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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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26~29 Side Kaito 01話

 夕飯のあと、リビングでくつろいでいたら携帯が鳴った。

 ディスプレイを見て首を傾げる。めったにかかってくることのない人物からだったから。

「秋兄、なんの用だろ?」

「あら、秋斗が電話なんて珍しいわね?」

 母親である紅子こうこさんも物珍しいものを見る顔でディスプレイを覗き込んでいた。

「はいはーい、なんだよ電話なんて珍しい」

『一応報告しておこうと思って」

「……何を?」

『俺、翠葉ちゃんの彼に昇格したから』

「えっ!? マジでっ!?」

『ま、そういうことだからよろしく。それと、午後から夕方までは翠葉ちゃん俺のところで預かることになってるから』

「ええええっ!? 俺のところって秋兄のところっ!? またなんでっ!?」

『栞ちゃんがいないから?』

「……お兄様、僕はですね、お兄様のことをとっても信用しておりますので、病人には手ぇ出しませんよね?」

『くっ、それ全然信用されてる気がしないよ。ま、どうかな? 手を出す度合いにもよるかな』

「なんでもいいけどさ、翠葉泣かせたら許さないよっ!?」

『わかってる。用件はそれだけだ。じゃぁな』

 通話は一方的に切られた。

「……マジでっ!? 何がどうしてそうなった?」

 ちょっと待て……これは喜ぶべきなのか? そうなのかっ!?

 いや、司はどうなるんだ? っていうか、司は知ってるのか?

 おいおいおい、あいつどうすんだよ。俺、どうしたらいいんだっ!?

 これ何? 桃華たちにも言っていいのっ!? ダメなのっ!? どっちだよ、おいっ!

 俺に連絡してきたってどういう意味っ!?

 兄弟だから? それとも周りに触れて回っとけってことなのかっ!?

 秋兄~……そこら辺は明確にしようぜ。

「海斗、あなたすごく百面相が上手なのね?」

「……紅子さん、息子海斗崖っぷちに立っている心境です」

 ずっと俺を見ていたらしい母親は頬杖をついて俺を観察している。

「あら、秋斗ったら今度は何をしでかしたのかしら?」

 目を爛々とさせ、すげー興味津々に訊いてきた。

 こうなったときに紅子さんは無敵だ。ある意味性質が悪い。

いつきさーんっ! 秋斗が何かしでかしたみたいなの! 海斗から訊きだしましょう?」

 ……つまりはこういう人。

「なんだ、今度は何をやったんだ? あまり静くんに面倒をかけるようなことは……」

 と、父親登場。

「いや、そういうんじゃなくて……」

「もしかして会社辞めるとかその手のことかっ!?」

 いやいやいやいや……。

「違うから……」

 すると父さんは胸を撫で下ろした。

「それでなんなの?」

 面白そうに訊いてくるのは紅子さん……。

 うちで紅子さんを母さんと呼ぼうものなら怒られる。外で呼ぼうものなら美しく微笑まれる。

 そろそろ母親の自覚を持っていただきたい。いや、しっかり母親業はこなしているし、母さんなんだけど、どうにも「お母さん」と呼ばれるのが嫌らしい。

 紅子さん曰く、「一気に老けた気がするのよ」らしい。ゆえに、子どもや姪甥にも「紅子さん」と呼ぶことを徹底させている。それが浸透していることもあり、俺たちも紅子さんのお姉さんにあたる人のことは「真白ましろさん」と呼び、決して伯母さんと呼ぶことはない。

 紅子さんは落ち着きのない末っ子で、真白さんはおとなしく楚々とした感じの人。

 真白さんとりょうさんの子どもが司と楓くんっていうのはわかるけど、湊ちゃんはイレギュラーだと思う。どうして性格面だけでも真白さんに似なかったのか……。

 うちに関していうならば、この両親にしてこの子あり感満載。

「秋兄、彼女できたって」

「「えっ!? どこの誰っ!? どんな子っ!? 美人っ!?」」

 いい大人ふたり揃ってこれだ……。

「御園生翠葉。秋兄の後輩に御園生蒼樹さんっていたでしょ? その人の妹で、現在俺のクラスメイト。でも、病気で一年留年してるから年は司と同じ。因みに美少女」

 簡潔に述べると、「写真はっ!?」と声を揃えて訊いてくる。

 そこで、先日の球技大会の写真と姫の写真を見せた。

「あら、かわいい子……」

 と紅子さんが言えば父さんは、

「秋斗は俺に似て面食いだな」

「ピアノを弾く子なのね。性格は? どんな子?」

 関心が途絶えることがないのは紅子さん。

「そうだなぁ……ピアノはうまいと思う。成績は現時点で学年三位。で、話したとおりちょっと身体が弱い。湊ちゃんと紫さんが主治医についてるみたいだけど、詳しいことはわかんない。性格はぁ……なんつーか謙虚ですごく素直な子。それはもう猜疑心の欠片もないような。あとはちょっと臆病かな? 今年の姫に選ばれるくらいにはかわいいけど、本人は残念なくらいにそれを自覚してない。ちょっと天然入ってるかも」

 言うと、ふたりの顔が輝き出す。

「斎さん、姫ですって!」

「紅子、結婚式が楽しみだなぁ!」

「ちょっと、どんだけ先の話してるんですか……」

「え? そんなに先ではないでしょう? 秋斗は適齢期だし、彼女も十七歳なら結婚可能だし」

 どこか的外れな回答をくれるのは紅子さん。

「そうだよな。紅子は十八で俺と結婚してるし」

 この人たち、どっかずれてるんだよなぁ……。

 俺に一般的な感覚が備わっていることを誰かに褒めていただきたい。

「普通、十八なら高校卒業してるだろうけど、翠葉は一年遅れだからまだ高校生っ!」

「……うちは問題ないぞ?」

「えぇ、問題ないわよね?」

 ふたりは顔を見合わせてからきょとんとした顔で俺を見た。

 この天然夫婦め……。

 こんな父さんでも仕事をやらせると辣腕社長とか言われるのだから納得がいかない……。俺が仕事を始めたら、俺のほうができるに違いない。

 いや、それともこの天然ぶりが武器なのかっ!? 最終兵器なのかっ!?

「やーん……見れば見るほどにかわいいわっ! どんなドレスを着せたら似合うかしらね? このピンクのドレスもすてき! 色白だから淡い色のドレスが似合いそう」

 などと、早くも結婚式のドレス選びに話が飛躍する。

「そしたら秋斗はグレーのタキシードか」

 その話についていける父さんはさすがとしか言いようがない。

 そんなふたりならこの事実をどう受け止めるだろうか。

「あのさ、実のところ司も翠葉のことが好きなんだよね……」

 ふたりの目がキラリと光った。

 なんだかとんでもない方向へ話が飛躍する予感……。

「何なにっ!? すてきな三角関係っ!?」

 紅子さん、あなたはすてきな展開を望みすぎです……。

「そうかぁ、あの司くんも目をつけたとなれば、相当いい子に違いない。秋斗、でかした!」

 父さんはそっちかよっ!?

 ああああああっ! 俺、どうしたらいいっ!?




 後日知ったこと。

 俺がこんなにも悩んだ末に話したというのに、司ときたら――。

「知ってる。俺、その場にいたから」

「はぁっ!?」

「……そんなに驚くことでもないだろ?」

 書類を片付けながら淡々と口にする。

「で、おまえどーすんだよ」

 その言葉にすら動作を止めず、

「どうもしないけど?」

 面食らった俺は、

「司だって翠葉のこと好きだろっ!?」

「好きだけどそれが何か?」

 わけわかんね……。

 司が書類をまとめひとつため息をつくと、ようやく俺の顔を見た。

「今俺が好きだと言っても困らせるだけだろ? なら、今はポジションキープしておくほうが無難」

 そう言うと、今までまとめていた書類をファイリングしだす。

「それでいいのかよ……。妬いたりしねーの?」

 当然すぎる疑問をぶつけた。

 だって、相手はあの秋兄なわけで、自分の兄を悪く言うつもりはないが、手は早いほうだと思う。

「すでにキスくらいはされてるんじゃない? それをどうこう言ったって仕方ないだろ? 翠は翠のものであって誰のものでもない」

 司、おまえ淡白すぎやしませんか?

 普通、好きな女がほかの男とキスしてるなんて想像したらはらわた煮えくり返るだろうよ。

「あのさ……いい加減仕事しないと今日帰さないけど?」

 メガネの奥の目が冷たくこちらを見据える。

「今日中にそこのダンボールの中身片付ける必要がある。おまえ、無駄口を叩く余裕なんてあるの?」

「……すみません。まったくもってございません」

「だったら、手を動かせ」

 その一言で話を終わらされた。

 ほかのメンバーはというと、試合前で来れなかったり、ほかの仕事で職員室に行っていたりするわけで、今これを片付けるのは俺と司しかいないわけで。

 心してかかりましょう、そうしましょう……。

 翠葉ぁ……あとでおまえの無事を確認しに行くからな。無事で待ってろよっ!?

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