原西吉哉の激越な日々3
『最下位は獅子座です、獅子座のあなたは大変! 今日は大人しくしていた方がいいかも。何をやってもイライラすることになりそうです、ラッキーアイテムのいちごミルクを飲んで落ち着いて』
俺は占いは信じない。信じない方、じゃなくて信じない。だから自分の運勢なんて知ろうとも思わないが、今日は何故か、テレビから聞こえてきたその不吉な占いが妙にはっきり脳みそん中に響いた。
「あは、いちごミルクだって! かわい~」
食卓でサンドイッチを頬張りながら、若づくりなババアがからかってくる。
俺はちょうど手に持っていた鞄を振り上げてババア目がけて投げつけた。が、さすが長年俺と暮らしてるだけあって、ババアはそれをひょいとよける。
「あんた、口より先に手が出る癖直しなって言ったでしょ! ほんとにもう、私の優秀な遺伝子は何処に受け継がれたのかしら」
「知らねぇよ。親父がバカなんじゃねぇの」
「やっぱり?」
それしかないわよね、と大真面目な顔で頷くこいつは、恐ろしいことに弁護士だ。小難しいことべらべら捲し立てるのは上手いが、結局のところ俺とたいして変わらんバカだってことは身を持って知ってる。なんつーか、キレ方が似てるのだ。こいつはキレても暴力使わねぇけどな。
幼稚園通ってたころから暴力事件を起こしまくり、中学で不良グループに入り、壊滅させ、新しいチームのトップになり、教師と警察に目をつけられっぱなしの俺に対し、この『母親』は一切干渉しなかった。
「人に迷惑かけたらいつか自分に報いが来るわよ。それだけ忠告しておいてあげる。でもあんたがそうせずにいられないなら、しょうがないわ、好きにしなさい」
この言葉を、理解があると受け取るか無責任だと受け取るかは人次第だろう。少なくとも俺にとっては、泣かれたり叱られたりするよりはよっぽとましだった。
ババアは忙しかったのだ。俺にかまっている暇なんてなかった。もし俺が母親を慕って泣くような子供なら気にかけたかもしれないが、実際はキレると母親すら殴るようなガキだった。そしてババアは、あ、これなら大丈夫、と判断し、安心して俺を放っておいた。
俺が問題を起こすたびにババアは学校に呼ばれ警察に呼ばれたが、「忙しいんで」の一言でさくっと無視し、「限界超えたら逮捕してやってください」と笑った。身内だから弁護するとか賠償を立て替えるとかいう考えはこいつには一切ない。
父親は最初からいなかった。ババア曰く、大学時代に恋に浮かれて結婚し、妊娠中に相手が浮気したので慰謝料ぶん取って別れたそうだ。マジバカだな親父。結婚までしといて、ババアを怒らせたらどうなるかわかってなかったんか?
どんなに腹立てたってババアは絶対手を上げない。静かに証拠を集め、確実に外堀を埋め、一ミリも反論できない理論武装で責め立てる。それは今の時代、この国で、一番有効な攻撃方だ。誰にも文句を言わせることなく敵を潰せる。
だからこいつには、俺の喧嘩してぇ!って衝動が理解できない。が、俺にもこいつの、口で相手を徹底的に叩きのめしたいって衝動がわかんねぇから、まぁおあいこだ。
「今日こそとっ捕まるかもねぇ。気ぃつけなさいよー」
「黙れババア」
床に落ちた鞄は無視して靴をつっかけ、乱暴に戸を閉める。どうせ教科書なんて持ってっても授業受けねぇんだから邪魔なだけだ。今日はモクも切らしてっし。
――そうだ、モク。コンビニで買って、いや金ねぇや。どうすっかな。まぁいいや、学校行きゃ誰か持ってんだろ。
つーかこんな朝早くから家出んの久しぶりじゃね? だらだら歩いてたら、ふわぁ、とあくびが出た。昨日新に借りたゲームやってて寝んの遅かったからな。学校行っても堅い机とイスっきゃねーし、周りうるせぇだろうし、モクだけ取って空き地行って寝るか。
「あ、原西さんおはようございます!」「ちっす!」「原西さんうっす!」「こんにちはっす!」
学校に近づくにつれて挨拶が増えていく。すっすすっすうぜぇよてめぇら。こないだ三年倒したせいで、HAD傘下が百人ぐらい増えたらしい。三年の中には、一匹狼気取ってどこにも属さねぇ奴もいるが、とりあえずこれで名雲はオレのもんになったわけだ。
教室入って久遠の金髪を探すと、黒板の前でチョーク片手になんか語ってた。横には諦めた顔の教師と、神妙に聞いてるチビがいる。何やってんのお前。
「久遠」
「原西さん、今いいとこなんであとにしてもらえます?」
「あぁ?」
「こいつ、じいさんが碁好きで一緒にやってたらしいんすよ。やっと俺の相手できそうな奴がこの馬鹿校に! つーことで早くレベルアップさせなきゃいけないんで、講義の邪魔しないでください」
「知るかよ。それよりモク切れた。出せ」
久遠の手からチョークをもぎ取って教室の後ろに放り投げる。久遠はため息をついて肩をすくめ、「ないっす」と言った。
「は? 持ってねぇの?」
「すんません、最近吸ってないんで。つーか元々俺そんな煙草好きでもないんすよねーヤニつくし。金ねぇなら出しますけど」
「いい、お前の金はいらん。あ、そうだ、神国にな、遠藤っていんだろ。あいつと闘いたいんだけど」
「遠藤美木すか? 飼い主にわたりつければいけんじゃないすかね」
久遠はさらっと言った。
「は? 誰だよ。橋間か?」
「いやわかんないすけど。あぁいうタイプが所構わず暴れまわってないってことは、誰かがちゃんと手綱握ってんすよ」
「へーぇ」
内心首を傾げながら相槌を打つ。犬なのか? あいつ。
「どうしてもって言うなら兵賀さんに頼めば飼い主の情報教えてくれるでしょうけど、その分金かかるっすからねぇ。まぁ遠藤のいるところなら目星つくんで、適当に喧嘩吹っ掛けるんでもいいんじゃないすか」
「じゃあ教えろよ」
「今日は俺忙しいんで、明日にしてください。原西さん地図とかナビだけじゃ行けねぇでしょ」
久遠の言葉に、え?という顔でチビが俺を見上げてきたので、イラついて殴っといた。すーげ、全然本気出してねぇのに超吹っ飛んだぞあいつ。
「頭はやめてくださいよ。碁が打てなくなるっす」
「弱ぇ奴は嫌いだ」
「しょうがないっすねぇ」
久遠は肩をすくめる。
「いちお俺ら味方なんで、あんま学校で暴れないで欲しいんすけど」
「おう、もう帰る。つか空き地行くわ。眠い」
「了解っす。強い奴と会えるといいっすねー」
適当な調子で言う久遠に見送られ、俺は窓から飛び降りた。二階だからたいした高さじゃねぇ。ほかの奴らも慣れてて一々驚かない。
今日もいい天気だ。うし、カツアゲすっか!
カモはすぐにわかる。俯いてて猫背でだらだら歩いてる奴。見るからに弱くて、実際弱い。つーことで当然俺はすぐイラつきマックスになって、特別脅そうと思ってなくても気付いたら殴ってる。
辺りを見渡すと、右の道からちょうどいい感じのおっさんが歩いてきてた。デブ、つーほどでもねぇけどまぁ腹が出てて両手にでっかい袋さげてる。
「おい」
声をかけると、肩をびくっと跳ねさせた。そのくせシカトして行こうとしやがるから、後ろから肩を掴んで勢いよく引き寄せる。
「うわあぁ!」
間抜けなことにそいつはそのまますっ転んだ。あれぐらい耐えらんねぇのかお前。弱すぎ。
「早く金出せよ」
イライラしながらそいつの腰を蹴りとばす。「いだああぁ!」……うっせぇ!
なんでこんないちいち大げさなんだよこいつ。マジで痛がってんの? コントのふりとかじゃなくて? 涙目で見られてもちっとも可哀想とか思わねぇんだよクソが。つーか俺のが可哀想じゃね? あーイライラする!
「か、金なんか持ってない、です」
「あぁ?」
「ひいぃ! だ、出します出します、すいません! 殺さないで!」
地面に転がったままそいつはマジックテープで留めるだっせぇ財布を取り出し、震えながら俺に差し出した。二万五千……小銭はいーや。
札を抜き取りぽいと財布を放ると、そいつは慌てて財布を抱きしめて立ち上がり、俺から離れた。
「け、警察に言うぞ! 強盗だぞこん――」
最後の言葉は口の中で潰れる。思いっきり殴れば悲鳴も上げられなくなんだよな。最初からこうしとけばよかった。口開けたままどさりと倒れる男をこれ以上見ていたくなくて、早足でその場を離れる。
――にしても、よっっっっえぇ!!
あーなんだあいつなんなんだよマジでほんとイラつく、ありえねぇ! 橋間とかこんなん耐えられんのか? いや無理だろあいつ喧嘩好きだし俺と同じぐらい、でもそーいえばこないだ氣仙行った時なんかやたら周りから好かれてるっぽかったな。仲良しごっこできんのかあいつは。すっげぇな。俺なら一秒でキレてんぞ。
ささくれた気分のままコンビニ入って、唐揚げとモクを買う。俺のキレ顔見た店員がビビってたっぽいが店員には別に腹は立たない。店員は『店員』だからな。ちゃんと仕事する限り文句言わん。
串に刺さった唐揚げを食いつつ空き地に向かう。ぱりっとしててうまい。肉まんは、具自体はいいんだが皮がべたっとしてんだよな。あれさえなけりゃ最高なのに。
あー、やっぱあと二、三本買っときゃよかった。腹減ってたからイライラしてたのかもしれない。あとは静かなとこでゆっくり寝たら起きるころには気分も良くなって――おい。なんだこの音。なんか嫌な予感がする。
ガガガガガ、という機械音にまたイラつきがぶり返してきた。早く確かめようと串を投げ捨て走り出す。
「ああああぁ! クソが!」
黄色いクレーンが目に入った途端、俺は叫んで近くの塀を蹴った。当然こっちが痛い思いをするだけだが何かに当たらんとやってらんねぇ!
目当ての空き地には、ブルドーザーがどんと陣取っていたのだ。
――だめだ。今日は厄日だ。
帰ろう、と踵を返す。大股でどかどか歩いて直進して行った。占いは信じないが、こうも腹立つことばっか続くと信じたくもなる。ラッキーアイテムなんだっけ……いちごミルク? 飲めっか!
あーマジイラつく、橋間通りかかんねぇかな、遠藤でもいい、とにかく強ぇ奴、くたくたになるまで殴りあったらこのイラつきもきっと収ま――あ?
どこだここ。
全っ然見覚えねぇ……そういえば俺方向音痴だったっけ。いつも通る道は間違えねぇが、ちょっとはずれるとすぐわかんなくなる。
まぁ店に入って聞きゃあいいんだがここら辺家ばっかだな……。
「っあー!」
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟っていたら、ふと視界の端に金文字が映った。株式会社桜商事。あぁ、つーことはこのビル、マンションじゃなくて会社なんだな。
じゃー受付にでも聞きゃあいいか。自動ドアをくぐり中に入るが、受付のカウンターには誰もいなかった。
「……んだよ」
また怒鳴りたくなる衝動を抑えて、勝手に奥に入っていく。
階段を上り、あちこちの扉を開け、「おーい」と呼びかけてみるがまったく人がいる気配がない。
なんなんだこの会社。全員が出払ってるとか、そんなんあるのか?
イラつきよりも不気味さが上回ってきた。つーかこんな簡単に入れていいのかよ。俺が泥棒とかだったらどうすんだ? まぁ見た限りじゃ、金目のもんどころか書類とか文房具すらどこにもなかったが。会社できたばっかとか?
会議室っぽい部屋を二分するように置かれている衝立に軽く寄り掛かり、こめかみを押さえる。ダッセェけど久遠に電話して来てもらうかな。
と、やっとバタバタと俺以外の人間が立てる足音が聞こえてきた。うし、さっそく道聞こ――
「じゃあその遠藤って奴は身寄りがないんだな?」
「えぇ、一応母親がいますが、遠くにいるらしいですしいなくなっても気づかないと思いますよ、籤原さん。取り柄は喧嘩が強いのと戸籍があることぐらいで」
……あ?
ドアが開く音とともに聞こえてきた会話は、到底普通の会社のもんとは思えなかった。
「十亀組にも困ったもんですね」
「しょうがねぇな、あちらさんも難癖つけたいわけじゃねぇようだし、こっちで上手くまとめてやろうや。普通はこんな時は適当に若いもん差し出すもんだが、見に覚えがないのに謝るのも癪じゃねぇか。だったらうるさいガキどもに被って貰えばちょうどいい、ってな」
十亀組って……おいおい、完全ヤクザ絡みじゃねぇか! なんだここ、フロント企業かなんかか?
衝立の隙間からそっと覗いてみると、何人かの男たちの中に見覚えのある痘痕面があった。真中! 堅桜会か! マジかよ、つかそれってつまり、こないだあんなこと聞かれたのは――
「俺としては原西がいいと思うんですがね、生意気なガキでねぇ」
「原西は止めといた方がいいです、あいつあれで案外頭回るし勘がいい。それに卒業したら組に入れたいと思ってまして」
「別にかまわねぇよ、いなくなっても困らんガキなんざ山ほどいるだろ。いざとなったら不法滞在の外人でもいいんだ。でもそれはさすがに露骨過ぎてあちらさんも納得してくれねぇだろうなぁ。ま、お前に任せるから早めに蹴りつけてくれよ」
「はい! あの、先日ご紹介した俺の知り合いなんですが……ほら、早くお見せしろ!」
「はいはい」
明らかに周りの奴らから浮いてるひょろくて青白い男が、小脇に抱えたノートパソコンを開いてテーブルに置いた。
「これです。いかがですか? 本物そっくりですよ」
パソコンに映っている何かを見たらしい偉そうな男、籤原が、おもしろげに唸る。
「こんな技術があるなんてなぁ。なんでもアリじゃねぇか?」
「いえいえ、私程度の技術じゃ専門家が見ればわかっちゃいますよぅ。どんなに似せても声紋違いますしねぇ。ま、本人が死んじゃえば問題ないですけど」
「バレはしねぇだろ。監視カメラの映像ってことになってっから多少荒くしてごまかせっし、十亀組の奴らにそんな知識があるとは思えねぇからな」
「あはは! これからの時代はテクノロジーですよ! せっかくなんでもハイテク化してるんだからつけ入らなきゃ損ですよね!」
「おぅ、期待してんぜ」
ひょろい男は籤原に背中を軽く叩かれ、げほっとむせた。
真中が感心したように言う。
「しっかし、合成ってのは写真だけかと思ってたぜ。こんなに動かすことができるんだな」
「はぁ、まぁデータ取ればですね、そんなに難しいことでは」
うわああぁ。やっべーなぁ、これ俺いんの見つかったら殺されんじゃねぇの? 息を潜めて、成り行きを見守る。
籤原はもう一度パソコンの動画を見て、ひょろい奴にいくつか質問した後、周りの奴ら――多分部下――に指示を出し、部屋から出て行った。ほかの奴らもぞろぞろとそれにくっついていく。
「……っぶねぇ」
詰めていた息を吐き出し、床に座り込んだ。
遠藤って、遠藤美木のことだよな。さっきの会話からすると、遠藤がなんかやったように見せかけたビデオ作って、本人は殺しちまうってことか? さすがヤクザ、やることがエグい。
つーかこれって俺が遠藤のこと真中に言ったせいなんか? あいつやっぱ、腹に一物あったわけだ。腹立つ。
ちくしょう、遠藤殺しやがったら許さねぇぞ! 俺まだあいつと闘ってねぇんだから。あんな強そうな奴殺すなんざもったいねーじゃねぇか!
周りに人気がなくなったのを確認し、俺は階段を下りてビルから出た。堅桜会だから桜商事、な。安直な名前つけやがって。
にしても籤原、あいつ只者じゃねぇ。なんか妙な箔があった。別に凄んでもないのに迫力半端ねぇよ、この俺がうっかりビビりそうになるぐらいには。喧嘩なら大歓迎だが、あいつはそれ以外のとこでヤバい。殴りかかったら撃たれそうっつーか。できれば関わりたくねぇな。
携帯を取り出し久遠に電話をかける。
「よ、久遠。お前橋間の番号知ってっか? 知らねぇ? じゃ適当に神国の奴捕まえて聞いてこい。ちょっと言わなきゃなんねぇことあんだよ。え? 俺? どこにいるかわかんねぇ。は? GPS? 位置情報ってなんだよ、知るか!」




