さんが仰ってましたよ。」
「でも、さすがに悪いです。」
「鴎外さんはそういう人なので大丈夫ですよ。」
ミワに背中を押され、着替えることにした。
「この着物なんて似合うと思いますよ。」
着物のことはたいしてわからないが、ミワが選んでくれた桜柄のものを着ることにした。
思っていたよりも、ミワは優しくて親切な女性だった。
学校の授業で習った通り、桜柄のそれを着てみた。(うろ覚えだが)
「洋装も素敵でしたけれど、和服は和服でまた違う素敵さがありますね。」
「お世辞が上手ですね。」
基本的に、茜音はそんなことを言われるようなキャラではない。この時代にきてから二日目。初めてのことばかりだ。
「ごめんなさい。今日は少し用事がありまして……。」
お休みをもらっていたらしいミワは昼前に屋敷をいつもよりも綺麗な格好をして出ていった。
屋敷の中に一人。スマートフォンのロックを解除した。最早その動作は手癖のようになっている。
いつものようにチャットアプリを開いた。だが、いつものように、とはいかなかった。
普段なら溜まっているはずの通知は〇件。それもそのはずだった。
今は明治時代にいるのだ。当然のように電波は圏外。そんな当たり前なこともつい、思い出せなかった。
茜音はアルバムを開いた。これなら電波がなくとも見れる。保存されている写真を見て、見るべきではなかったと後悔した。
お小遣いを貯めて買った好きなバンドのCD、好きなアニメの画像、最近綺麗になった地元の駅、そして学校のみんなとの思い出の一コマ……。
「早く帰りたい。」
画面が濡れた。
「帰れるよ。」
耳元で囁かれ、肩がびくりと跳ねる。振り返りたくてもできなかった。からだがまるで鉛になったかのように重かったのだ。
「茜音ちゃんが変われたら帰してあげるって昨日話したでしょう。」
もどかしい。声の主が今だけ、すごく憎たらしく思えた。
なんでもいいから、早く帰して。
どうすれば良いのかわからない茜音はただ、そう願うことしかできなかった。




