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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
48/59

21~24 Side Akito 04話

 リビングのソファに身体をうずめるようにして座る。

「何があったのよ」

 呆れた顔をした湊ちゃんに訊かれた。

「いや、なんていうか……早い話、精神的に追い詰めちゃったかな」

 天井のシーリングファンを見ながら言うと、

「あんたらしくもない」

 湊ちゃんはそれ以上のことは訊いてこなかった。

 代わりに栞ちゃんがじとりと視線を向けてくる。

「あの話の続きでどうしたらそうなるのよ。今頃ラブラブハッピーなはずだったのに」

 視線は痛かったけど、淹れたばかりのコーヒーを俺の前にも置いてくれた。

「ただね、秋斗……わかってはいると思うんだけど、翠葉に精神的なストレスは与えすぎちゃだめよ。不整脈が悪化する恐れがある。ほか、過度なストレスは自律神経にもいい影響を与えない。そのことだけは覚えておきなさい」

「俺もまだ青いよな……。蒼樹はどうやったらあの未知の生物と接することができるんだろう。真面目に疑問だよ」

 すると、「何それ」と司が口を開いた。

「思考回路が一般的じゃないっていうか、俺とは全然違うんだ」

「そんなの最初からわかってたことだろ?」

 そうか……司は翠葉ちゃんに初めて会ったときから、「わけのわからない生物」として認識していたんだったな。

 俺だって理解はしていたはずだ。

 けれども、こういう状況に陥って「自分とは違う」と当たり前すぎる言葉を口にしてしまう俺は未熟者そのもの。

 その点、こういう状況を見ても態度が変らない司はすごいというか、なんというか……。

 会話のないリビングに蒼樹が戻ってきたのは十分ほどしてからだった。

「あのー……申し訳ございません」

 蒼樹はリビングにいる面々の顔を見るなり頭を下げる。

「翠葉ちゃん、大丈夫?」

「はい、一応」

 蒼樹は栞ちゃんに答えたあと、申し訳なさそうに俺の方を向いた。

「ことのあらまし聞きました。で、あれは翠葉が悪いな、と……」

 蒼樹は渋面を貼り付ける。

「いや……俺も大人げなかったと思う。もっとわかりやすく説明してあげられたらよかったんだけど、こんなこと説明したこと一度もなかったからさ」

「……一応、一年草と宿根草のたとえ話をしたら納得してました」

 その言葉に、その場の四人が「は?」と訊き返す。

 蒼樹は実に決まり悪そうに話し始めた。

「つまり、こういうことだったんです。先輩と翠葉は現時点で両思いなんですけど、あいつは自分の健康に自信がないから秋斗先輩には相応しくないと思っていて、秋斗先輩にはもっと元気ですてきな人が似合うと思ってるわけです。それを言われて秋斗先輩は落胆したんですよね?」

「……肯定」

「だから、それを花に置き換えて説明しました。一年草の赤い花と宿根草の黄色い花があって、翠葉は赤い花が大好きでそれが欲しくてたまらない、と。赤い花も翠葉が好きで翠葉に育ててもらいたいと思っているけれど、自分は一年草の身だから来年には花を咲かせることができない。けれども黄色い花は宿根草だから毎年花を咲かせることができる。だから、翠葉さんには黄色い花が似合います。ぜひ黄色い花を持って帰ってください、と言われるとする。で、翠葉はどうする? って訊いたんです」

「そしたら?」

 湊ちゃんが先を促すと、

「私は赤いお花が好きなのだから、一年草でも赤いお花を大切に育てたいって言いました」

「……それはつまり」

 栞ちゃんが口にすると、

「赤い花が一年で枯れてしまおうが黄色い花が毎年咲こうが、翠葉が好きなのは赤い花だから換えはきかないってことです。それを翠葉を秋斗先輩に置き換えて、赤い花を翠葉に置き換えて考えさせました」

 淡々と答える蒼樹のたとえ話に俺たちは唖然としていた。

「あんた、なんで建築学なんてやってんのよ。今から教育学にでも転学しろっ!」

 湊ちゃんがそう言いたくなる気持ちもわからなくはない。どう転んでも、俺にはこんなたとえ話をしてあげることはできないだろう。

「……やっぱ甘すぎ」

 そう口にしたのは司だった。

「ははは……また甘いって言われちゃうかもしれないんだけど、でも……翠葉は全然悪気なんてないんです」

 言いながら、すまなそうな顔をして俺を見る。

「それはわかってるんだけどね……。俺の幸せってものを彼女独自の思考回路で考えてくれたんだろうな、ってことくらいは」

「でも、それ……お門違いもいいところね」

 栞ちゃんの言葉に、今度は俺が苦笑する番だった。

「そうなんです……。なんかもう、ことあるごとに手のかかる妹で申し訳ないです。なので、今回過呼吸起こしたのって秋斗先輩は悪くないんです。あいつがひとりでてんぱっちゃってるだけだから」

 そんなふうにフォローされたけど……。

 フォローされてもねぇ……俺が虚しいだけです。

「それでなんですが、翠葉、謝りたいみたいなんだけど、今は言葉が見つからないようで、後日……でもいいでしょうか?」

 こんな約束を取り付けようとするのだから、蒼樹のシスコンは筋金入りと言われても仕方がないと思う。

「それは全然かまわないよ。俺も謝りたいしね」

「……翠葉、このまま会えなくなっちゃうんじゃないかってすごく気にしてて」

 それこそ杞憂だ。

「……わかった。あとでメール送るよ」

「お手数おかけします」

 そんな会話の末、司が思わぬことを口にした。

「御園生さん、翠ってどうしてこうなの?」

 その場の四人が司を向く。

 司はソファの背もたれに腰を預けて腕を組んでいた。

「あまりにも人の中に踏み込まなさすぎじゃない? 自分もそういう傾向の人間だけど、俺なんか比じゃない」

 すごく核心を突いた言葉だと思った。

 確かに、あの子は俺を好きだと言いつつも、胸に飛び込んでくれるような子ではない。それは友達関係においても同じことが言えるのではないだろうか。

 あれだけ彼女のことを思っている友達がいるのに、それに甘えようとか頼ろうという姿勢が見えてこない。

 周りが手を伸ばして、ようやくそれに掴まるといった具合だ。

「前にも話したけどさ、この高校に入るまで、家族以外の人間との付き合いがほとんどなかったんだ。だから、コミュニケーション能力が高いとは言えない。そのうえ、家族にすら体調不良を言えないっていうのが翠葉の短所だと思う」

 蒼樹は自嘲気味に笑った。

「幼少の頃から身体が弱い子にはありがちなケースよ。ある程度の年になれば、自分にかかる医療費だって気になり始めるし、、あの子の場合は人の手を借りないとできなことも多々あったでしょうから、どうしても申し訳なさが先に立つのね。逆に、ちやほや扱われてワガママ放題になる子もいるけれど、どちらにせよコミュニケーション能力は低いわ」

 湊ちゃんの説明に、

「それ、治らないの?」

 司が訊くと、

「病気じゃないからね。ほとんど性格の一部として構成されているもの。そういうのは人付き合いを重ねてリハビリをするしかないのよ。薬でどうこうできるものではないし、人間関係は築くものだから。ただ、翠葉は素直な子だから環境しだいではどうとでも転べる気がする。ま、十七歳までこの性格できてるんだから、二、三ヶ月で変化が出るものでもないわ」

 湊ちゃんの話に栞ちゃんが、「そうね」と言葉を引き継いだ。

「あとは周りの人間の接し方しだいじゃないかしら。あの子、わからないことはわからないってちゃんと口にするし訊いてもくる。そこで教えるべきことは教えなくちゃいけないと思うの。問題なく学校へ通っていれば得られる知識ですら欠けていたり、御園生家でしか通用しないことが常識の大半だから……。人と少しずれているのはそのせいね」

「もうなんというか……申し訳ないです」

 蒼樹がどんどん居たたまれない状況になっていく。

「でも、お願いが……。本人にはコミュニケーション能力が低いとは言わないでほしいんです。たぶん、翠葉は自分自身でも薄々気づいているようで、今は人とどうやって接していくべきなのか模索しているところなので……」

「あえて伝えることでもないでしょ」

 湊ちゃんが答えると、俺と司と栞ちゃんが頷いた。

「助かります。でも、何かズレが生じてると思ったときには指摘してやってください。俺も両親も、翠葉のあれこれには慣れてしまっていて時々見過ごしてしまうので。それに、何もかもから守ってやらなくちゃって動いている俺にも原因はあるので」

 きっと蒼樹も自分が過保護であることには気づいているし、それをどうにかしなくちゃいけないこともわかってる。

 彼女が高校へ通うようになって彼女の世界が変わったと同時に、その変化に自分も対応させるべくもがいているところなのだろう。

「思うんだけどさ、蒼樹も翠葉ちゃんもご両親も、誰も悪くはないと思うよ。うちは海斗も俺も元気だし、両親も元気だからそういう家庭でのことはわからない。でも、環境が人を育てるのは確かだし、境遇は選べないだろ? そのうえで成り立っている家族だから、どんな形でも間違いではないし、どんな思いがそこに派生したって誰かが何を言うことはできないと思う。本来ならそのバランスをとるために社会があるわけだけど、彼女はそこに出て行けない理由があったわけだし、誰が悪いとかどうだからって話じゃない」

「秋斗の言うとおりよ。蒼樹、人って変わるのよ。良くも悪くもね。だから、翠葉だってあんただって、これから変わる可能性は無限大よ? んな辛気臭い顔してるんじゃないわよ」

 湊ちゃんが言うと、栞ちゃんが珍しい言葉を添えた。

「蒼くんの気持ちはわかるわ。私、翠葉ちゃんに付いてから半年弱だけど、やっぱり守ってあげたくなっちゃうもの。でも、きっとそれだけじゃだめなのね。だから、私もがんばるわ」

 栞ちゃんの少し明るい声音に場の空気が変わった。

「さて、私は翠葉に点滴入れてくるわ」

 湊ちゃんが伸びをして立ち上がると、

「そうそう、夕飯できてるんだったわ」

 と、栞ちゃんはキッチンへと入っていく。

「栞、翠葉のスープは私が持ってく」

「あ、助かるわ。お願い」

 そして電子レンジが稼動する音がした。

「じゃ、俺は帰るかな」

 席を立つと栞ちゃんがキッチンから顔を出した。

「あら、何を言ってるの? ご飯くらい食べていきなさい。秋斗くん、家に帰ったらお酒飲むつもりでしょ? 胃にものを入れておいたほうがいいわ」

 結果、湊ちゃんと蒼樹は翠葉ちゃんの部屋へ戻り、栞ちゃんはキッチン。リビングには俺と司が残る。

 妙に気まずい空気がそこにはあった。

 そんな中、口火を切ったのは司。

「翠、すごい我慢してるから」

「……何を?」

「気持ちを」

 気持ちを……?

「秋兄のこと、すごく好きで……でも、それでも諦めようって思うくらいには秋兄の幸せ願ってて、それで断ったから。だから、それ相応には身体にも精神的にも負担がかかったはず」

「……おまえそれ――」

「翠から直接聞いたから間違いない。だから……今回の件はちゃんと翠の気持ちだったと思う」

 司に言われて何も言えなくなった。

「確かに自分のことを少し卑下しすぎな部分は否めない。でも、今回は少し考え方を誤っただけで、翠は心から秋兄にとってそれがいいと思って口にしただけだ」

 視線をローテーブルに固定して淡々と述べる。

「……わかってはいるつもりなんだけど、正直余裕なくて怒っちゃったんだ」

「……秋兄が誤解してないなら別にかまわない」

「もしさ、もし司が翠葉ちゃんに俺と同じことを言われたらどうした?」

「……別にどうもしないけど」

「どうもしないって……?」

「翠がどう思っていようと関係ない。俺は翠が好きなわけでほかの人間を好きになる可能性なんてないわけだから」

 さらりと言ってのけやがった……。

「そこで怒ったりはしないのか?」

「……翠相手に無駄じゃない? わからせるって方法もあるけど、俺は別に今のままでも困らない。この間みたいなナンパは別だけど……。俺はわかってもらえるまで待つ」

 斜め前に座る司は淀みなく答えた。

「……やなやつがライバルだな」

 本音が漏らすと、

「お互い様だろ」

 彼女の気持ちが俺にあるとわかっている今ですら、侮れないと思う。

 俺は何度考えても、あのとき今の司のようには考えることができなかっただろう。

 わからせたいと思ったし、どう説明したらいいのか、とひたすら考えて苛立った。

 俺が短期決戦しかけているところ、司は長期決戦で構えているということだろうか。

 どこまでも油断ならない相手。それが従弟でありライバル――。

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