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第四話 10分間フレンズ

「ふぁあ〜……」


 翌日、5時間目終了後の小休憩。

 俺は机に頬杖をついたまま、大きなあくびをした。


「三毛君、眠そうだね?」


 体を屈め、俺の顔を覗き込む降雪。


「んぁ……ちょいと寝不足で」

「大丈夫? まだ新学期始まったばかりだよ?」

「ああ、大丈夫大丈夫」


 と言いつつも、正直この状況がずっと続くのはかなり辛い。

 昨晩も結局家に着いたのは1時近くで、それから冷え切った身体を風呂で温めたもんだから布団に入ったのは2時頃。二夜連続のアンダー5時間睡眠である。


「ふぁぁ…………あ、そだ」

「ん?」


 今にも癒着しそうなまぶたを懸命に持ち上げる俺は、視界に入った降雪を見てふと思い出す。


「昨日の柚木って子だけどさ……」


 しかしそう話を切り出した途端、降雪の顔から穏やかな笑みが消える。


「……何?」


 眉をひそめ、声のトーンがぐっと落ちる降雪。

 うわっ、怖っ……。だからみんな何でそんなに彼女のことに敏感なの?


「い、いや、何か友達の思い過ごしだったみたい。この学校の生徒じゃ無いんだってさ」


 俺は降雪の凄みに気圧されつつも、なんとか最後まで言葉を口にする。


「……ふぇ?」


 すると急に幼子のような声をあげ、首を傾げる降雪。

 ……何そのリアクション。可愛すぎるんですけど。


「いや、だから昨日話した子なんだけど、俺の友達がどうも気になってる子みたいで……」


 俺は頭の中でもう一度流れを思い出しながら、慎重に言葉を選ぶ。

 ……説明しよう。全ては千畳に命じられたことである。俺は昼飯をおごらされている時に、降雪に対しそう説明するように吹き込まれた。もちろん意味なんてわからない。


「あ、友達……なんだ! そっかー! へぇー!」


 しかし効果はてきめんだった。降雪は急に声を弾ませ、パッと表情を輝かせる。


「?」


 俺には何が何だかわからない。どうしてそれで降雪の機嫌が直るのか……どんな魔法を使ったんだ、アイツ? 俺は千畳の偉大さを改めて思い知らされる。


「…………よかった」

「ん? 何か言った?」

「ううん! 何でも無いっ!」


 降雪は制服で口元を隠し何かを呟いたかと思うと、もう一度満面の笑みを浮かべる。


「そうだ! 三毛君、今日リンちゃん部活休みらしいだから遊び行っていい!?」

「お、おう……別にいいけど」

「よし! じゃああと一時間頑張ろう! 三毛君も寝ちゃだめだよ?」


 そろそろ休憩も終わるころだ。降雪は一度時計を見やると、自分の席へと歩き出した。


「ふんふふんふふ〜ん♪」


 降雪には珍しい、鼻歌混じりの軽快なステップ。

 放課後もウチに遊びに来た降雪だったが、明らかにいつもより上機嫌で、俺も輪廻も何があったのかと首をひねるばかりだった。


 ************


「おーっす」

「うわっ!」


 そして深夜の鏡岩@美山。0時になった途端辺りが光に包まれて……みたいな部分はもういいだろう。

 岩に映った彼女に今日は普通に挨拶してみせたのだが、なぜか向こうは大きく飛びのいた。


「いや、『うわっ』は無いだろ……」


 また不審者扱いか? そう何度もやられるとさすがに凹むよ?

 しかし彼女は急にしおらしくなって、指をもじもじいじり出す。


「だ、だって今日もちゃんと来てくれるか心配だったから……」

「……」


 え……。

 それきりの沈黙。何それ、超恥ずかしいんですけど。これじゃまるで俺がわざわざ彼女に会いに来たみたいじゃん。……まあ事実としてはそうなんだけど。


「えっと、そ、そう! 昨日最後に何か言いかけてただろ? それが気になったんだよ!」


 苦しい言い訳。でもそうでもしないとこの微妙な空気は元に戻せそうもない。


「あ、そ、そっか! だよね。えっと……昨日言おうとしてたことは……えっと……」

「早くしろよ。10分しか無いんだから」


 顔を赤くしてあたふたする彼女を、照れ隠しにわざと強気に急かす俺。


「10分?」


 しかし彼女は俺の言葉に首を傾げた。


「気づいてなかったのか? ここで会話出来るのは午前0時からのきっかり10分だけらしいぞ」

「そうなんだ! じゃあこれからは時間を気にしながら話をしないと……って、それ!!」


 俺が昨日気づいた『10分の制約』について告げると、彼女は突然声を張り上げた。


「まさにそういうこと言おうとしてたの!」

「……というと?」


 彼女はビシッと指を突きつけるが、俺にはまだ何のことかわからない。


「私とあなたで協力してさ、この鏡岩のこととか、こっちとそっちの世界のこととか、色々調べてみない?」


 それが昨晩途中で途絶えてしまった言葉の全容。

 彼女は興奮にキラキラと目を輝かせ、女の子らしい見た目以上にずっと好奇心旺盛な性格らしい。

 まあその提案、実は彼女が言わなければ、俺から言おうかと思ってたことでもあったし……。


「いいけど……よっぽど暇なんだな」


 だってそれって毎晩ここに来るってことだぞ?


「う、うるさいっ! そ、そっちだってお互い様じゃない!」

「男はいーんだよ、ちょっと暇なくらいがかっこいい」

「何そのヘンテコ理論? ただ腐ってるだけじゃない!」


 腐ってるだけ、とはなかなか言い得て妙。それにしてもこの数日で俺は異性からどれだけの暴言を吐かれたことか……。


「……とりあえずそういうことだから協力して、よね?」


 そう言って再び静かになった彼女は、最後に上目でこちらを見上げる。


「……わかったよ」


 女はズルい。どう振る舞えば男が言うことを聞くか、知り尽くしてやがる。特に彼女は見てくれがいいもんだからその効果は絶大だ。


「……で、何から調べる?」

「そうだね……やっぱり一番気になるのは鏡岩のことを知ってた人が私達以外にもいた、ってことだよね」


『私達以外』とはきっと俺達をここへ誘ったあのメッセージの主達のことを言っているのだろう。

 こちらの世界だと机に文字を彫った誰かで、向こうの世界だと本にメモを残した誰か。


「その人達に話を聞ければ何かわかるかも……」

「そうだな、まずはそこから当たってみるか」


 とは言ったもののどうやって彼らを探せばいいのか……。俺が考えあぐねていると、彼女がある提案をした。


「こういうのはどう? 私は落書きが彫ってあるあなたの机をこっちで探す。あなたはメモが挟んであった本をそっちの図書室で探してみて」

「なるほどな……」


 俺は頷きつつも正直あまり期待は出来ないだろうと感じていた。そもそも別々の世界なのに同じ机、同じ本なんて存在するのか?


「まあ今はそれくらいしか手がかりないもんな……」

「決まりだね、本のタイトルは――」


 そして俺は彼女が告げた本のタイトルをケータイにメモする。そして、代わりにクラスでの自分の席の位置を彼女に伝えた。


「よしっ……とりあえず明日はこれで」


 彼女の方もメモを取り終え、カバンにケータイをしまおうとしたその時。


「えっ! ってか、あと1分しかないじゃん!」


 ふと残り時間が少ないことに気付いたらしい。


「そっか、じゃあそろそろ……」


 そして俺は今度こそ中途半端にならないよう、前もって別れの挨拶をしておこうと思ったのだが……。


「ダメっ! 待って!」

「え?」


 なぜかそれを彼女に止められた。


「名前! ちゃんと名前で呼び合おう!?」

「……は?」

「だって、なんかいつまでも『キミ』とか『あなた』とか嫌じゃん! これからもずっと会うんだよ!?」


 彼女はチラチラと時計を気にしながら、切羽詰まったように話す。彼女の言い分もわからないでもない。確かに目の前の相手のことを『そっち』などと呼び続けるのは些か抵抗がある。


「わかった。……柚木、でいいか?」

「……うん」


 俺がおずおずと尋ねると彼女はとても優しい顔で頷いた。

 何だよ……ただ名前で呼んだだけでそんな嬉しそうな表情(カオ)しやがって……。

 少し照れくさくって、わざと鼻をすする真似をして誤魔化す。


「今日はありがと」


 彼女はそんな俺に向かって律儀にペコリとお辞儀をした。そしていよいよ残り数秒となった時、


「じゃあね、また明日。ニャン(きち)君――」


 そんな悪戯な笑みを残して彼女は消えた。


「……は?」


 俺は彼女の最後の言葉に茫然とする。


「ニャ、ニャン……?」


 彼女は、柚木は最後に俺のことを何と呼んだ? おそらくは三毛って苗字が猫っぽいからって理由だろうけど……。


「くそ……はめられた」


 きっとアイツ(・・・)は今頃岩の向こうで腹抱えて笑ってやがる。

 ああ見えて相当ずる賢く、強かな女ならしい。少々見くびっていた。


「……絶対仕返ししてやる」


 俺は静かな闘志を燃やす。

 しかし不思議と腹は立たなかった。どうやって柚木に一泡吹かせてやろうか、そんなことを考えると楽しくて楽しくて、俺はまた寝不足を降雪に咎められることになるのだった。


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