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橋間彰宏のとりとめのない日々3




 立川涙夜(たちかわるいや)と俺がいつ出会ったか、正確なところは覚えてない。

 家が隣とはいえ最初は特に交流はなかったらしい。うちが典型的な庶民で普通の一戸建てに住んでいたのに比べ、涙夜の家は見るからに豪邸だったので気後れしたのだと母さんは言っていた。

 大人たちの話によると、涙夜の母さんは娘を有名私立の付属幼稚園に通わせていたが、途中で先生とどうしても意見が合わなくなり、退園させた。そのあと、いっそ公立のほうがいいかもしれないと行かせた小学校で涙夜と俺は初対面を果たしたようだ。

 でも俺はなんとなぁく幼稚園時代の涙夜と話した記憶もあるので、多分大人が知らないところでこっそり仲良くなってたんじゃないかという気もする。

 とにかく、子供同士が一緒に遊べば親同士も親しくなるもので、今ではすっかり理想的なご近所づきあいをする仲になった。

 お歳暮のお裾分けをしたり、作りすぎたお菓子を分けてもらったり。

 涙夜の母さんが作るクッキーはかなり旨い。しかもいいって言ってんのに、毎回可愛くラッピングした状態でくれる。

 今日も、涙夜は星が並んだデザインの小袋に四角いクッキーを詰めて持ってきてくれた。

 背中の真ん中辺りまで伸ばした栗毛色の髪が、風にふわりと揺れていい香りを散らしている。少しフリルのついた白いブラウスの上で光る青いネックレスが女の子らしい。

 今回は私も手伝ったんだよ、でもちょっと失敗しちゃったぁ、とはにかみながら涙夜は言った。見た限りでは全然そんな感じはしないけど、味の問題なんかな……。

「アキくん、今何してたの? お勉強?」

「や、寝てた。俺寝癖ついてない?」

「えー、わかんないよ?」

 涙夜はくすくす笑う。あぁ、どっか髪がびよんってなってんだな、きっと……。

「あ、こないだね、アキくんのお友達に会ったよ。三森ちゃんて子。私の友達の妹の友達の先輩なんだって」

「よく会えたな」

 凄く遠くないか、その関係。そういえば三森も偶然会ったとか言ってた。

「ねー。びっくりだよね。話してたら、アキくんと仲いいんだってわかって、えー!って。明るくて可愛くて、見るからにいい子って感じ。知り合えて良かったな」

「あぁ、三森はいい奴だよ」

 ちょっと癖はあるけど、頼りになる。素直にそう言ったら、涙夜はいたずらっぽそうな目つきになった。

「ふふ。アキくんもそろそろカノジョとかつくっちゃうお年頃かな?」

「何言ってんだよ、そんなんじゃねぇって」

 苦笑して否定する。

 俺が恋愛にときめけたとしても、三森はない。あいつも絶対、聞かれたら「橋間はない」って言うことだろう。考えるまでもなく友達以上にはなりえない奴なのだ。

 もっとも、それは涙夜とだってそうだ。こいつの場合は三森みたいにはっきりしてないが。

三森は涙夜が俺のことを好きだと言っていた。俺もたまにそうなんかな?って感じることはある。例えば今。三森が俺の彼女にならないって知ってちょっと嬉しそうにしてる、ような。

 でも俺は涙夜とつきあうこともないだろう。それは幼なじみだからというんじゃなくて、もっと根元的な問題だ。

 なんつーか、こいつは俺のことを好きみたいなそぶりは見せるけど、本当に好きな訳じゃないと思うのだ。これは涙夜に限った話じゃなく、俺のことを好きだって言う奴には大体感じる違和感だ。あいつらが思ってる『橋間彰浩』って、あいつらが求める『橋間彰浩』なんだろーな、って。まぁ別にいいんだけど。涙夜の感情がどうあれ、こいつが優しくてしっかり者の幼なじみってことに変わりはない。

「クッキーもらうな。ありがと。いっつもごめん」

「うぅん、こないだおばさんに美味しいゼリーいただいちゃったし。あれ葡萄味がとっても」

『♪ピロン』

 携帯が鳴った。あー、マナーモード解いてたから。

「わり、メール」

「うん、じゃあ私帰るね。ハート型のやつだけ私のだから、あとで感想聞かせてっ」

 にこ、と笑い、涙夜は背を向け自宅に戻っていく。

 メールは三森からだった。

「ヤクザって何。説明」

 相変わらず簡潔だ。なんで三森が知ってんだろ。ハイジが話したのかな。あ、三森の前にもメール来てる。

「【❤緊急連絡❤】いまケートがヤクザに脅されたとかで験也さん超気ぃ立ってっから、しばらくマギダン来ちゃダメだよぉ。あともし心当たりある奴いたら名乗り出なさい。今ならパンチ一回で許してあげんよ☆」

 ……ハイジか。これ一斉送信だな。そりゃ説明が欲しくもなるだろう。ほかの奴らだって遠慮して聞いてこないだけで、ホントはめっちゃ気になってるはずだ。

 一昨日の夜、ハイジに呼び出されたときのことをさらっと書いて三森に返信する。ついでに圷と遠藤にも送っておいた。これで瀬田さんにも伝わるはずだ。

 ヤクザ……ね。十中八九俺たちはあの死体とは関わりないと思うけど、念のため調べとくか。

 携帯のアドレス帳から、『Xgeek(エックスギーク)』を呼び出す。数コールですぐに繋がった。

「久しぶり。橋間だ」

「あぁ、久しぶり。元気そうだな。依頼か?」

 兵賀だった。珍しいな、こいつが電話に出るの。

「実はこないだ近くで起こった殺人事件なんだけ『ガシャン! ガタッバタバタバタバタッ』……大丈夫か?」

 電話口の向こうで、何か重いものが大量に落ちたような音がした。

「あぁ、(しゅう)だから」

 兵賀は気にした様子もなくクールに言う。

「そっか、じゃあしょうがねぇな……」

 兵賀の仲間の一人である速水秀は、凄まじく間が悪い男だ。けしてそそっかしいわけでもないようなのに、始終誰かにぶつかったり物を落としたり書類にコーヒーをぶちまけたりしている。

 あんまり隠密向きとは思えないんだが、意外に優秀らしい。少なくとも兵賀には気に入られてる。

「で、殺人事件のことか? マギダンの裏手で殺された十亀組組長の奥さんだよな。十亀祐子、三十一歳。発見者は君のとこの恵登くん」

 兵賀との会話は、こっちが何も説明しなくてもだいたい察しててくれるから楽だ。

「そうそう。もっと詳しく調べてある?」

「予測はついてる。堅悟に裏取らせるよ」

「お前の予測ってほぼ確定だろ」

「さぁね」

 兵賀は沈んだ声で言った。うわ、しまった。馬鹿だな俺。

「ごめん」

「謝ることじゃない、俺が弱いだけだよ。明後日にはわかると思う。どうする?」

「せっかくだからマギダンで聞く。俺が知りたいってよりかは、験也さんに教えたいから」

 ハイジが言うとおりあの人は恵登が絡むと結構しつこい。いくら俺たちがヤクザなんか知らないと言っても内心少しは疑ってるだろう。第三者からの情報提供が大事なのだ。

 マギダンは俺たちがくつろげる貴重な場所だ。こんなつまらないことでふいにしたくない。

「わかった。値段は堅悟に決めさせるよ。三万ぐらいかな」

「う。まけてくれっかな」

「眼鏡新調したいって言ってたからなぁ……まぁ堅悟は橋間のこと好きだからいけるだろ。じゃあな」

「おぅ」

 通話を切る。

 頭良すぎるってのも大変だよなぁ。兵賀だったら世界征服だってできそうなのに、あいつはずっと苦しみ続けてる。

 カウチに深く腰掛けて、さっきもらったクッキーの袋を開けた。ほんの少しだけ端がかけたハート型のやつをつまんで噛み砕く。

 ――めっちゃ旨い。

 おばさんのより旨いかもしれなかった。さくさくしてて上品で甘すぎない絶妙な味。涙夜そのもののような。あいつと結婚する奴は幸せだろうなぁと思いながら半分ほどたいらげ、袋を閉じる。早く気づけばいいのにな。俺のこと本当に好きなわけじゃないって。

 





 今日はやたら寒い。そろそろ学校でも暖房が使われる時期になってきた。俺はわりと寒さには強い方だけど、それでもブレザーの下にはカーディガンが欠かせない。

朝礼が終わり教師が教室を出ていくなり、平田が話しかけてきた。

「橋間、昨日なにやってたん? カラオケくれば良かったのにー」

 盛り上がったんだぜ、と残念そうに言う。

「わり、母さんに掃除いいつけられて」

 土曜日は涙夜にもらったクッキーをかじりながら家でごろごろし、日曜は母さんに頼まれ掃除をし、まったく外にでる機会がなかった。まぁたまにはそんな休日もありだろう。

「えー橋間の部屋綺麗じゃん」

「いや、トイレ掃除とか」

「マジか」

「おぅ」

「お前~。このいい子ちゃんめ」

 平田に頭をぐりぐりされる。別に痛くなかったから笑って好きにさせた。

「どしたの」

 平田と仲がいい木田が寄ってくる。

「あ、木田。橋間昨日トイレ掃除してたんだって。こいつ多分息子にしたい男ナンバーワンだよ」

「へえぇ。すげぇなお前、反抗期とかねぇの? グレたりしねぇの?」

「ハハッ、橋間がグレるとか想像できねぇー! おもしれーから一回金髪に染めてみろよぉ」

 からかうように言ってくる平田を適当に流し、一時間目の授業の準備をする。

「あ、でも俺さ、聞いちゃったんだけど」

 木田が思い出したように言った。

「ハシマって名前で不良の奴いるんだって! しかもなんか不良チームのトップらしいぜ。まーそっちはどういう字書くかわかんねぇし、別人なのは確かだけどな!」

 うお。まさかこいつの口からそんな話題が出るとは。さすがに目の前に本人がいるとは全然思ってないみたいだが。

「へぇ、いるんだそんな奴。ハシマなんて珍しそうな名字なのになー」

「なー。俺の姉貴の友達、ちょっとヤンキー入ってるギャル系多いんだよ。かっこいい近づきたいきゃー!って話を隣の部屋でめっちゃしててさ」

「なんか女って不良好きなー。俺らみたいな真面目なんがモテるべきじゃね?」

「いや、お前も真面目ではないだろ……」

 木田のつっこみに平田はヤハーと笑う。

「まーな。今日も教科書忘れちったしな」

「おい」

 真面目ってのは委員長みたいな人のことを言うんだよ、あの人こそモテるべきだと木田が言い聞かせる。もっともだ。平田はいい奴で好きだけど、なんでこの学校入れたんだろう……? そこそこの進学校のはずなのに。

ぼろが出ないようにと口数少なくなる俺をよそに、二人は会話を続けた。

「委員長いい人だよな」

「お前は謝礼をしなきゃいかんレベルで世話になってんじゃねぇか?」

「俺たまにお母さんに見える」

「あぁ、わかるわかる」

 心配するまでもなく、話題は平田がいかに委員長に助けられているかに変わっていた。『不良のハシマ』について追求されなくて良かったという気持ちと、さくっとバラしてすっきりしたいなって気持ちが交錯する。

 どうせ今日はXギークの報告を聞きにみんなマギダンに集まるから、その時に相談してみようか。

 ハイジの苦い顔を思い浮かべて、少し笑った。





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