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遠藤美木の生きられる日々5



 雨がふってる。

 どっかやねのあるとこいかなきゃ。からだじゅうぬれて、ふくがおもい。かぜひいちまう。それにはらもすいてる。金かせがなきゃ……しばらくあの『しあわせのもと』を売る男には会ってない。オレが行かなかったからだ。でもなんでかいまはあいつのかお、すげー見たくなかった。

 何にもやる気になれないしどこにも行く気になれない。せかいじゅうがまっくらになったみたいだ。

むかしはくらいのが好きだった。くらいせかいにいればわるいことなんておこらないと思ってた。でも今はそうじゃないってわかってる。本当に安心できる場所なんてあるはずがない。くらいのは、ただ、なにもないってだけだ。前もうしろもよこも見えない。だれもいないしめざす先もない。

 色がはげてるビルのかべによりかかって、目をとじる。ずっとイライラしてて苦しい。何もかもぶちこわしたい気持ちでいっぱいになってる。あたまの中、小さな赤い火がもえて、ちかちか光る。はきけがして首元をおさえた。

「あ、てめぇ! 遠藤!」

 近くでさけび声がした。かおを上げると、男が三人近くに立ってた。だれだっけ。知らねぇヤツだ。

「てめぇ、あれどこに隠した!」

「持ち逃げなんてできると思ってんのか? あぁ? てめぇごときにさばけるブツじゃねぇんだよっ」

「なんとか言えオラァ!」

 男の一人がオレのふくのエリのとこつかんで、らんぼうにゆさぶって、がんってうしろのかべに打ちつけた。

 せなかいたい。なんのこといってんだ、こいつら。

 男のかおがよってきて、さけくさい息がはなにかかった。

 頭が真っ白になって、下からこぶしを男のあごに打つ。同時にひざもまたにぶちこんだ。なぐりかかってきたほかのやつのうでをつかんで、ゆびをかみちぎる。頭くらくらしてきた。でもふらついたってそのままこうげきすりゃいい。なぐって、けって、さいて、目をついて、とにかくあばれて、みんなたおす。男たちは雨でどろどろになった地面の上に土まみれで転がった。

 生きてっか死んでっかわかんねぇけど、もう起き上がってこねぇから、とりあえずいい。息切らしながらオレは男たちの体をまたいで、ろじうらから出た。とおくでしんごうがぼんやり光ってる。足元はコンクリにかわったけど、にぎやかな大どうろとちがって、ここは人も少なくてしずかだ。

 あいかわらず雨がつよい。すごいいきおいでオレの体についた血を流していく。にぎりしめてた手をひらいたら、右の手のひらとツメからじわって血が出て、すぐに水にまじって見えなくなった。手はいたくないから、きっとオレの血じゃないんだろう。                   

ざああぁ、ざああぁ、ざああぁ。

 ――だりぃ。

 なんかすげぇつかれてる。立ってるのがつらい。たおれるみたいにすわりこんだら、そのままずるってせなかがおちて、そらを見上げるしせいになった。おちてきそうな灰色のくも。雨はつめたいのに体中あつい。

 血と土とあせでよごれきってぐしゃぐしゃになったオレは、雨にあたってもっとぐしゃぐしゃになった。

 けむりのにおい。さけくさい息。オレをせめる声。血。ぎらぎらした目。にやにやって笑い方。こわがる顔とかひめい。なみだ。ひふにツメを入れたときのぶつってかんじ。ぶにぶにしたマズい肉。ぜんぶ。

 オレのまわりにあるもの、ぜんぶきたない。きもちわるい。なくなっちまえばいいのに。少しものこさずきえちまうんだ。そしたらきっと、世界はきれいに――。

「っげほ、ぐ、ゴホゴホゴホッ、ぇうぅぅ……」

 せきが出た。あけたのどのおくに水が入ってむせる。くるしい。目もあつい。泣いてんのかオレ。きたねぇな。こんなコンクリの上でせきして泣いてはなみずも出してすげぇきたねぇ。

 ――あぁ。くらい。

 まっくらだ。灰色のくもはみっしり空にうまってちっとも動きそうにねぇ。でもあれがなくなったってオレのまわりはくらいしオレはきたないままだ。

 そう、ほんとはわかってるんだ。

 オレが一番よごれてる。

 一番ゴミで、どうしようもなくて、生きてるかちなんかなくて、この世界にひつようないものなのだ。

 雨にはりつけられたみたいに手も足もどうろの上から動かせない。

でももうどうせそんなことどうだっていい。

 ママがいなくなったあの日に、おじさんにころされてしまえばよかったんだ。なんであのとき、生きたいなんて思ったんだろう。

 目をとじたらなみだが止まった。

 このままいれば雨にとけてつちにかわっちまうような気がする。そしたら楽かもなぁ、ってぼーっとした気もちで思った。のうみそふわふわしてだんだんかんがえられなくなる。元々バカなのに今のオレはたぶんきんぎょぐらいバカだ。いいなぁきんぎょ。あいつらさんびょうでぜんぶわすれるんだよな……。前にだれかが言ってた。  

 たおれてからどのぐらいたったか、何分か、何じかんかもわからない。人の声がきこえた気がした。だれかいんのかな。のろのろまぶたを持ち上げる。

 まだまわりはくらい。あさになってないし雨はふりつづけてる。それでもひとかげが見えた。オレの足のとこにコートきた人が立ってる。近づいてきてしゃがんだ。ま上からみおろす目はそこが見えないぐらいふかくてくらい。オレのきたねぇとこぜんぶ見られてる気がしてかくれたくなった。でも動けない。目をちょっとよこにそらすことすらできない。

その人はじっとオレを見て口をうごかす。雨がうるさくてなんて言ってんのかわかんねぇ。いや、オレの耳がダメになってんのかも。耳だけじゃなくて体もあたまもオレを作る全部がどうしようもなくまちがってる。正しいことなんてできない。ふつうにもなれない。

 でも一つだけ、ぼやけたあたまの中、はっきりとわかったことがあった。


 ――この人はオレの、とくべつになる。




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