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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
本編
26/59

26話

「司とずいぶん仲良くなったんだね?」

「はい」

 にこりと笑って答えると、秋斗さんは少し驚いた顔をしていた。

「とても頼りになるんです……。学校で具合が悪くなったときもいつも発見してくれるのは司先輩で、つらくて仕方がないときも側にいてくれたのは司先輩でした。もう司先輩に隠しごとはできそうにないくらい」

 すると、秋斗さんはベッドに身を乗り出して、

「それは妬けるな」

「……焼ける? 焦げるものは何もないかと……」

 部屋の中を見渡そうとした私に、

「そっちじゃないよ。嫉妬って意味」

「えっ!? どうしてですか?」

 秋斗さんは呆れた顔をした。

「だって、翠葉ちゃんは俺に対して意外と秘密主義じゃない?」

 秋斗さんに秘密なこと、何かあったかな……。

「雅のことも言ってくれなかったでしょう? それに、具合が悪いこともなかなか話してくれない。甘えてもくれない」

 ずらりと並びたてられてちょっと困る。

「でも、それは司先輩に話したわけじゃないです……。雅さんと会ったのもそうだし、具合が悪いのもそうだし……」

 雅さんの件はその場を発見されてばれてしまっただけだし、具合が悪いのは隠しようがないところを発見されているから。

 甘えるというのはよくわからないけれど、相談を持ちかける、というよりはうまく聞き出されている感じ。

「司先輩が聞き出すのが上手だったりするだけだと思います……」

「それでも妬ける。これからは俺に話してくれない? 訊き出すのはそんなに不得手じゃないはずだし、何より君は無防備だからね」

「っ……」

「でもね、訊き出すよりは翠葉ちゃんから話してもらいたいんだ。甘えてほしいんだよね。それが俺の希望願望欲望その一」

「……善処します」

 そんな話をしているところにコーヒーを持った蒼兄たちがやってきた。

「湊先生、栞さん、さっきはごめんなさい」

「どうしようもないときってあるものよ」

 そう言ってくれたのは湊先生で、栞さんは「気にしないで」と笑ってくれた。

 場が和やかな雰囲気になると、

「ものは相談なんだけど」

 と、秋斗さんが切り出した。

「日中、翠葉ちゃんをうちで預かっていい?」

 なんでもないことのように提案され、「え?」と口にした私の声は、三人の「は?」という大きな声に打ち消される。

「俺の寝室からなら空が見えるから」

 秋斗さんは私の顔を見て言った。

 お昼に話した話しを覚えていてくれたのだ……。

「今日、俺がゲストルームに来たとき、このお嬢さんどこにいたと思う? リビングのソファの裏に転がってたんだよ。理由を訊いたら空が見たかったって言うから……」

「翠葉らしいけど……でも、風邪でもひいたらどうするんだ」

 蒼兄にじろり、と睨まれる。

「最初はソファの位置をずらしてあげようかと思ったんだけど、長時間横になってるならやっぱりちゃんとベッドに横になるほうがいいと思うんだよね」

「ま、確かにソファで横にならせるよりはベッドのほうがいいけど……」

 湊先生は言葉を濁す。

「わかったわ……。美波さんの巡回があってもいいなら秋斗くんに任せる」

 そう言ったのは栞さんだった。

「別にかまわないよ。家なら俺も普通に仕事できるし」

 秋斗さんの優しい顔がこちらを向くと、

「若槻もね、ホテルでの仕事さえ済んでいれば俺の家で仕事ができるんだ」

 言われるまですっかり忘れていた。私の第ニのお兄ちゃん……。

「今日も会いたそうにしてたよ」

 秋斗さんに言われるまで、完全に忘れていたことを申し訳なく思う。

「明日には翠葉ちゃんのノートパソコンの改良を済ませて持ってくる」

 そんなこともすっかり忘れていた。

 若槻さん、本当にごめんなさい――。

 私がぼやっとしている間に話は着々と進んでいた。

「さすがに抱っこしてドアは開けられないからコンシェルジュか美波さんに手伝ってもらうかな」

「美波さんなら一時過ぎないと帰ってこないわよ」

 栞さんの言葉に、

「あぁ、今ネイリストの学校に行ってるんだっけ?」

 と、湊先生。

「そうなの。拓斗くんが帰ってくる時間には必ず家にいるんだけど」

「それならコンシェルジュに声をかけるよ」

「先輩……とりあえず、とりあえずっ、無傷でお願いします」

「とりあえず、ね」

 ふたりの意味深な会話を不思議に思っていると、

「秋斗くんっ!?」

「本当にしょうがない男ね……」

 栞さんと湊先生も加勢する。

「……秋斗さんの家に何か怪我するようなもの置いてありましたっけ……?」

 先日お邪魔した限りではそのようなものは置かれていなかったはずだけど……。

 私の言葉に栞さんと蒼兄がひどく疲れた顔をし、湊先生はお腹を抱えて笑い出した。そして秋斗さんはにこりと笑って、

「翠葉ちゃん、なんでもないよ」

「翠葉ちゃん、何度でも言うわ。秋斗くんイコール狼さんって認識を覚えましょうね」

 秋斗さんが狼さん?

「……あっ――」

 誕生日の日に言われたことを思い出す。

 思い出して一気に上気した。

「翠葉……お兄さんは少し成長が見えて嬉しいよ」

「でもでもでもっ――秋斗さん、そういうことはしないって言ったしっ」

「くっ、本人から牽制された」

 私のすぐ横で、秋斗さんがくつくつと笑う。

「えっ!?」

「翠葉、気をつけなさいよ~? 秋斗、手が早いんだから。うかうか寝てられないかもね」

 湊先生がニヒヒと笑う。

「秋斗さんっ、空が見えるお部屋で休めるのは嬉しいです。でも、でも、でも――」

「大丈夫だよ」

 秋斗さんはクスクスと笑いながら私の頭をそっと撫でた。

 秋斗さんと同じ空間にいられるのは嬉しい。でも、やっぱり少し緊張する。

 それでも、嬉しい気持ちのほうが勝る。

 今はまだ大丈夫――。

 まだ余裕がある。痛みが出てきたら家に帰ろう。

 だからそれまでは側にいてもいい? それまでは側にいさせてもらえるかな――?

 司先輩が言ったとおり、きっと今週いっぱい休めば来週には休み休みではあっても授業に出られるようになるだろう。

 今日が水曜日だからあと三日……。

 土曜日と日曜日は蒼兄がいるならゲストルームでも寂しくはない。

 あ、でも海斗くんたちが来てくれるのは、ここに……だよね。

 メールして――……なんて伝えたらいいんだろう。

 その前に何か伝えなくちゃいけないような気が――。

 お付き合いすることになったって報告……どうやってしよう――。

 自分から話すのがひどく恥ずかしく思えるのはどうしてだろう。

「翠葉、さっきから何ひとりで百面相してるんだ?」

 蒼兄の一言で我に返る。

 気づけば四人の視線が自分に集っていた。

「あの、秋斗さんのところにいるって、桃華さんたちになんて伝えたらいいのかなって……」

 そのまま答えて後悔する。

 自分が秋斗さんをひどく意識していることがバレバレだ。

 顔がジュ、と火がついたみたいに熱くなる。

「俺から海斗に伝えておく」

 秋斗さんはきっと気を利かせてくれたのだと思う。

 ベッドに腰掛け、さっきと同じように髪の毛に手が伸びてくる。そして、さっきと同様に指に巻きつけ始めた。

 本当に長い髪の毛が好きなのね……?

 九時を過ぎると点滴が終わり、湊先生が針を抜いてくれた。

「先生、ありがとう……」

「何よ、急に」

「……だって、湊先生がいなかったら私は毎週病院へ通わなくちゃいけなかったし、湊先生がここにいるからここで点滴をしてもらえる。本当なら病院へ行かなくちゃいけない。だから……」

「……そうね、間違いないわ。もっと感謝なさい」

 言って豪快に笑った。

「元気になったら何か作りなさいよ?」

「え?」

「お菓子作りも料理も好きなんでしょ?」

「……はいっ!」

「じゃ、今日は薬を飲んでもう寝なさい」

 栞さんが薬の準備をしてくれ、それを飲むと四人は揃って部屋から出ていった。

 一番最後に残った秋斗さんは、

「明日、十二時過ぎには迎えにくるから。おやすみ」

 と、額にキスをしてくれた。

 どうしよう……。こんな幸せ、いつまで続くのかな。

 今日は色々あってすごく疲れているはずなのに、胸のドキドキが止まなくてなかなか寝付けなかった。




 翌日も蒼兄が早朝ランニングから帰ってくる音で目が覚めた。

 蒼兄は帰ってくと、私の顔を見るためにこの部屋へ立ち寄る。

 きっと、ここにいる間はそれも日課のひとつになるのだろう。

 今朝も葵さんを誘っていったらしい。

「お仕事の前に迷惑じゃない?」

「どうかな? でも、なんだかんだ言っても葵は身体動かすのが好きだと思う」

 気心知れた間柄とはこういうことをいうのだろうか。

 そんな葵さんと、私も話してみたい。

「今日、秋斗先輩の家に移動するとき、葵が手伝うって言ってたからあとで会えるよ」

「本当っ?」

「嬉しそうだな。その間、崎本さんは席が外せないらしくてフリーで動けるのが葵だけみたい」

「なんだか迷惑ばかりかけてて申し訳ないね……」

「葵に対してはそんなふうに思わなくていいよ」

 そんな話をすると、蒼兄はシャワーを浴びてくる、と部屋から出ていった。

 その数分後に栞さんがやってきて、数十分後には湊先生がやってきた。

 栞さんはオレンジ色のロングスカートに白いタンクトップ。見ただけで元気になれそうなビタミンカラー。

 湊先生は湊先生らしいモノトーンの組み合わせ。黒いストレッチパンツにグレーのノースリーブ。それにいつか見た大ぶりのクロスネックレスをしていた。

 ただでさえ長い手足がよりいっそう長く見える。きれいで格好良くて羨ましい。

 点滴を入れられながら、

「良かったわね」

「え?」

「秋斗よ。やっと甘えられるじゃない」

「甘えるって……どうするんでしょう?」

「甘え方、か……それは難しい。私も甘えられる性質じゃないからなぁ……。でも、あんたが甘えなくてもあの男が甘やかすでしょ。甘え方は秋斗に教わりなさい」

 秋斗さんはいつでも甘い。初めて会ったときから甘かった。

 きっと誰にでもそう。

 ……私もいつかは誰かに嫉妬するのだろうか。

 そういうのはなんとなく嫌かな……。

 かといって、「ほかの子に優しくしないで」とは言えそうにない。

 胃痛の種になったらどうしよう……。

 そうこうしているうちに、昨日と同じく私の部屋での朝食が始まった。

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