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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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13 Side Yui 01話

 っていうかこの人、何日ここに居座るつもりなんだろう……。今日ですでに二日目だ。

「ちょっと、秋斗さん……」

「んー?」

 ソファに横になり険呑な返事を寄こす男は俺の上司――俺を捕獲してまんまと会社で働かせている男、藤宮秋斗二十五歳。

 えっらい人目を引く容姿にとてつもない頭脳を誇り、この俺を使いたい放題使っては社会ってものに貢献させてしまっている信じられない人。

 一緒に歩いていて女に声をかけられなかったためしがない。いや、俺ひとりで歩いていても声はかけられるんだけど……。

 その男はさっきから携帯を充電器に繋げたまま何やらモバイル操作を駆使している。

「何、連日居座ってんですか……。暇なら仕事手伝ってください」

 俺の仮住まいはウィステリアホテルの一室。三十九階フロアの片隅にある二十畳ほどの部屋があてがわれている。

 ここは俺の住居兼職場みたいなもの。

 日中、必要なときはホテルの事務所にも下りるけど、基本はオーナーの直轄――メインコンピューター近くで仕事をしていることが多い。

 住民票上では藤宮警備の社宅に住んでいることになっているけれど、実質俺はそんなところに住んではいないわけで……。

 郵便物関連はそっちへ行かず、ウィステリアホテルのフロントに届くと澤村さん経由で俺のもとへ届けられる。

「囲われてる」って意味じゃ数年前とそう変わりはないけれど、この俺がまともに働いているっていうのは雲泥の差だ。

 俺の前職はヒモ。そして時々依頼がくるハッカーでありクラッカー。

 要はその日暮らしをしていたわけだ。

 だのに、藤宮警備にハッキングを仕掛けたらまんまと捕獲された。

 ハッキングを仕掛けている際の駆け引きはなかなか楽しかった。

 こんなに手ごたえがあったためしなんてなかったし。

 けど、どうにも掻い潜れなかったため、逃げようとその場を離れようとしたとき――。

 女の家のドアを開けたらいたんだ。目の前に。

「君、うちに来ない? 俺のもとで働くのと、今から警察に余罪証拠付きで突き出されるのとどっちがいい?」

 イケメンヤローはあり得ないくらい嬉しそうな顔で笑ってた。

 信じられなかった。自分と攻防をしながらその住所を割り出して尋ねて来るやつなんて。

 そのとき、後ろに控えていたのが蔵元さん。

 今なら容易に想像ができる。

 俺と攻防している間に所在地を突き止めたのは秋斗さんだろうけれど、その攻防中の人間をそこまで運んできたのは蔵元さんだと……。

 だって、そのときこの人台車に乗せられてたし。

 俺、一生の不覚――。

 俺は叩けばホコリだらけの人間で、それでもやっぱり警察なんてとこにはご厄介になりたくなく、仕方がないからおとなしくこの人の下で働くことにした。

 ……というのが今までの経緯。

 今でもそのときの話が話題になる。そのたびにこの人は、

「何言ってるの? 立派なヘッドハンティングだよ」

 などと言うのだからどうにかしてほしい。

 どこの会社に女の部屋でハッキング仕掛けている人間をヘッドハンティングしにくる人間がいるんだか……(しかも台車に乗って)。

 本当、いつも思うけど、絶対に思考回路がおかしいと思う。間違いなく変人。


 人生でこんなに働く羽目になるとは思ってもみなかった。

 確かにそれなりの報酬はもらっているけれど、それ以上に働かされている気がしなくもない。

 でも、現状をさほど嫌とも思っていない自分がいたりして……。

 それはひとえにこの男の仕業としか言いようがない。

 そんな頭の切れる色男が俺の部屋に連泊とは何事か――。

 この人は気が向いたときにここへ来るくらいで、たいてはこっちが断れないのを知っていて、電話やメールで容赦ない用件を振ってくるか呼びつけるか、だ。

 あんたが呼び出せば女のひとりやふたり、どうとでもなるだろうに。何が楽しくて俺の部屋に居ついてるんだか……。

「ねー……ここにいること蔵元さん知ってるんですか?」

 蔵元森、三十一歳独身。藤宮秋斗の第一秘書。

 俺の同士というか、一応上司というか、飲み友達っていうか、愚痴たれ仲間っていうか、それ以上に恩義のある人だったりする。

 捕獲された俺の身元引受人を買って出てくれたのが蔵元さんだった。

 そう、俺の住所は即ち蔵元さんが暮らす社宅の住所と同じなのだ。

「蔵元ー? 知ってるかもしれないし知らないかもしれない」

「仕事丸投げしてきたんじゃないでしょうね? 次に会ったときに蔵元さんが老けてたら秋斗さんのせいってことで……」

「俺、使えるものは使う主義なんだ」

 ……しょうがない大人。

「で? 何があったんですか?」

「若槻ー……俺、九歳も下の女の子にことごとく振られたんだけど」

「――マジでっ!?」

「超マジ。っていうかあり得ないでしょ。将来有望の男を振るとか。しかも俺のこと好きなのに」

 思い当たるのは、先日一目二目見た程度の女の子。

「御園生翠葉、リメラルド嬢?」

「そう。リメラルド姫は難攻不落の姫君でしてね……。雅に邪魔されたわ」

「あぁ、あの女ね」

 それにしても少し意外だ。

「あの子、かわいいですよね。見た目が」

「……手ぇ出すなよ」

 じろりとこっちを見た目が本気すぎて怖かった。

 あなた知ってるでしょ。俺が年上専門なの。年下なんて真っ平ごめんだ。

「ていうか、見た目どころか中身もいい子だよ」

 ふーん……。この人にそんなふうに言わせる子、ねぇ……。

 事実、俺はその子が関わるプロジェクトの仕掛けにかかりっきりで、もう一ヶ月近く働きづめだ。

 それはこのホテルのオーナー、要は派遣先の上司にこき使われて……といったところ。

 俺がここで働かされるようになってから、こんな大掛かりのプロジェクトを任されたことはない。

 その規模からしてもかなりのものだ。

 ……というよりは、パレスガーデンを会長の誕生日に合わせてオープンしようと企んでいるオーナーの目論見が驀進中。

 その中に彼女の写真ってカテゴリが増えただけのはずなのに、どうも納得がいかない。

 これを機に、彼女を売り出す方向性まで組まれているのだ。

 間違いなく、オーナーはあの子を世に担ぎ出す用意を着々と進めている(俺を使って)。

 突如携帯が鳴った。

『俺だけど、そこに秋斗様いたりしないか?』

 電話の主は蔵元さんだった。

「いますよー。ただいま失恋中にて使い物にはなりそうにありませんが」

 横目で見ると、まだ上司殿はソファでだれていた。

『やっぱ唯のところだったか……。今から行く。悪いけど、今日はそこで仕事させて』

 即行で通話が切られた。

 咄嗟にここへ連絡してくるあたりが蔵元さんだろう。

「蔵元さん、今からここに来るって言ってました」

「鬼」

 誰がだ……。

「それまで暇なんでしょ? なら、これ手伝ってください」

 嫌そうな顔をしながらも、差し出した資料に目を通し始める。

「……これ、リメラルドの売り込み戦術か何か?」

「そうですよ。あのお姫さんの宣伝ってものも俺の仕事に組み込まれているようなので……。嫌んなるほど仕掛けまくってます」

「ふーん……そういうことなら手伝う。どれ使っていいの?」

 秋斗さんは五台並ぶパソコンに目を移す。

「スペックは変わらないんで……そうですね、中身空いてるのは端の一台です」

 俺が窓際のパソコンを指すと、だるそうに身体を起こし資料と一緒にパソコンの前へ移動した。

 若干だけど、機嫌回復気味だろうか。

 パソコンを起動させたあとの仕事はえらい速かった。

 途中で確認が入るものの、要所要所の確認に留まる。

 そもそも、俺を社会で通用するまでに育ててくれたのがこの人だし、俺にできてこの人にできないものがあるわけがない。

「へぇ……八月からお得意さんにはDMが配信されるんだ。十月には紙面広告が出て十一月からCMね。で、十二月にはプレパーティーか。これじゃ碧さんも零樹さんも家に帰れないわけだ」

「御園生夫婦と面識あるんですか?」

 御園生夫妻はその建物の建築やインテリア部門で活躍している。

 ふたりとも仕事にかける情熱は計り知れず、すごく容赦のない人たちにも関わらず、周りが一丸となって進んでいるというプロジェクトチーム。裏では特攻Aチームなどと呼ばれている。

「お姫様のご両親ですからね。ま、これはこれで楽しみか……。あ、ってことはこっちにも仕事が振られるのか?」

「今、蔵元さんが交通整理してるのってそのあたりの仕事だと思うのですが……」

「またセキュリティ関連の開発かなぁ……」

 面倒臭そうに話す上司に、

「夜、女でも引っ掛けに行きますか?」

「やめとく」

 即答に目を瞠る。

 はっ!?

「俺、今のところは彼女一筋だから。彼女以外の女とは一切やるつもりない」

 どこか自嘲気味に笑った。

「あなた、藤宮秋斗さんですか? もしくはそっくりさんとか?」

「……そう思われても仕方ないか。俺、あっちの携帯は解約したんだ」

 パソコンに向かって高速で打ち込みをしつつ、なんでもないことのように話す。

「それはつまり……本気の相手ができたってことになります?」

「なるねぇ……お嫁さんに欲しいくらい。結婚を真面目に考えるくらいの相手だよ」

 なるほどね。その相手に振られたと……。

「でも、さっきの話だとお姫さん、秋斗さんのこと好きなんでしょ? どうして振られるなんてことに?」

「だから、雅に邪魔されたって」

 明らかに苛立っていた。

「彼女が傷つくことを並べ立ててどん底に突き落としてくれたんだ。で、彼女は俺の隣に並ぶ資格はないと思ってる。……素直すぎるのもここまでくると重症だ」

「……すっげー新鮮なんですけど」

「……若槻、今からおまえを売り飛ばしてもいいんだけど?」

 超絶笑顔。怖えええっ。

「っつか、それだけは勘弁してください」

 とりあえずこのまま放置だ、放置っ。蔵元さんが来たらどうにかしてくれるだろう。

 昼を回る頃には蔵元さんが尋ねてきた。

「秋斗様、お願いですから所在くらいはわかるようにしておいてください」

「でもわかるだろ? 俺の行動範囲なんて高が知れてる」

 悪びれもせず答えるから性質が悪い。

「……わかりますが、これ、本日中に片付けていただかないと困るものです」

「今若槻の仕事手伝ってるから無理。蔵元やっておいて」

「できるものならやらせていただきますが、無理ですから。秋斗様がやらないなら唯にやらせますが?」

「あぁ、それでもかまわないよ」

 ふざけんなっ!

 仕事のウェイトを考えてもの言いやがれ……。

「唯、おまえ真面目に本社に戻らないか?」

 すごく切実そうな蔵元さんの言葉。

 実は一ヶ月くらい前からずっと打診されている。が、ここにいるのは俺の意思じゃないんだよね――。

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