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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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15~17 Side Soju 01話

 すでに血圧の発作を起こし始めた翠葉は身体を起こすことすらできない。

 上体を起こすだけで血圧が下がり、耐えようのない吐き気に襲われるのだという。

 現に、横抱きにするだけでも額に汗を滲ませる。

 車に乗せたときには気を失っていた。

「栞さんっっっ」

 車の前方にいた栞さんが俺の声に反応してすぐに来てくれる。

「蒼くん、携帯見せてっ」

 すぐに携帯を渡すと、栞さんはそれを見ながら翠葉の脈を取る。

「気は失ってるけど大丈夫。手首で脈が取れるしひどい不整脈も出てない。横になっていれば回復するわ」

 栞さんもほっとしたのか肩の力が抜けるのがわかった。

「ここに一緒にいてくれて、本当にありがとうございます……」

「……蒼くんと翠葉ちゃんは本当によく似てるわね」

 栞さんは困ったように笑う。

「え……?」

「ふたりともすごく律儀なの。それはもう、礼儀正しいという域を超えていて他人行儀とも感じられるほどに」

 言いながら脇腹を小突かれた。

「確かに仕事よ。静兄様から依頼された歴とした仕事。でもね、もうそれだけじゃないのよ。私にとってもとても大切な子なの」

 栞さんは青白い翠葉の顔に視線を移した。

「色んな患者さんを見てきたわ。でも、ここまでひたむきな患者さんにはあまり会ったことがない。……まだ十七歳なのにね」

 少し切なそうに表情が歪む。

「……もう少しでいいからわがままを言ってくれるといいんですけど」

 俺の言葉に栞さんはクス、と笑った。

「そういうところもそっくり! 蒼くんもよ? 全部ひとりで抱えようとしなくていいの。それをすると翠葉ちゃんはもっとつらくなるわ」

 でも――。

「翠葉は人の手を借りることに抵抗を感じているじゃないですか。……だから、その手が増えるともっとつらくなるんじゃないかって思ってしまって……。それなら、それをすべて自分が引き受ければ少しは楽になるんじゃないか、って。俺、本当に何もしてやれないので……。少しでも負担を軽くしてやることしか思い浮かばなくて」

「……困った子たちね」

 栞さんは翠葉よりも身長が低い。自分よりはるかに小さい人だ。

 けれど、そんな小さい人の目は俺を包み込むほどには寛容で、思っていたことをすらすらと口にしてしまう。

「それでもし、蒼くんが倒れたらどうするの? そのときの翠葉ちゃんを想像してみて?」

 俺が倒れたら?

 ……まずそんなことはあり得ないけど――。

 俺が倒れたら、この繊細な妹はきっとひどく自分を責めるのだろう。そして――。

「……最悪だ」

「でしょう? 最悪なのよ」

 栞さんは両腕を組んで神妙な顔をする。

 俺が倒れたら、翠葉は誰にも何も言わなくなるのだろう。それは今まで以上に。

 もしかしたらバングルを外すと言いだしかねない。

「俺、なんでそこまで考えられなかったんだろう……」

「それはさ」と、葵の声が割り込む。

「現時点で蒼樹がいっぱいいっぱいってことじゃないの?」

 俺が、いっぱいいっぱい……?

「なんかさ、すごく久しぶりに蒼樹に会ったけど、おまえ全然余裕ないじゃん。昔からシスコンだったけど、今はそれに拍車がかかりすぎ」

 あぁ、そうか……。こいつは去年の出来事を知らないからな……。

「翠葉、一年留年したんだ。去年は三月から十月まで入院してた」

「……なるほどね。じゃ、そこからおまえもずっと突っ走ってきてるってことだろ?」

 痛いとこをつくな……。

 相変わらず要点ばかりついてくる。

 俺が高二のインハイで優勝できたのは、葵のおかげと言っても過言じゃなかった。

 葵の観察力は半端ない。何度もフォームの指摘をされ、それを直すたびにタイムアップにつながった。

 ――ってことはだ……。

「蒼樹のフォーム、直し時なんじゃない?」

 俺がたどり着いた答えをそのまま言われる。

「蒼樹、おまえは短距離専門だったけどさ、翠葉ちゃんに関しては長距離選手にならないといけないんじゃない?」

 短距離に長距離……。確かに、今のままではそんなに遠くまでは走れないのかもしれない。

 ペース配分が必要、か――。

「本当に……神様はいるのかもしれない。俺、今日葵に会えたことを運命のように感じるんだけど」

「……そういう台詞はさ、誰か好きな女でも作って言えよ」

 葵は呆れ、栞さんは吹き出すように笑った。

「でも、高崎くんの言うとおりよ。蒼くんは少し体勢を直したほうがいいわ」

「……はい、そうします」

「さ、出ましょう!」

 栞さんに言われて車に乗り込んだ。


 マンションに着くと、

「何かあったら声かけろよ? 基本的にはここに常駐してるから。あと、俺の部屋は一階の最奥ね」

「葵、ここに住んでるのか!? 実家近いだろうよ」

「あぁ、お姉のとこでもよかったんだけどさ、幸い部屋は余ってるからってオーナーが」

 このマンション、いったいどれだけの空きがあるんだろう。それでも破綻しないって……。

 いや、藤宮の次期会長と言われている人だ。こんなことくらいでは破綻も何もないのだろう。

「相変らず顔に出るな」

 葵がくしゃりと表情を崩して笑う。

「言ってくれるな……」

「じゃ、俺仕事に戻るわ」

 葵とはロータリーで別れた。

 翠葉はマンションに着いても目を覚ますことはなく、これから移動すると思えば起こして吐き気を感じさせるよりは寝かせたままのほうがいいだろう、という判断のもと、寝かせたまま移動した。

 ゲストルームのベッドに寝かせて思う。ずいぶんと痩せた、と。

 まだ梅雨は始まったばかりなのに、この時点でこれか……。

 早く梅雨が明ければいい……。そして、できれば台風の少ない夏であってほしいと願った。


 リビングでコーヒーを飲んでいると、秋斗先輩から電話がかかってきた。

『今マンションに着いた。機材を運ぶから玄関開けといて』

「ありがとうございます」

 きっと翠葉を起こさないように、と気遣ってくれてのことだろう。

 玄関を開けて待っていると、秋斗先輩と台車を押してくる人がいた。

 きっとその人が若槻さんなのだろう。

「葵に会えたって?」

 そんなふうに先輩に話しかけられた。

「いるならいるで教えてくださいよ」

 先輩はクスクスと笑う。

「俺が会ったのも少し前なんだ」

「え?」

「ウィステリアホテルで植物をいじってる人間が葵に似てたからさ、ちょっと静さんに耳打ちしたんだ」

「……ってことは秋斗先輩の縁故だったんですか?」

「縁故っていうか、ヘッドハンティング? なぁ、若槻?」

 秋斗さんが台車を押していた彼に話を振った。すると、

「秋斗さん、あなたヘッドハンティングの意味をもう一度調べなおしたほうがいいと思います。えぇ、しょせん部下の戯言進言だとでも流しておいてください」

 そんなふたりを見て、いいコンビだな、と思う。

「まずは紹介かな。俺の部下の若槻唯。たぶん俺の次に使えるやつ」

 そんな紹介をものともせず、「若槻唯です」と名刺を差し出された。

 両手でそれを受け取ると、肩書きには第二秘書と書かれていた。

「あっ、秘書って肩書きにはなっていますが、基本この人の下僕です」

 以上、とでもいうように補足する。

「御園生蒼樹です。今日は色々とお手数をおかけしてすみません」

 なぜか若槻さんがひどく驚いた顔をする。

 瞠目するとはこういうことを言うのだろう。

「……どうかしましたか?」

「……自分のほうが年下だと思いますよ?」

「……自分二十四だけど、そう変わらないんじゃないかな?」

 少し砕けた口調にすると、

「自分二十ニなので……」

 若槻さんは下手に出るように答えた。

「年が上とか下とか、あまり関係ないよ。社会的な経験値は若槻くんのほうが上だし。それに、今日俺は手伝ってもらう身だし」

 言うと、秋斗先輩の方を向く。

「ねぇ、この人の爪の垢煎じて飲んだらどうです? 蔵元さんあたりすごく喜ぶと思いますけど」

「……若槻、やっぱ売り飛ばそうか?」

 先輩は非常ににこやかな顔でそう言った。

「とりあえず、こんなところじゃなんなので、上がってください」


 台車に乗せてきた機材やラックをすべて運び込み、部屋にありとあらゆるものが溢れる。

「蒼樹と若槻、そこのラック適当に組み立てて」

 秋斗先輩に指示されたものの梱包を外し組み立てにかかる。

「そういえば、翠葉ちゃんは部屋?」

「えぇ、寝てます」

「そう」

「いいなぁ……俺も昼寝したい」

「若槻、ぼやく暇があったら手を動かせ」

「動かしてますよっ」

「蒼樹、ノートパソコン開くよ」

「はい、お任せします」

 いつかと同じように秋斗先輩のノートパソコンと連動させている。しかも、ベッドの上で……。

 若槻くんは組み立てが終わったラックに着き自分のノートパソコンと持ってきたマシンをつないでいた。

 ふたりの打ち込み速度は恐ろしく速い。それを横目に見つつ、黙々とラックを組み立てた。

 最後のラックを組み終えるとそこへ秋斗先輩が移動する。

「先輩、俺にできることは?」

 自分のパソコンは先輩がいじっているし、持ってきてくれたマシンの二台は若槻くんが占拠している。残るパソコンは一台だ。

「その空いてるパソコン、それだけは通常回線のネットにつないで。こっちはうちのメインコンピューターにつないでいるから、通常の回線とは異なるんだ」

「了解です」

「確かそのあたりにパスとかIDとか突っ込んだ気がする」

 秋斗先輩はフローリングを指すが、それらしきものは見当たらない。

 それに気づいた若槻くんが、

「本当、この人こういう人なんですよね。……はい、これ」

 と、ファイルを渡された。

「あれ? ファイルなんかに入れたっけ?」

「……秋斗さんがあまりにも適当に突っ込んでるのを見るに見かねた蔵元さんがファイリングしてくれたんですっ」

「だって俺、ファイリングしなくてもわかるし」

「知ってますか? この人、片付けとか整理整頓とかすごく苦手なんですよ」

 若槻くんからの告げ口。

 あれ? でも、図書室の職場はきれいじゃないかな?

「職場がきれいなのは周りの功労です。うちでいうなら蔵元さんと俺。学校じゃ司くんって年下の従弟とあなたなんじゃないですか?」

 ……とくにあの部屋を掃除した記憶はないけど。司がやっているのか?

 俺が首を捻っていると、

「蒼樹はとくに何をしてるつもりもないと思う」

 高速で打ち込みをしつつ先輩が会話に混じる。

「は?」と発したのは俺と若槻くんで……。

「あの惨状を意識しないで片付けるってどれだけ強靭な精神力――いや、忍耐力持ってるんですか?」

「いや、本当に記憶にないんだけど……」

 それを聞いて先輩が笑う。

「蒼樹はさ、情報処理能力に長けているから資料集めをやらせても、こっちが使いやすいようにファイリングしたものを持ってくるんだ」

「……え、あの情報量をファイリングっ!? だって、資料集めにだってすっげー時間がかかるようなものしか言わないし、そのうえあの分量でしょっ!?」

「あぁ、若槻に任せるものの倍は資料探させてるはずなんだけど。要する時間は雲泥の差。先日若槻に頼んだ分量なら半日でファイリングしてくる」

 若槻くんはこちらへくるり、と向き直り、

「御園生さんっ、うちの会社に入りませんかっ!? しかもこの人の直轄でっ」

 と、俺の勧誘を始めた。

「や……実は一度断ったんだ」

「……今からでも遅くありません、この人が人らしく、人に迷惑をかけずに仕事をするためにはあなたのような人材が必要ですっ」

 真面目な顔で言われるからついついおかしくなる。

「若槻……おまえが俺をどういう目で見てるのかがよぉくわかった」

 それに対し、

「今さらですか?」

 と、若槻くんは冷めた目で静かに返した。

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