遠藤美木の生きられる日々2
明日テストだぜヤベーな、とせいふくをきた男が二人よこを通りすぎる。
オレはそのうしろすがたをなんとなく見おくってから、そいつらが出てきた大きなたてものを見上げた。
こうしゃ。どっちだったっけ、これ。中学? 高校? あ、中学だ。校門にほり込まれた字を見てわかった。なんとか中学校。なんとか、のとこはよめない。
オレは中学校には行かなかった。せいふくがないからだ。
小学校のそつぎょうしきの時、まわりのみんなうれしそうだったし、ほかの小学校のやつもやってくるらしいってきいてちょっと気になったけど、せいふくが十何万するって時点でママに言えるわけがなかった。それにママはあのとき、外で食うことが多くて、あんまり家にいなかったし。
そうだ……せいふくどころじゃなかったんだった。すげーはらがすいてて、まわりのやつらが話してるのききながら、お前らそのせいふく代十分の一でいいからオレにくれよって思ったんだ。言わなかったけど。
笑いながらしゃべりまくってる女が何人か校門から出てきて、ぎょっとしたようにおれを見た。あー……そういえばおれってこわいんだっけ。
瀬田さんにもらったどくろの絵がついたTシャツとぶかぶかしたカーキのズボン、頭は金色でつんつんしてる。瀬田さんがこういうふうにしろって言うから毎朝ちゃんとセットしてるのだ。いつもいっしょにいるやつらはみんなにたようなカッコしてるから、こやってこわがられるの久しぶり。
じゃあいいやっておれはその場をはなれる。別にここでなんかしたかったわけじゃない。ただちょっとノス……ノス……なんだっけ。いーや、おれバカだし。
たたっと早足でかけた。なんかまだあの女たちに見られてる気がして、ふり返りたいような返りたくないような気持ちでけっきょくふり返らなかった。まともに生きてるやつらはこわい。あいつらはおれを見たしゅんかんこわいって思うだけだけど、おれはもうずっとあいつらがこわい。
しばらく走ってると、あたりの感じが変わって、なんかごちゃっとしてる道に出た。ゲーセンの前でチャラけたやつらが何人かかたまってしゃべってる。さっきの中学生とちがう、かみそめてバリバリけしょうしてするどいツメのばしてる女たち。
そんなかの一人が、「あ、遠藤くん!」と大きく手をふった。茶色いくるくるの毛がゆれる。
「やほ。久しぶり~。あのさぁ、遠藤くんって『神国』のメンバーだよね? 橋間さんとか白狐さんと仲良いのかなぁ」
きれいに黒くぬったまつげがささりそうにとんがっている。でもこっちのがおれはらくだ。こいつらはおれを利用しようとしてるから、おれのことをせめたりしない。
「え、だれだれ?」「知らないの? 『神国』の……」「あっ、まさか狂犬遠藤!?」「ばか、あんた声デカい!」
話しかけてきたやつの後ろで、その友だちっぽい二人がごちゃごちゃ話してる。いちおー声ちいさくしてるみたいだけどふつうにきこえてんぞ。
別にいまさら何言われてもおこったりしない。オレのことならいいんだ、どうでもいいやつにバカにされたって、瀬田さんがほめてくれるならそれで。
きょうけんって言われるのも、まぁ……しかたないし。
「はしま?」
声かけてきたやつにきき返したら、「そう! 知ってるでしょ」
決めつけられた。いや、知らねぇ。
「オレ、人の名前あんまおぼえないから」
「え、嘘! だって橋間さんって神国のトップなんでしょ!? なんで覚えないでいられんの?」
そうなのか。
オレはちょっとかんがえて、首をふった。
「神国のトップは瀬田さん。はしまとかじゃねぇよ」
「えぇー? 変わったのかな。最悪―、遠藤くんに聞けばわかると思ったのにぃ。まぁいいや、これあたしのメアドだから、橋間くん見かけたら教えてね! あたしマヤっていうの。橋間くんに紹介しといてくれると嬉しいなぁ」
紙の切れはしをオレにわたしながら、女はにっこりと笑う。オレがうなずいたのをかくにんして、じゃあねぇって言って歩いてって見えなくなった。
……どうしよ、この紙。瀬田さんにわたせばいいかな。瀬田さんならどうすればいいかきっと知ってる。
とりあえずズボンのポケットにつっこんで、オレは歩き出した。
はしま、はしま、か。なんでそいつが神国のトップだと思われてんだろう。ただかんちがいされてるのか、自分で言ってるのか。自分で言ってるんだとしたら、瀬田さんのてきだ。やっつけなくちゃ。でもどうするかは瀬田さんにきいてからだな。オレがかってにやっつけたらよくないかもしれねぇ。
瀬田さんのわるぐち言われても、おこっちゃダメだってアクツに言われた。あいつは頭いい。あんまりすきじゃないけど、あいつのがオレより瀬田さんが何したいかわかってる。どやったらオレも頭よくなれんのかな。アクツはおしえてくれなそうだ。つーかあいつが言ってること、だいたいよくわかんねぇ。マギダンでたまに話すにこにこしてるヤツなら……あ、あいつか! はしま。
ぱーっと思いだした。そういえばはしまってよばれてた。うん、あいつだ。あいつはきらいじゃない。オレに酒のめって言わないし。強くて、せ高くて、かっこいいからモテるよな。じゃあべつにいーや。マギダンに行ってちょくせつ紙わたそう。いなくてもマスターにあずければいいし。
行き先をかえようと右むいたしゅんかん、すげぇヤなかんじがした。
「……っ!?」
ぐ、と息がつまる。口ふさがれた!? くそ、気づくのおそすぎた、これガムテっぽい。ふりかえろうとしたけど、できなかった。後ろからだれかにガシッてつかまれてる。ひじつかえば――げっ、こいつ、持ち上げ――
めっちゃ足ういてる、どやってにげりゃ――うっ!
がん、て頭の後ろにしょうげきがきた。目にチカチカって光がとぶ。
目もちゃいろのなんかにふさがれる。口あかねぇ。息もしづらい。体うごかない。つかまれたホネからみしって音がする。なんだこれなんだこれ、こいつら何者なんだよ!? 瀬田さんのてきか!? 伝えなきゃ瀬田さんに伝えなきゃ早く早くオレなんかどうなってもいいからあの人はぜったい守んなきゃ、早くにげてけとばしてなぐりとばしてかみちぎってなんでなんでなんで体うごかねぇんだよクソッ!!
「早く車乗せろ。あぁ、乱暴に扱って構わねぇぞ。どうせすぐ死ぬ」
なんでもないことのようにだれかが言う。オレは引きずられ、どっかにほうりなげられた。そのとたん頭に何かがぶつかり、ゴン!と音をたてる。ふりまわそうとしたうではすぐにおさえられて、なわみたいなのでぐるぐるしばられた。
――あぁ、そうか。そういうことか。
ぐわんぐわんっていういたみのなか、オレは急にはっきりとわかった。こいつらはそういう人間なんだ。弱いやつらなんかなんとも思ってない。石けるみてぇに、人をころせる。気もちわぃ。ゲロみてぇに、それよりもっと、きたねぇやつら。オレは知ってる。瀬田さんにひろわれる前、オレもそうして生きてたから。
――ゆめがさめるんだ。
今までしあわせすぎた。つごうのいいゆめを見すぎた。こんなの本当じゃないかもしれないと、どこかにあるんじゃないかと思ってた落とし穴が、今このしゅんかん、口を開けておれが落ちていくのを待ちかまえてる。
「おとなしくしてろよ、ガキ」
首をおさえつける手が『おじさん』みたいで、いっしゅん息が止まった。
手はすぐにはなれて、オレの足を手とくっつけてまたひもみたいのでしばって床にころがす。左うでがチク、てしてなんかへんないたさがきた。
ちがう、おじさんじゃない、当たり前だろ、あれからもう何年もたってるし、おじさんはオレのことなんかきょーみないからさがしに来たりしないだろうし、おじさんのゆびはもっと太かった。
わかってるのに、おじさんの顔が頭にちらついて消えてくれない。クソ、見えねぇのがわりぃんだ! 見えないからよけいなことかんがえる。
「おい、誰か走ってくんぞ。早く出せ」
「うす」
「ったく、だからもっと人気ねぇとこでやろうっつったのに」
「しょうがねぇすよ、上が急ぎでっつってんですから。それにここだって人通り少ないっすよ」
エンジンのかかる音がして、床が少しゆれた。車か。オレはどこに連れてかれるんだ? そもそもなんでオレなんだろう。こいつらの声は、いつもたたかってるコウソウ相手よりもっと年上で、もっとこわそうなかんじだ。いくらオレがバカだって、こんなヤツらわすれたりしない。
「今のうちに打っとけよ」
「打ちました。でも眠剤とかのが良かったんじゃないすか?」
「いくつも用意すんの面倒だろ。どーせ最後にはイカれさせんだから今やったって同じだ」
「暴れなきゃいーすけど」
「だから縛ってんだろ。毛布被せろ、荷物みてぇに見えるように」
がたがたとゆれがひどくなる。きっとコンクリがない道を通ってるんだろう。オレのとなりの男と、うんてんしてる男がぼそぼそ話してんのがきこえる。あつい。なんだろ、カゼひいたときみたいだ、あつくて気もちわるくて、なのに体のおくがつめたい。
「こいつなんかやらかしたんすかぁ?」「お前はんなこと知らなくていんだよ。黙って見張ってろや」「いやだって、気になるじゃないすか。つーか、俺なんとなくあいつの顔見覚えあんすよ」「なんだ、昔つるんでたのか?」「それならすぐわかるんす、ぱっと出てこないんすけど、みょーにひっかかってまして……」「どうでもいいだろ、んなこたぁ。どうせ消すには変わりねぇ」
……けすって何を? 頭がくらくらする。何言ってるのかわかんねぇ。きいた言葉は全部そのまま通りすぎていって、どういうイミなのかオレにはわからなかった。ただの音だ。急にすごく大きくなったり、きこえないほど小さくなったり、エコーがかかったようにぐるぐるくりかえしたり。がたがたがた「……くじはらさんが……しに、ね……かだよ」「えーマジす」がたがたがたがた「どこにどこにどこにこにこにこにこに」「しら…………」「つってもきよおぉぉお」ブッブー「るせぇぇぇえええよあぁ!?」ああああああああぁぁ――
息がこもる。目の前はまっくらで、しばられた手足はつめたい。首元にはもうだれの手もないはずなのにまだしめつけられてるような気がする。くるしくてたまらないけど口は開けられない。目かくしになみだがしみて気もちわるい。はな水がたれた。ふるえはじめてる。こころのなかでずっとさけんでる。くらい。くらい。くらい。瀬田さん、瀬田さんなら、いや来ちゃだめだ、瀬田さんはぜったいこんなくだらないことにかかわらないでいねぇと、どうしよう、どうすれば、なんかおかしい、このままだったらオレは良くないことに、良くない良くないよくないはやくとめなくちゃやめて、やめておねがいおじさんこないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいおね、が……――
やめろよ思い出すな、もうおじさんはいない、いないだろ、いないはずだ『なぁ、タバコってどんな味だと思う? 食ってみろよ、』ちがうこんなのは『しょうもない子ね』いやだやめろ『死んじまえよ』―――――っ!!
息ができない。おぼれてるみたいだ。くるしい。しんじゃう。くらい。こわい。こわい。
ひっしでのばそうとした右手は、しばられてるせいで何もつかめなかった。
――瀬田さん。
ひかりが、みえない。




