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遠藤美木の生きられる日々1




 くらい、ところ。

 ふかくふかくもぐって。だれにも見つからないように。だれにもおこられないように。

 うすいふとんをかぶってふるえていた。

 あせかいてて、はく息もあつくて、じっとりしめった空気が気もちわるかったけど、それでもいっつも、うちにかえったらすぐこの中に入る。まっくらでせまくてオレ一人しかいなくて、いやなことなんか、なんにもないみたいな気もちになれるから。

 ――でもとつぜん明るくなる。

 でんきがついてふとんがはがされる。そしてとてもこわいことがはじまる。

 あか。くろ。きいろ。オレンジ。いろんな色が目のおくでチカチカしてとぴまわってく。体がおもくてうごかない。くさい、あぁまたあの――せきがでた。このにおいきらいだ。しろいけむり。じゅ、って音が何回もしてそのたびにどっかがいたくなる。わらう声。こわくてこわくてこわくてにげ出したくてたまらない。ふとん返して、おねがい、もう一度あのくらいせかいにいきたい、そうすればずっと中にいて出てこないから、ねぇおねがい、ふとんを、ふとんを――

「おい!」

 ふといゆびがくびにまきつく。ぴし、って体がかたまる。くるしい。あせもなみだもぜんぜん止まらない。

「なぁにいっちょまえに泣いてんだ、あぁ!? 忘れんなよ。お前は人間じゃねぇ。俺に殴られるためにいるんだ。そのためだけに生きてんだよ。はは、てめぇみてぇなゴミでもちょっとは人間様の役に立てるんだぜ? 光栄に思えよ。おい、泣くなっつってんだろクソガキ! ゴミのくせによぉ!」

 赤いせんがいくつもうかんだ目がぎらぎら光って見下ろしてくる。ゆびの力がつよくなった。死ぬ。しぬ。おじさんの頭の向こうにあかりが見える。けいこうとうが一つてんめつして、けっきょくきえる。

 いたいってうなって、だけど助けはよばなかった。

 だってよんだって何も――

 ……だれも。



   第五章★遠藤美木の生きられる日々



 「っ……!」

 かっと目を開いてとびおきた。息切れしてる。さんそがたりない。はっはっと泣きながらこきゅうする。――ゆめか。

かけぶとんにプリントされたかわいい犬のキャラクターが目に入って、ようやくオレはほっと息をついた。ここはオレの部屋、今はもう十八さいだ。あのころとはちがう。

 いやなゆめを見てしまった。オレはうつむいて頭をふる。全身あせにまみれて気持ちわるい。

 いまはあんなことない。ぜったいにない。だって瀬田さんがいるから。

 いつもむひょうじょうの、でもとてもやさしい人を思いうかべて、オレは自分を落ちつかせた。

 瀬田さんにあいたい。そんで名前よばれたい……。

 いや、だめだ。オレまたわがまま言って……きらわれたらこまる。

 瀬田さん瀬田さん瀬田さん。

 いのるように心の中で名前をつぶやいて、ふとんのはしをぎゅっとにぎりしめた。

 このふとんは瀬田さんが買ってくれた。ふとんだけじゃなく、机とかいすとかちゃわんとか、全部。

 瀬田さんはすごくやさしいのだ。あんまり笑わないししゃべらないけど、ぜったいオレをなぐったりしない。オレが何言ったらいいかわかんなくてしゃべるのおそくなっても待っててくれるし、ばかなこと言ってもおこらない。

二年前、オレはゴミとおんなじだった。雨に打たれて、だれにも気づかれないで、ろじうらにたおれてた。体もふくもぼろぼろで、かえるとこもなくて、もうこのまま死んじゃうんだと思ってたら、瀬田さんがひろってくれた。

「部屋、用意したからここに住んで」

 目をさましたオレに、瀬田さんはあっさりと言った。

「狭いしろくなもの置いてないけど、コンクリの上よりましだろ」

 でこの上にはぬれたタオルがおかれ、まくら元には瀬田さんがむいてくれたりんごがあった。ねつでぼーっとした頭でここはきっと天国なんだとオレは思い、さし出されたりんごをかじった。

 そしてそれは、まちがいじゃなかった。

 オレが連れてこられた1Kのアパートはたしかに天国で、瀬田さんは神様だったのだ。

 瀬田さんはなんでも知ってたし、しゅんかんいどうだってできた。きんにくがあんまついてなくてオレより弱そうな体なのに、たくさんの強いやつらをあっというまにたおしちまう。

 そんなことはふつうできない。だってだれも瀬田さんがなぐったりするところを見たことがないのだ。ものすごく速くいどうしてるか、じゃなかったらちょうのうりょくだな、と白いかみのちゃらちゃらしたやつは言っていた。

 なんにしても瀬田さんはすごい。オレみたいなばかでも、瀬田さんの言うとおりにしてればきっとだいじょうぶって思える。

 今まで生きてきたなかで、今がいちばんしあわせだ。瀬田さんのことばかりかんがえていられるのはとてもたのしい。

 ふわふわのふとんにかおをおしつけながら、瀬田さんがこれを買ってくれたときのことを思い出す。

「布団の柄、どっちがいい」

瀬田さんが見せてくれたカタログには、なんもがらがない青いやつとマンガっぽい犬のかおがたくさんプリントされたやつがあって、おれはなんとなく犬の方をゆびさした。わやわやしてたのしそうだしかわいいと思ったのだ。

「そうか。お前犬っぽいもんな」

 瀬田さんは少しだけ笑った。ずっとむひょうじょうで、きっとオレといるのつまんないんだって思ってたから、すごくうれしかった。

 オレが犬っぽいと瀬田さんはよろこぶのかな。だったらいいな。オレはわりといろんな人に、お前は犬っぽいって言われてきた。だからもしかしたらそのうち本当に犬になれるかもしれない。

 瀬田さんの犬になりたい。そしたら瀬田さんのそばにずっといられる。ずっとやくにたてる。

 のびをしたら、はあぅ、とあくびが出た。まどガラスにうつるすがたはどうしたって人間のものだ。まぁしょうがない。人間のほうがいいこともある。たぶん。

 たぶん、な。 




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