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瀬田百雨の新しい日々4



 全く状況を把握できていなかっただろうが、橋間は大らかな性格を発揮し、細かいことを聞いてこなかった。起き上がるのを手伝ってもらい、俺は念のため美木にまた電話をかける。

 くそ、やっぱり繋がらない。携帯の電源切られてるか、最悪壊されてるかもしれない。

「誰がその情報寄こしたんだ」

「HADの原西です。あいつなんでかヤクザの集会に出くわしたらしく」

 あぁ、名雲の血の気の多い奴か。橋間と仲良いとは思わなかった。

「場所はわかるか」

「近くの埠頭の倉庫です! 兵賀が堅桜会なら多分そこだろって」

「確証は」

「九割間違いないです」

「そんなの確証って言わねーよ! くそ、借りは作りたくなかったが」

 アドレス帳から、安藤に教えられていた緊急時用の番号にかける。

「こちらマツシタです。ご用件は」

 澄ました男の声。マツシタの職員か。

「遠藤美木の居場所が知りたい」

「了解しました。そちらは瀬田百雨様でよろしいですね? ただいま捜索を開始します。――確認がとれました。位置情報と地図をお送りしますのでお待ちください」

 ブツ、と電話が切れて代わりにメールの着信音が鳴る。橋間の言った通り、表示されていた住所は近くの埠頭だった。

「なんですか今の」

「情報屋だ」

「Xgeekみたいな?」

「それどころじゃない」

 あいつら多分衛星使ってる。

 不思議そうな顔の橋間に構わず、タクシーを呼び止めて後ろに乗り込む。すぐに橋間も隣に座った。

「『力』使わないんですか?」

 小声で聞いてくる橋間に、「現地に着くまでは無理だ」と返す。『力』がどういうものなのかは、圷とマツシタ以外には話してない。ほかの奴らは、なんだかよくわからないけど超能力っぽい?と思ってるんだろう。桐津辺りは感づいてそうだが。

「なるべく早く着くようにしてくれ」

 万札を二枚運転手に渡したら、「そんな、お客さん、悪いですよ」 と言いながら腕まくりした。こいつの腕がいいことを祈る。

 幸い平日の昼間で、そこまで道路は混んでいなかった。はりきって飛ばしてくれた運転手のおかげで思ったより早く着く。

 転がるように車を降りて探しに行こうとするが、一歩進むたびにぐわんぐわん脳が揺れて、胃液が逆流しそうな気持ち悪さに襲われた。完全にさっきの反動が来てる。

 さりげなく後ろに立って支えてくれた橋間が、「潮の香りがしますね」と呑気なことを言う。いらっとしたので、事前告知せずに力を使った。この辺り一帯の時を止めれば、俺が亀のような歩みで探しまわっても問題ない。

 人気がないとは言え、定期的に船が止まる場所だ。殺す予定の男をそこら辺に転がしておいたりはしないだろう。つまり、どこか建物の中にいるんだろうが……。

ぱっと目につくのは、、いくつも建ち並んでいる装飾も何もない素っ気ないドーム型の倉庫だ。入口には鍵がかかっていて、到底開けられそうにない。俺にものを腐食させる『力』があれば……!

「くそ! つーか広すぎだろここ……」

 いくら時が止められるとはいえ、既に相当消耗している。あまり長いこと力を使い続けることはできない。いったん引き返して鍵屋でも探すかと思ったとき、黒い車が目に入った。なんか異様な感じがする。なんでだ? ――あぁ、黒すぎるんだ。窓にスモーク張りまくってて中が見えない。いかにもヤクザが乗りそうな車だ。もしまだ中に人がいるなら――

 ゆっくりと近づいて、車のドアの取っ手を引いた。ちょうど降りるところだったらしく、中の男は鍵を引き抜こうとする姿勢で固まっている。鋭い目つき、オールバックの髪、かっこいいより怖いと言われそうな顔、スーツを着てても到底サラリーマンには見えない荒んだ雰囲気。こいつ、籤原総介(くじはらそうすけ)だ! 橋間が持ってきた資料の中に写真があった。堅桜会の、トップ。

 よし! いける!

 俺はナイフで籤原の上着を切って脱がせ、危ないものがないか探り始めた。

 こいつなら絶対美木の居所を知ってる。知らなくても、部下に命じれば居場所を知れるし解放させることもできる。海外のマフィアとか半端な不良じゃないんだから、トップが人質に取られたからって裏切りはしないだろう。

 高そうなライター、煙草の箱、財布、隠しナイフ、携帯。上着はこんなものだった。あとは靴とズボンと車の中一通り見た方がいいな。ナイフもう一本、なんかの書類、鋏、隠し財布、ロープ。さすがに銃はないか。見つけられなかっただけで本当はあるかもしれないけど、籤原が取り出せないようにすればいい。ロープがあったのは助かった。

 まず、籤原の足と腕だけ時間を解除して、後ろでがちがちに縛る。次に胴体を車のシートにくくりつける。籤原の後ろに回って、ナイフを首に突き付ける。ちょっと食い込みそうなぐらいが調度いい。

 支度を終えて、『力』を解除した。

「……あ!? んだこれ……」

 籤原がどすの効いた声を出す。

「動くな。こちらが聞いたことだけ答えろ。さもないと殺す」

 耳元で冷たく言う。椅子越しだから、頭突きをしようと思ってもできないだろう。籤原は、ハッと馬鹿にしたように笑った。

「おいおい、刑事ドラマの見過ぎだぜ。どこのおぼっちゃんだよ、ぁん? にしても、いつのまにこんな」

「余計なことは喋るな」

 ナイフを滑らせる。つう、と首に一本赤い筋が浮いた。

「遠藤美木がここにいるな」

「遠藤? 知らねぇな、ほかあたってくれよ」

「そうか。なら部下に聞け。知っているはずだ。部下も知らないと言ったら、お前を殺す」

「過激だな」

「脅しだと思うか?」

 俺はナイフを籤原の目玉の前に持っていった。

「お前らなら知ってるだろう。人なんか簡単に死ぬ」

 籤原は少しの沈黙の後ため息をついて、「最近の若いやつぁ」とぼやくように言った。

「将来有望でやんなっちまうな。金髪のガキなら五番倉庫の中だ。案内してやるぜ」

「いい。鍵だけ寄こせ」

「鍵は部下が持ってる。俺が行かなきゃ絶対開けんなって言ってあるから、お前じゃ無理だ」

「電話すればいいだろ」

「怖くて声が震えちまうかもなぁ」

 見なくても籤原がにやにやしてるのがわかった。刃物で脅されてるのに随分肝が据わってる。ここまで露骨だとこいつの狙いは予想がつくが、一度はのってやる必要があるかもしれない。力を見せなきゃ舐められっぱなしだ。

「わかった。服はそのままで行け」

俺は、籤原の胴体と足に巻きつけたロープを一旦解いた。今の籤原の格好は、シャツ一枚にトランクス一枚だ。この時期にキツいかもしれないがそこまでの情けはない。

「おっ、話わかんじゃねーか」

 嬉しげに言った籤原は、ドアを開けて外に出て、続いて俺が出るまではおとなしくしていた。だが次の瞬間、予備動作を見せずに膝を蹴ってくる。当たる直前に力を使って時を止め、俺は籤原を縛りなおした。足は少しずつしか歩けないように繋ぎ、腕は動かせないよう胴体ごと縛る。

 余ったロープの端を持って力を解除すると、籤原の笑顔が徐々に驚愕に変わり、次いで物凄く胡散臭げに俺を見た。

「てめぇ、なにもんだ」

「神だ」

 俺は断言した。圷に何千回と言わされたせいで、もうこの言葉を吐くのに躊躇がなくなっていた。

「お前が何をしたって無駄だ。俺に攻撃は当たらないしお前が逃げ出すこともできない。もう一度試してもいい。できるものならな」

 言った直後、俺は時を止め、わざわざ籤原を道の上に座らせ、力を解除した。籤原からすれば、突然自分が尻もちをつかされたとしか思えないだろう。舞台裏を知っている俺以外にとっては神業以外の何物でもない。特に、自分の腕に自信がある奴は。

 籤原はさすがに呆然としていたようだが、すぐに口角を引き上げ、獲物を見つけたときのように凄みのある笑顔を浮かべた。

「は……こりゃおもしろい! 海老で鯛が釣れたぞ」

 は?

「俺なんかにその力、見せてよかったのか?」

 からかうような口調に一瞬たじろぐ。今までこういう反応をした奴はいなかった。

「……見たからといって対処できるか? 人は神に逆らえない」

 わずかに生じた迷いを押し込め、圷に教え込まれたはったりをきかす。しかし籤原はにやにや笑いを止めなかった。

「若ぇなぁ、おい。お前の配下はそれで騙されんのか。俺にはただのちょっと変なガキにしか見えねぇよ」

 意味深な言い方に背筋が竦む。

 こいつは俺の正体をわかったんじゃないか、ほんとは神でもなんでもない平凡な男だと、いやそれより、元々俺の力のことを知っててとっくに攻略済み――

 落ち着け。相手はヤクザだ。それこそはったりに関しては奴らの得意分野じゃないか。ペースに飲まれちゃ駄目だ。弱気を起こすな。こいつが何を言ったって、俺の方が圧倒的優位に立ってることには変わりない。

相手は魔女じゃない。ただの人間だ。いつも通りに進めれば何も問題ない。

「そろそろ黙れ」

 ナイフの柄で籤原の頭を殴りつける。痛そうにしていたが、意外にも何も言ってこなかった。俺を丸めこむことは諦めたのかもしれない。しかしまだ油断はできない。

 無口になった籤原の先導で五番倉庫に向かって歩く。俺はできれば這って進みたいぐらいの疲れ具合だが、この男の前でそんな弱みは晒せない。『力』がある限り負けなしとは言え、こういう奴の前では多分ある程度見栄を張らなくてはいけないのだ。橋間相手とは違う。

 倉庫の入り口の前に立ち、早く開けさせろと籤原に目で促す。籤原は片眉をひょいと上げて、「携帯」と言った。

「は?」

「入口の前から電話かけて開けさせる仕組みなんだよ」

「……つまり、お前を連れてくる必要はなかったと」

 そうだろうとは思ってたが。

「いや、入口に来てからっつったろ。すぐに入らなきゃ結局怪しまれるぜ」

 そうかもしれないがもうどっちでもいい。

 俺はコートのポケットにつっこんでおいた籤原の携帯を取り出し、籤原が言う番号とコールボタンを押した。籤原の口元に通話口を押し付けると、「おぅ、俺だ。様子見に来た」と軽く言う。

 何言かの会話の後、目の前のドアからがちゃがちゃいう音が聞こえてきて、若い茶髪の男が顔を出した。

「籤原さん、大丈夫っすよ、もう少しで――」

 倉庫周辺の時を止める。

 茶髪の男を殴りつけてから、そいつの足を籤原の胴体の余ってるロープに結び付け、倉庫の中に入った。段ボールや発泡スチロールの箱や工具が雑然と散らばっている。今は使われていない倉庫なのか、工事中か。息を切らしながら中を進んでいくと、胡坐をかいてパンを齧ってる丸刈りでジャージを着た男と、その一メートル横に置かれた灰色の包みが見えた。包みというか、毛布? 毛布で何かくるんでるのか? あぁ……これは。

 ぐしゃっとなった金色の髪がのぞいている。包みの周辺だけ時間を解除し毛布をはがすと、目かくしされて口も塞がれ、念入りに縛られている酷い状態の美木がいた。青白い顔に、涙と鼻水が乾いた白いあとがついてる。かっと頭に血が上って、美木を抱きしめた。

「っくそ! あいつ、あいつら、よくも……!」

 どうしてこんなことを。いや、経緯なんかどうでもいい、殺してしまえ、二度とこんなことができないように。

 ナイフを持ち直し丸刈りの男に近づく。呑気な顔でパンにかぶりついている。少しも罪を犯している自覚がないんだろう。

何もわからないまま死ねるなんて幸せだな、お前にはもったいないぐらいだ!

 時間を解除し、間髪いれず正面から喉を突いた。血が噴き出してだくだくと流れ出る。男は前に倒れ込み、無機質な床を赤い液体が汚していく。鉄臭さと同時に、アンモニア臭が鼻をついた。男が漏らしたようには見えない。どこから、と見渡して気づいた。美木だ。

 多分俺が来る前から漏らしてたんだろう。時間を止めてたから匂いがしなかっただけだ。口のガムテープをはがすと吐瀉物が溢れ出た。よく窒息死しなかったな。待て、死んでないよな!? 

 鼻に指をあてると、息をしていた。良かった、生きてはいる。

胸をなでおろしたものの、すえた匂いにつられてまた気持ちが悪くなってきた。駄目だ、俺が連れ帰らないと誰が、いや無理だ、美木は俺より背が高い。ただでさえ満身創痍なのに運んで行けない。

 橋間に来てもらうか、信者の誰かに車出させるか。考えながら縄を切っていく。縛られた周りの部分が鬱血して痛々しい紫色になっていた。

 やるせない気持ちで手首の縄痕をなぞる。ぴくりと右手が動いた。

「美木!? 美木、意識はあるか、大丈夫か!?」

 思わず呼びかけると、弱々しくだが確かに手のひらが広がっていき、触れた俺の服をそっと掴んだ。

「せ……しゃ……」

 閉じた目のふちに新しい涙が滲み、つうっと零れ落ちる。

「……ん、せた、さ、せ、さん……――」

「……美木」

 俺の名を。

 お前がいつだってそうやって、俺の名を呼ぶから、俺は。

 それだけで、人に戻れる。

 暖かい団欒もくだらない冗談の言い合いも根拠なく続くと思っていた穏やかな日常も、全ては遠く闇の彼方。だが俺は今孤独ではなくなったのだ。

 美木の手を上から握り締めて、体温を確かめる。生きている。生きてる。――あぁ!

 ならば何も問題はありはしない。

 そうして俺は二年ぶりにやっと人の手を取り、この苦しみ多き世界を共に抜け出そうと誓ったのだった。





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