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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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15~17 Side Soju 02話

 設定が粗方済んだ頃、先輩が顔を上げた。

「そういえば栞ちゃんは?」

「買い物に出てます」

 自分たちがここに着いたときには引っ越し業者が最後の荷物を運び込んでいるところだった。

 それが終わったのを確認すると、「買い物に行ってくるわね」と出ていったのだ。

 そんな話をしていると、見計らったかのように栞さんが帰ってきた。

「あら、若槻くん久しぶり! 背、伸びた?」

「いえ、伸びません。数週間前に会ったばかりじゃないですか……」

 なぜか彼の人とのやり取りはおかしく聞こえる。

「今日は食べていくでしょう?」

 訊かれると、彼は秋斗さんを仰ぎ見た。

 こんなところは少し翠葉と似ている。

「おまえが決めていいけど、せっかくだから食べていこう」

 秋斗先輩がその視線に答える。

「じゃ、御馳走になります」

「良かった! うんと腕を揮うわ」

 栞さんがキッチンへ入ってくと、

「いつ見てもかわいらしい人ですよね? オーナーとは似ても似つかない……」

「若槻、あの人はやめておけ。あれはリスの皮をかぶった猛獣使いだ。で、旦那は正真正銘の猛獣だ。メスで八つ裂きにされるのが関の山」

「……それはやめておこう」

 ふたりして、いったいなんの会話をしてるんだか……。


 時計を見ると七時前だった。

 翠葉は起きただろうか……。

 携帯のディスプレイに目をやると、少しだけ脈拍が増えていた。

「起きた、かな?」

 俺の声が聞こえたのか、「え?」という若槻くんの声がした。

 それにかぶせるように、

「さ、お姫様に会いに行こうか。それ、翠葉ちゃんのパソコンでしょ?」

 と、ひとつ残っていたノートパソコンを先輩が手に取った。

 翠葉の部屋の前で秋斗先輩がノックする。と、すぐに「はい」という返事が聞こえた。

「入ってもいいかな?」

 秋斗先輩の声にはなかなか返事が返ってこない。

 もしかしたら秋斗先輩しかいないと思っているのかもしれない。

「翠葉、入るよ?」

 先輩の前へ出て部屋のドアを開ける。

 中は真っ暗というほど暗くはないものの、そろそろ照明が必要な暗さであることに違いはなく、入り口脇のスイッチを押した。

「パソコンの設定をするから翠葉ちゃんのパソコンちょっといじるね」

「お願いします……」

 先輩のことを目で追うものの、翠葉の様子はぎこちない。

 ……あ、れ? 部屋を出たときは一緒だった若槻くんが入ってこない。

 ドアを振り返ると、彼は廊下に突っ立ったままだった。

「若槻くん?」

 声をかけてみたものの、彼はじっと翠葉を見ている。

 見て取れるのは「緊張」。それ以外の言葉が思いつかない。

 なんだ……?

「若槻」

 秋斗先輩が声をかけると我に返ったようだけど、まだ翠葉を凝視したまま。

 確かに翠葉の顔色は悪いし痩せてもいるが、ここまでびっくりされるほどではないと思う。

 やっとのことで口を開いたかと思うと、

「あー……俺、あっちの設定確認してきます」

 若槻くんは廊下の奥へと見えなくなった。

 まるで拒絶するかのような彼の態度に、

「蒼兄……私、何か悪いことしちゃったかな」

 翠葉が不安を口にした。

 翠葉がそう思っても仕方のないような態度だった。

 けれどもその声を否定したのは秋斗先輩。

「違うよ」

「でも……」

「……若槻はね、妹さんを亡くしてるんだ」

 その言葉に、俺も翠葉も息を呑むことしかできなかった。

 妹を亡くした……?

「まだ、そのときの衝撃から抜け出せてないんだ。だから、翠葉ちゃんが何かをしてしまったとかそういうことじゃないんだよ」

 翠葉の顔が見る見るうちに歪んでいく。このままじゃ泣く――。

 そう思った次の瞬間には目から涙が零れていた。

「翠葉ちゃん、若槻にはリハビリの場と時間が必要なんだ。それをわかったうえで静さんもここに来させたはずだから、君がそんな顔をする必要はないよ」

 先輩は言いながらベッドサイドへ移動し、

「だから泣かないで」

 と、涙を指で掬う。

 今、翠葉のことは秋斗先輩に任せればいい……。

「俺、ちょっと若槻くんの様子見てきます」


 さっきまで作業していた部屋に戻ると、若槻くんは部屋の突き当たりで立ち尽くしていた。

「妹さん亡くされたって、今聞いた」

「……情けないところ見せて申し訳ないです」

「……そんなふうに言わなくていい。俺も、一度翠葉を失いかけてるから気持ちは察する……。それでも、失ったのと失いかけたのでは全然違うんだろうけれど」

「……失うと、後悔しか残らないんですよ。ただ、それだけです」

 そう答えた彼の背中はひどく憔悴していた。

「な、ちょっとだけ年上面させてほしい。椅子でもベッドでもどっちでもいいから掛けて」

 彼は素直に応じた。

 やっと見ることができた彼の表情は蒼白だった。

「今も後悔してる……?」

「えぇ……自分、妹に何もしてやれなかったんで」

「……そうか、それはつらいかもな。うちはさ、年が離れてるからか普段から結構仲はいいほうなんだ。……けど、一度失いかけてからはすごく大切にしてる」

 彼はそれに何も答えなかった。

「だけど、翠葉はなかなかつらいことを話してくれないし、我慢しすぎて倒れたりする。本当に目が放せないんだ」

「……セリ――うちの妹とは正反対だな。セリはいつでも女王様みたいにワガママ言いたい放題でした。それに振り回されている両親は俺を見向きもしませんでした。いつでもセリが中心で、いつでも俺だけが家族じゃないような気がしてた」

「そっか……。うちはもともと両親が放任主義なんだ。ホテルで会ってたりするかな?」

「会ったわけではありませんが、御園生夫妻のことは知っています。あの人たちは娘が身体弱くても普通に仕事して――いや、家に帰れないことのほうが多いんだから普通以上に仕事してますよね」

 彼はどこか嘲るような笑みを浮かべた。

「そうなんだ。基本は俺と栞さんに任せ切り」

「御園生さんとお姫さんはよくぐれませんね」

「放任と放棄は違うんだよね。うちの場合は一応信頼されている。そのうえでの放任なんだ。ちゃんと俺たちのことを見てくれてはいる。けど、手出しはしない……そんな感じかな」

 彼はとても小さな声で、「羨ましい」と言った。

「……どうしたら君は楽になれる?」

「つらいわけじゃないですよ」

 そんな顔をしていてつらくないわけがない。

 どこか翠葉と似た部分を見つけた気がした。

「今日のお礼にひとつだけお願い事を聞いてあげる。若槻くんがしてほしいこと、何かないかな?」

 言うと、彼は「は?」って顔をした。

 けれども、すぐに顔を改め何かを考え始める。そして、

「後悔しても知りませんよ?」

「……なんだろう?」

「お姫さんを妹にください」

 今度は俺が、「は?」と言う番だった。

「それはダメ。……でも、そうだな――うちの兄妹に加えることならできる。翠葉のもうひとりのお兄さんってことで手、打たない?」

「……どれだけ姑息な願い事一個なんだか」

「でも、一応用件呑んでるし」

「……確かに」

 そう言って笑う仕草も翠葉に似ていた。

「でさ……翠葉、泣いたんだよね? 若槻くん、俺、妹を泣かせるやつだけは許せなくてさぁ……」

「……すんません」

 意外にもあっさりと謝罪した。

 彼もシスコンってことだろうか……?

「じゃぁさ、まずは翠葉のとこに戻って安心させてやって。あいつ、不安になると本当に何も言わなくなるし食欲にも影響出ちゃうから」

「……そうします」

 翠葉と違うのは切り替えの早さかな?

 そんなことを思いつつ、翠葉の部屋へと戻った。

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