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橋間彰宏のとりとめのない日々5



 ――とか思ってたけど、相手からやってきた場合はどうすればいいんだろう。

「原西、ちょっと移動しよっか」

「あ? なんでだよ」

 もともと悪い目つきを更に尖らせて、崩した短ランを着た男は俺に迫った。おぉ、顔近。誰かが後ろから押したら悲惨な事故が起こりそうな距離だ。

 ここ校門の前だってのになぁ。通り過ぎる奴みんな振り返って見てんぞ。こんなザ・不良みたいな奴に絡まれてるとこ見られるなんて、まずいんじゃねぇか? 原西んとこの高校は不良しかいないからそういうの気にしたことないんだろうけど。

 校門から出る直前に捕まったことから考えるに、どうやら俺は待ち伏せされていたらしい。なんでだ。喧嘩なら夜すればいいじゃんよ。わざわざ学校まで来なくても。

 幸い俺の友達はみんな部活やってるから、テスト期間以外は一緒に帰ったりはしない。帰宅部で良かったと心底思った。出会い頭いきなり殴りかかってくるような知り合いがいると思われるわけにはいかない。

 脱色しすぎて白い絵の具塗ったみたいにパサついてる髪、ボタン全開の上着、その下にはオレンジのTシャツ。片耳ずつ五連のピアス、ドッグタグみたいなプレートのついたネックレスに、左手にはメリケンサック。うちの高校だったら校則違反のオンパレードだ。

 ま、さすがに喧嘩をしに来ただけあって腰パンはしてなかった。一回俺も試したことあるけど、制服であれやるとマジで機動力落ちる。

 しかし、ここまで崩してても一応制服は着てるところが偉いっちゃ偉い。

「氣仙の奴は不良耐性ないからあんま刺激すんなって言ってんの。ここでやりあって先生に止められんのも面倒だろ」

「てめぇ、どの口が言ってんだ、あぁ? 猫かぶりやがってよぉ」

「んことねぇよ、いつだって素だよ。で、とーすんの。場所変えねぇなら、俺、お前とやんねぇけど」

「別にどこだってかまわねぇよ。てめぇを沈めてやれんならなぁ!」

 ぎいぃ、と音がしそうな勢いで鋭い犬歯をむき出しにする原西。だから、そーいうことすんなって。周りの奴ら怯えてんじゃねーか。

 俺はため息をついて、目線を校門の外に向け、原西を促した。

「じゃ、近くに廃工場あるからそこで――」

「は、橋間くんっ」

 ちょっと下の位置から上ずった声。見ると、背の低い女子が、見るからに勇気振りしぼってますって感じの緊張した面持ちで俺を見上げていた。

「あ、あの、その人ってぇ、知り合いの人?」

 あー、ほら、やっぱり。なー、原西、お前が無暗にガンつけてっからこうなるんだよ。

 女子は言外に「先生呼ぼっか? なんで絡まれてるの? もしかして苛められてる?」と問いかけているのだ。

 俺はなるべくいつもどおりを心がけながら、明るい調子で、「うん、そーなんだ」と答えた。

「つーか、従兄弟。こいつ柄悪いけど、根は悪い奴じゃないから怖がんないでやってな。じゃ、ばいばい」

 また明日、と手をふると、女子は目に見えてほっと肩の力を抜いた。

「あー、そうなんだぁ。うん、ばいばい」

 遠巻きにして聞き耳を立てていたほかの奴らも、なんだそうかと散っていく。放課後っつってもまだ補習とか部活とかある奴らがいるから、下校人数はそんなに多くない。

 振り返ると、原西は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「だぁれがてめぇの従兄弟だって?」

「怒んなよ、嘘も方便って言うだろ」

「俺は別にてめぇの学校生活なんざ知ったこっちゃねぇんだよ。先公が来ても無視すりゃいーし、邪魔すんならぶっ飛ばしゃいい。ここで始めたって構わねぇんだぜぇ!?」

 あれ、なんか怒ってる。どうしたもんかな。

 とりあえず校門を出よう。大股で歩きながら、「まぁ落ち着けって」と原西を宥めてみる。

「お前マジ短気だよなぁ」

「ああぁ?」

 不機嫌丸出しの厳つい男は、とうとう会話を交わそうとすらしないでメンチきり始めた。すげー凶相だ。

「いや、ずっと怒ってて疲れそうだなって」

「知ったようなこと言ってんじゃねーよ。てめぇ俺のことそんな知らねーだろ。根は悪くない、とかどの口が言ってんだボケ!」

「あぁ、それな。だから方便だって。根も悪いよな。知ってる知ってる」

「ぁん?」

 原西はますます眉間にしわを寄せる。知ってるって言われんのが嫌なのか。めんどくせー奴だな。

「だってお前、カツアゲとかリンチとかしてんだろ。何人かに泣きつかれたぜ。つーかさぁ、一人でも相当強いくせに集団で弱い奴いたぶるって何なの」

 不本意なんだが、俺には何人か――いや何十人か、『舎弟』がいる。頼まれごときいてやったり、悩み相談に乗ったり、吹っ掛けられた喧嘩を買ってやっつけたりしてたら、いつの間にか「俺! 橋間さんのためならなんでもするっス!」っていうよくわかんねぇ連中が湧いて出たのだ。

まぁ別に問題起こさないならいっか、と思って放置してたら、独自に序列決めていって、そのうち『隊長』とやらが「橋間隊って名乗りたいんですけどいいっすか」とすげー真剣な面持ちで許可を求めに来た。今時奇特な奴らだ。

で、そんなかの数人が、「原西まじヤバいです、HAD極悪すぎます」と報告に来たりしたのをきっかけに、俺は原西の名前を知ったのだった。

不良校として名を馳せる名雲工業高校のなかでも群を抜いて強く、目的のためなら手段を選ばない悪人として有名らしい。

いわく、元々リゲラっていうグループに所属してたのに、そこのトップを半殺しにして、HI ATTAKING DRAGON、略してHADというチームを立ち上げたとかなんとか。下部組織を含めるとメンバーは二百人を下らないとかなんとか。どこの不良漫画だ。

 が、そんな不良一直線な世界で生きてる原西も、俺と一個だけ共通点がある。それは、常に強い奴と喧嘩したい欲求があるってとこだ。

「よえー奴に気ぃ使う必要なんかねぇだろ、馬鹿じゃねぇの」

 ふん、と原西は鼻で笑った。

「俺は強い奴相手には卑怯な真似はしねぇよ。集団で相手なんざ絶対ない、もったいねぇじゃねーか。でもよえーのを一人で相手すんのはめんどい。集団で囲まねーと、一人相手なら逃げられっかもって馬鹿なこと考える奴がいんだよ。俺舐められんの嫌いだし、逃げる奴いちいち捕まえんのタルい。ほんっと最近、つえー奴見つかんねんだよなぁ」

「美木とか三森とかつえーぞ」

 うちの戦闘要員の名前を挙げてみる。実際『神国』で闘ってんのはほとんどあいつらだ。

「あぁ、おもしれーよな、あいつらも。お前倒した後にヤるわ」

 原西は目をきらめかせ、嬉しそうに笑った。おぉ、こんな顔もできるんだな。

 路地裏を通って、滅多に人が寄りつかない廃工場の敷地に足を踏み入れる。やいなや、原西の鋭い蹴りが飛んできた。予想はしていたのでその足を掴んで引き倒す。でも深入りはしない。こいつはバネあるからすぐに起きあがれるし、力勝負になったら俺のがちょっと不利だ。

 だから間髪入れず顎に拳を叩き込んだ。が、原西はほんの少しよろけただけで、猛然と俺に向かってくる。てか頭突き……!

「ってぇ……」

 痛い痛い痛い。くるってわかってても避けられねぇもんは避けられねぇ。

 目の前に星が散って、ぐわんぐわん脳が揺れる。頭突きなんかしたら自分も無事では済まないはずだが、原西はよっぽど石頭なのかそのまま押し倒してきて、マウントを取られた。

 殴りつけてくるのを腕で無理やり払い、髪を掴んで引き下ろす。

 お互い一歩も引かぬまま、無茶苦茶な取っ組み合いはしばらく続けられ、やがて二人とも満身創痍になり息切れしながら拳を振りかぶる状態となったがそれでも勝敗は決まらなかった。そういえば前回もこんな感じだったな……あんときは誰かに警察呼ばれて慌てて逃げたんだっけ。

「っはあ、おっまえ、やっぱいーなぁ!」

 口と鼻から血を流しながら原西が笑う。もっとも俺だって端から見れば酷い有様だろう。

 昔涙夜がテレビでボクシングの試合を見て、痛いことする人の気持ちってわかんないなぁと呟いていたが、それは痛みを上回る快感を知らないから言えることだ。

 自分の打撃が当たったとき、戦術が成功したとき、闘いがいのある強い相手と巡り会ったとき、最高に体中が沸き立って世界が輝いて見える。ぞくぞくっと痺れるような興奮が背骨を駆け抜けてゆき、いてもたってもいられなくなるのだ。

 原西もそういう性質なんだろう。弱いものいじめすんのはどうかと思うが、こいつも俺と同種の人間だ。

 憎しみも恨みも怒りもなく人に暴力を振るえる。その瞬間のために生きている。

 原西はぺっと血を吐き捨て、言った。

「お前さぁ、負けたら俺のチーム入れよ」

「え、無理。あ、俺言ってなかっ、たっけ? 一年前、な、瀬田さんて人の下についたんだ」

「……は?」

 原西は目を見開く。あぁ、こいつも俺が神国のトップだと思ってたのか。一回みんなにはっきり言っとくべきだな、これは。

 口を開くと傷がひきつって痛いんだが、誤解を解かねばと会話を続ける。

「そっか、それでお前そんな、俺にこだわってたんだ。悪いな、なんか。でも神国のトップは、喧嘩に強いとかそーいう次元、の人じゃないから、強さを決める分には俺相手で問題ないとおも――」

「んだそれ!!」

 叩きつけるように原西は叫んだ。悪鬼の如く目を血走らせ、俺の襟首を掴み上げる。お前さっきまでの疲れはてた様子はなんだったんだ……。

「下につくってなんだよ! お前やられたのか!? 俺にやられるより先に!? なんだよそいつ、ぶっ殺してやる!!」

「落、ち着けよ、原西、別に俺負けたわけじゃなくて――」

「じゃあなんで下になんかつくんだよ! てめぇ負けてもねぇのに自分から頭下げに――ぐ、」

「だから落ち着けって」

 ごす、と下から原西の鳩尾を抉り、空いている左手でぽんぽんとその肩を叩いた。こいつがこんな隙作るなんてやっぱ疲れてんだな。怒りのあまり一時的に元気が出たのか。

「お前そんな生き方しててよく血管切れねぇなぁ」

「るせぇ。ちゃんと答えろよ」

「あー、まぁ説明しずらいんだけどさ」

 なんか喧嘩する雰囲気でもなくなっちまったので、転がってるコンクリートブロックの上に腰を下ろす。原西は俺から少し距離をとって木材の上に座った。

「一年前、俺の前に瀬田さんて人が現れたんだ。で、俺はこの人にはかなわねぇと思、って、下についた。神国の仲間は、みんな瀬田さんの配下。以上」

「んだそりゃ……肝心なとこが全然わかんねぇじゃねーか」

「喋りづれんだよ、今。あとでな」

「あぁ……しゃーねーな」

 意外にも原西はあっさり引き下がった。

 聞いた話とか今までの様子からイメージしてたのはもっとこう、横暴で強引な暴君って感じだったんだが――認めた奴には普通に接すんのかな?

「今度はその瀬田って奴ともやりてぇな」

 学ランの袖で鼻血を拭いながら、原西は言う。だから、瀬田さんは喧嘩強いわけじゃねぇんだって。

 やっぱ本人が出てきて説明してくんねぇとどうしようもねぇよなぁ、と俺はため息をついた。




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