モブキャラたちの憂鬱
特定の乙女ゲームのシステムについて知らなければさっぱり訳のわからない話になっております。
知ってても分からなかったらすみません
(うわ、最悪……)
学校からの帰り道、家まであと数百メートル。
一組のカップルの姿を視界に捉えて、私は大きくため息をついた。
私の少し先を並んで歩くカップルは、後ろ姿からして大変麗しい二人だった。
二人とも驚くほど頭がちっちゃくて、足も長い。モデル並みのスタイルの良さだ。そして美しいのは後姿だけでなく、時折覗く横顔もだ。どちらも、下手な芸能人より明らかに美形である。まさにお似合いの二人。
そんな二人が楽しげに笑い合いながら、並んで歩く後ろで私がもう一度、ため息をついたのは別に嫉妬のせいじゃない。
そりゃあ今まで彼氏なんて出来たことはないし、リア充爆発しろなんて何度口にしたかわかんないし、友達に彼氏が出来てそっち優先になったら祝福しつつもやっぱり羨ましくって、同じような境遇の友人たちと集まり、どろどろ負のオーラを放ちまくったこともあった。
だけど今の私は、いちゃつくカップルを見ても嫉妬なんて抱かない。どっちかといえば、早く視界から追い出そうと焦燥感に駆られるようになった。
なぜならば。
(うわああああ、はじまったあああああ)
不自然にならない程度の早足で、先をゆくカップルを追い抜こうとするも狭い道の真ん中を陣取り右へふらふら左へふらふらしつつ歩く二人の脇をすり抜けるのはなかなか難しい。そしてタイミングを計っていたら、おもむろに足を止めた二人がにっこりと笑いあって始めたとある行動に、私は言葉にならない叫び声をあげた。
たとえば、単純にいちゃいちゃするだけならいい。いきなり道のど真ん中でべろちゅーを始めても、今の私ならむしろ大歓迎である。若干度はすぎるものの、普通にいちゃついている分、許容範囲である。
なのに、今私の目の前でじゃれあう二人の様子は、どう見ても普通の範囲には留まっていなかった。
(なんでそこを触る! しかもどっちもいい笑顔!)
見た目には、とっても美しい二人の男女。
だがしかし、その様相はとっても異様だった。
楽しげに彼氏に触れる彼女。そこまではいい。
なのになぜだか、彼女が触れているのは、どう見ても彼氏の胸の一点。右胸の、中心辺り。
そう、明らかにそこは乳首である。
しかも普通に触るのではない。ねっとりと触るのならまだ、そういうプレイなのかなと思える、いやそれもどうかとは思うけどそういう性癖なのかなと納得できるのに!
連打だ。連打している。ものすごい勢いで、乳首を連打しているのだ。美少女が。乳首を。下手したら突き指するんじゃないかって心配になる勢いで、彼氏の乳首を連打している。正直、意味がわからない。
彼氏は彼氏で、にこにこ笑って彼女の行動止めないし。むしろ頬を赤く染めて嬉しそうにしてるし。え、なに、感じてるの? ちょう気持ち悪いんですけど。どエム? あの勢いでつつかれたら絶対に痛いと思うんだけど、ええと、開発済み? プレイにしても高度すぎて、彼氏いない暦イコール年齢な私には全く理解できない!
出来るならさっさとこの場から逃げ出したい所だけれど、なぜだか足が動かない。二人が醸す謎の空気に圧倒されてか、完全に固まってしまっていた。
いつもそうだ。最近やたらと増えた、美男美女のカップルたち。
彼らは所構わず二人の世界を作って、常人では理解しにくい方法でいちゃつきはじめる。目の前の二人みたいに乳首を連打したり、みぞおちに拳を何度も打ち込んだり、延々と肩にパンチをしたり。うん、意味がわからない。必ず仕掛けるのは可憐な風体の女の子の方で、彼氏の方はみんなにこにこ受け入れている。やめろよって言っても、口だけでみんな、どことなく嬉しげにしているのだ。ますます意味がわからない。たまにいかにもエロティックに首筋をなぞったり唇を触ったりしている女の子を見かけると、やってることはあれな気がするものの、ああ普通だって安心してしまう。うん、我ながら、毒されてると思う。
そしてこれも不思議なんだけど、そんな二人をうっかりと目撃してしまうと、終わるまでその場から離れることが出来ない。ひたすら狂気じみたいちゃいちゃを繰り広げる二人を、眺めていなければならないのだ。正直、やってられない。おかげで彼氏が欲しいなんて気持ち、綺麗さっぱり消えてしまった。
仕方ない。理由は分からないけれど、一度こうなってしまえば、彼らが満足するまでこの場から動けないのは分かっている。せめて誰かにこのやるせない気持ちを聞いてもらいたくて、ポケットからスマホを取り出して立ち上げたSNSアプリ、とあるグループ宛にかちかちと文字を打ち込んだ。
『カップル遭遇。女の子が男の乳首連打してるこわい』
『こっちも遭遇。美少女がイケメンの鼻の穴にすごい勢いで指つっこんで笑ってるちょう怖い……』
『なにそれこわい……ちなみに私の家の前で美人さんが男前に目潰し仕掛けてる。二人ともいい笑顔だけど男前の目から血が出てるし!こわい!バイオレンスすぎて近づけない家入れない助けて』
『こっちは今日は普通だわ。ひたすら頭撫でてるだけですげえ癒されるわー』
『うらやま! 代わって!』
『あっははーぜったいイヤ!』
すぐさま既読になった私の言葉の次に、お仲間たちからの報告が続く。
今日も街のあちらこちらでカップルたちがいちゃついているようだ。せめておかしなカップルが一組だけならまだ救いようがあるのに、大量にあちこちうろついているせいで、毎日グループの誰かしらから報告が上がる。目潰しに比べたら、乳首連打の方がまだましかな、なんて思ってしまうのが悲しい。ちなみにまだ私の目の前の彼女は、彼氏の乳首を連打し続けている。疲れないのかな、あれ。相変わらずいい笑顔だけど。
もしかして私たちの知らないところで、雑誌やらテレビの特集が組まれているのかもしれない。『彼氏とラブラブになるための、目潰しの方法☆』とか『乳首連打でカレの好感度アップ!』とか、そんな感じのさ。ぜひともすぐにやめていただきたい。普通のいちゃいちゃを推奨してほしい。見る側に優しい方法に改めてほしい。
『あーあ、彼氏欲しくない……』
『分かる。あたしも絶対いらんこわい』
ふう、としつこくため息をついて、打ち込んだのは本心からのもの。いや、もうほんとに。彼氏なんて間違っても作りたくない。万が一自分があっち側になってしまったらって考えると、一生一人でいいやって思ってしまう。間違っても彼氏の乳首連打してうふふあははと笑いあうようになんてなりたくない。
そして私は、未だ楽しげに乳首を連打し続ける可憐な少女の微笑みを見つめ。
死んだ目で再び、長い長いため息を吐き出すのだった。
触れるタイプの乙女ゲームの中のモブキャラさんたち。