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光のもとでⅠ 第六章 葛藤  作者: 葉野りるは
本編
22/59

22話

 薬を飲むと睡魔に襲われた。

「翠葉ちゃん、夏とはいえ風邪を引かないようにベッドへ戻ろう?」

 秋斗さんはそう言うと、いつものように横抱きに抱えて客間へと運んでくれた。

 恥ずかしさ以前に眠くてたまらない。少しでも気を抜くと瞼が閉じてしまう。

「……少し痩せたね」

 そうかもしれない……。体重も落ちているだろうし、動いてない分、もともとあってないような筋肉も落ちているはず。

「元気になったらまた森林浴に行こう?」

「本当……?」

「……本当。前にも約束したでしょう? また、外でランチしよう」

 秋斗さんの優しく甘い表情に、「はい」と答えそうになる。

「……どうしてそこで黙っちゃうのかな」

 行きたい――すごく行きたいけど、やっぱりだめな気がする。

 でも、今は……今は具合が悪いから、看病してくれる人の側にいてもいい?

 眠くて頭がちゃんと働かない。

「何も考えなくていいから少し休んで? 俺、ここで仕事してるから」

 秋斗さんの手が顔に伸びてきて、目を瞑るように促された。

「あ……でも、携帯鳴るしキーボードの音がうるさいかな」

 秋斗さんは独り言のように口にする。

 何も言わなかったらすぐに部屋を出て行ってしまうような気がした。

「行かないで――」

 思わず口にしてしまった言葉。

「……え?」

 言ってすぐに後悔した。

 でも、口にした言葉を取り消すことなどできはしない。

「翠葉ちゃん?」

「あのっ……私、すぐに寝てしまうので……だから、それまででいいから……この部屋にいてほしいです」

「翠葉ちゃんがいいって言うならずっといるよ」

 と、すぐ近くに来てくれた。

「だからおやすみ……」

 額に降ってきたのは優しいキス。

 いつもならあたふたしちゃうのに、どうしてか、今はその行為にひどく安堵した。

 私はそれから数分と経たないうちに眠りに落ちた。


 私はどうしたいのだろう……。

 もう答えは出したのに、どうしてこんなにもすっきりとしないのか。どうして、こんなにあとを引き摺らなくちゃいけないのか。

 側にはいられないと言ったくせに、どうして側にいてほしいと思うのだろう。

 側にいたいと思うのに、どうして側にいられると困るんだろう。

 自分が自分じゃないみたい。

 恋なんてしなければよかった。恋なんて、知らなければよかった――。




「翠葉ちゃん、起きれるかしら?」

 栞、さん?

 手の甲で目を擦りながら開けると、髪の毛を後ろでひとつに結んだ栞さんがいた。

「髪の毛、結んでる」

「さすがにこの季節は暑くて」

「……秋斗さんは?」

「今、蒼くんの部屋でデータ送信してるわ」

「……栞さん」

「ん?」

「人を好きにならなければよかったって思ったこと、ありますか?」

「ないわね」

 即答……?

「恋って楽しいことばかりじゃないけれど、でも、失恋も苦い思い出も、すべて自分を成長させてくれる糧にはなったと思うから」

「糧……?」

「そう。恋をすると色んなことを考えない? それこそ、どうしたら好きになってもらえるかとか、かわいくなりたいとか。……翠葉ちゃんはそう思ったことない?」

 私は……。

「そこまで気持ちが追いついてない……。でも、隣に並ぶときには外見だけでも年齢差を感じさせたくないないなって思いました」

「それもそのひとつよ。でも、どうして?」

「……どうしてだろう」

「もしかして後悔しているの?」

 後悔……。

「そうかもしれないです」

「それは好きになったことを? それとも、断ったことを?」

「……断ったのは自分で決めたことだから後悔なんてしちゃだめだと思うし、後悔しても何も変わらないと思う。でも、好きにならなければこんなふうに困りはしなかったかな、とは思います」

 栞さんはため息をつくと、ベッドに肘をついて私を見た。

「翠葉ちゃん、どうしてそんなに我慢しちゃうのかな?」

「我慢、ですか?」

「うん。好きなら好きでいいと思うの。私から見ると、もっと楽な道があるのに、翠葉ちゃんは棘ばかりの茨の道を選んで歩いているように見えるわ」

 棘ばかりの茨の道……。

「楽な道はどれでしょう?」

「好きな人に甘えちゃえばいいのに。秋斗くんは受け止めてくれるだろうし、断られた今でも待ってくれているのでしょう?」

「――でも」

「……でも?」

 雅さんのことを栞さんは知らない。

「翠葉ちゃん、私知ってるのよ。検査の日、雅に会ったでしょう?」

「どうしてっ!?」

「あまりにも翠葉ちゃんの様子がおかしいから静兄様を問い質したのよ。お兄様に限って調べてわからないことなんて何もないから」

「……そうだったんですね」

 あの日、帰ってきてからの記憶はほとんどない。

 どんな状態だったのかは翌日の湊先生や司先輩から聞いた話でなんとなくわかってはいるのだけど、そのときの記憶はないのだ。

「何を言われたのかは聞いてないわ。でも、さしづめ秋斗くんには近寄るなって内容なんじゃない?」

「……少し違うかな? 雅さんは教えてくれたんです。秋斗さんのお嫁さんになる人は子どもを産める健康な身体じゃないといけないとか――」

「……翠葉ちゃんはそれを真に受けたの?」

「真に受けたというか……納得してしまったんです」

「翠葉ちゃん、ちゃんと自分で納得したことならこんなふうに葛藤はしないものよ?」

 葛藤……?

「雅の言うことなんて気にしなくていいの。翠葉ちゃんがどうしたいか、それだけよ? それにね、結婚なんてまだ考えなくていいの。付き合ったからってその人と結婚しなくちゃいけないなんてことないんだから」

 コンコン――。

 ドアをノックする音にびっくりした。

 ドアは開いている。そして、そこにはドア枠に寄りかかるようにして秋斗さんが立っていた。

「お話し中失礼。栞ちゃん、その話の続きは俺がしてもいいかな?」

「いいわよ。もう……いつまで放っておくのかと思ったわ」

 秋斗さんに向かって言うと、栞さんは再度私に視線を戻し、

「少し秋斗くんと話しなさい。でも、いつもの癖はダメよ?」

「……癖?」

「そう。翠葉ちゃんは頭の中で考えて答えしか言わないことがあるから。ちゃんと考えている過程も相手に伝えること。いい?」

「……はい」

 栞さんはドアを閉めて出ていった。

「さて……翠葉ちゃん、何から話そうか」

 秋斗さんがベッド脇までゆっくりと歩いてきた。

「何を話せばいいでしょう」

「まずは、俺を振った本当の理由かな?」

 にこりと笑顔を向けられたけれど、思わず唾をゴクリと飲み込む。

 秋斗さん、怒ってる……?

 笑顔がいつもの笑顔ではなかった――。

このお話には涼倉かのこ様が描いてくださった挿絵がございます。

個人サイト【Riruha* Library】にてご覧いただけますので、よろしかったら遊びにいらしてください。

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